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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

百合短編まとめ

芝は青く、春の色

作者: みたよーき

 身近な大人達が口にする、責任だとか、義務だとか、そんな言葉は、御為ごかしの欺瞞にしか見えない。

 だから私は、いつだってイライラして、周りからの干渉に、下らない反発をしてみせる。

 そんな自分の振る舞いを馬鹿馬鹿しいと自覚しながらも、もっと自分がちゃんとした大人になるべきだと思いながらも、所詮はただの高校生でしかない私は、まだ、そんな自分でしかいられなかった。

 そして普段からも、いつだってふてくされた態度の私。だからクラスメイトは自然と私から距離を取り、私は孤立していた。

 それに寂しさを感じないわけじゃない。だけど、近づけばきっと、弱い私はどうしたって“期待”してしまう。そして、それを結局裏切られるよりは、その痛みを味わうよりは、ずっと良いと、私は思う。それが本心なのか、自分への言い訳なのかは、分からないけれど。

 ただ、そんな私に、懲りずに関わろうとする人間もいた。

 地味な眼鏡に、三つ編みのおさげ。そんな、漫画で記号的に描かれるような委員長タイプの女子。そんな人間が同じクラスに実際に存在して、当たり前のように学級委員長を務めていた。

 その、冗談みたいな存在が、問題児のレッテルを貼られるような私に、まるでそうするのが宿命とでも言うかのように、飽きもせずに注意を繰り返す。

 そんな干渉をいつも煩わしく思いながらも、なのに私の心はいつしか、その、拒絶するには近すぎる距離感を、受け入れてしまっていたのかも知れない。


 この学校には、今は使われなくなった体育倉庫がある。

 南側と西側の校舎が、それぞれ新校舎と旧校舎という呼び名に分かれている以上、その倉庫は新校舎が建てられる前は実際に使われていたのだろうが、わざわざその詳細を調べるほど興味があるわけじゃない。

 ただ、バイトのない日に真っ直ぐ家に帰りたくない私にとって、そこが滅多に人が近づかない静かな場所であるというだけで充分だった。

 鍵すら掛かっていない、少し重い引き戸を開けると、埃っぽいような、土っぽいような、においがする。

 入ってすぐ、入り口の脇には取っ手の折れたライン引き。

 その横のボール入れには、ぺしゃんこのバスケットボールやサッカーボール、バレーボールなどが少しずつ、雑に放り込まれていて。

 反対側の棚の上に、一つだけ乗った買い物カゴには、ボロボロの野球ボールがカゴの底を埋める程度にだけ入っている。

 倉庫の奥には、穴の開いた体操マットが数枚、重ねて置かれていて、その近くには上部のクッションがすり切れた跳び箱。

 目に付くものはその程度で、決して広くないはずの倉庫は、だけど、がらんとして見えた。

 そんな倉庫で私がしたことは多くない。比較的マシなマットを一番上に引っ張り出して、ウェットティッシュで表面を拭いた後、除菌消臭剤を拭きかけ、そのマットを椅子代わりに。そして、手頃な板を探してきて、高さを調節した跳び箱の上に載せて机代わりに。後は小型のLEDスタンドだけ持ち込んで、私のささやかな秘密基地は完成した。


 その日も私は一人、その薄暗い倉庫で時間を潰していた。

 時間を潰すと言っても、一日も早く一人暮らしをしたい私にとって、趣味や娯楽に使う金はない。そうなると、学生の身で出来ることなど、勉強くらいしかなかった。

 まあ、不真面目な生徒は成績が悪い、なんてステレオタイプな評価をされるのも気に食わないので、それも好都合と言えないこともない。

 校舎から微かに漏れ聞こえる吹奏楽部の演奏も、遠く校庭から聞こえる部活動の声も、完全な静寂よりずっと、私の集中力を高めてくれる。

 だから私は、自分一人通れる程度に開けたままだった入り口から覗く人影に、気付けずにいた。

 ふと時間が気になって、スマホで時間を確認すると、勉強を始めてから既に四十五分が過ぎていた。

 私は、肩から首にかけての凝りをほぐそうと上体で伸びをして、そこで初めて入り口の違和感に気付く。

 私が気付いたことに気付いたのか、その人影は僅かに逡巡する様子を見せ、そして中へ、私の元へ、歩いてきた。

 それは、我らが学級委員長の、宮内さんだった。

 そういえば、下の名前を知らないな、なんてことを、彼女がここに居る驚きよりも先に思った。

 私を見下ろす宮内さんの顔は、いつも通りどこか怒っているような、だけどいつもとは違うような怒り顔で、その顔をつい、じっと見つめてしまう。

「飯倉さん、その……、こんなところで、何を、してるの?」

 いつものように強い口調で文句を言われるのかと身構えていた私は、どこか戸惑ったようなその物言いに、何故か、いつもとは感じの違う、自分でも良く分からない苛立たしさを覚えた。

「……別に、勉強だけど」

「それは……、そうなんだろうけど……。なんで……」

 私のいつも通りぶっきらぼうな返答に、彼女はいつもと違って、煮え切らない態度。

 私は立ち上がり、彼女に詰め寄った。

「なんでって、なに? おかしい? 文句を言われる筋合いじゃないと思うけど?」

 言っていて、余計に腹が立ってくる。今までは、彼女に何か注意をされても、こんな気持ちになったことはないのに。

 私に何か言い返そうとして、でも言葉を発せずにいる彼女の態度も、訳も無く腹が立つ。

 そう感じる自分に、何故? と問いかける冷静な自分も頭の片隅に自覚するけれど、その答えを模索し、発見できる程には、私の頭は冷静じゃなかった。

 その自分への解らなさは、苛立ちに油を注ぐ。彼女からしてみれば理不尽な話だろうけれど、私は、その、勝手に膨れ上がって爆発しそうな感情を抑えきれなかった。

「それとも私が男でも連れ込んで淫行でもしてれば満足だった? ねえ!!」

 自分でも、何でそんな言葉が口を衝いて出たのかは解らない。

「そんなことは言って――んっ!?」

 そして、なんで、そんなことをしてしまったのかも。

 私は、怒りにまかせて、いや、後から思えばきっと、怒りを言い訳にして、自分にも隠そうとしていた気持ちが求めるがままに、――宮内さんの唇を奪っていた。

 そのまま身体を入れ替えて、彼女をマットに押し倒す。

 ねじ込んだ私の舌は、大した抵抗にも遭わぬまま、唇をなぞり、前歯を掠め、彼女の舌に触れる。

 目の奥で、怒りで熱くなっていたはずの頭は、一瞬で、別の熱に浮かされたように、カッとなる。

 ――もっと。もっと!

 それは、お腹の奥から湧き上がってくるような衝動だった。

 だけど、その情動は強すぎて、熱くなった私の頭を、ガツンと叩いた。

 ハッ、となって、顔を引く。

 繋がった唾液の糸は途切れ、重力に引かれ、彼女の頬を汚す。

 彼女の両目はぎゅっと瞑られて。

 彼女の両手はぎゅっと握られて。

 だけどその口は、それらとはアンバランスに、力なく半開きのままで。

 彼女のその唇が、そして強く上下する胸元が、艶めかしいと思ってしまい、そんな感情を持ってしまったことに、少しの背徳感と、今自分がしてしまったことへのものと同じくらいの、罪悪感のようなものを感じて、思わず後ずさる。

「……ごめん」

 私は彼女から目を逸らして、それしか言えなかった。

 彼女がゆっくりと立ち上がるのが、視界の端に見えた。

 私の頭はまだどこか熱く、自分の行動を、感情を、冷静に考えられず、ただ混乱したまま、彼女から顔を背ける。

 ただ、私は彼女に殴られても文句は言えないな、と、ぼんやりと思い、そして、そうなる覚悟もした。

 私は、そんな心構えしかしていなかったから、次に自分の身に起こったことが、すぐには理解できなかった。


 気が付けば。

 私は両肩を掴まれて、マットに仰向けに押し倒されていた。

 目の前に、怒っているようで、どこか泣きそうでもある宮内さんの顔を認識したら、その顔が急に近づいた。

 私の唇に、強く、ぎこちなく、ただ、押しつけられるだけの唇。

 私の肩を掴んだ手から、触れ合う唇から、彼女の震えが伝わる。

 私が襲われているような状況なのに、私が悪いことをしているような気がする。

 そうしていたのは、私が、離れていく唇に名残惜しさを感じてしまうくらいに、短い時間。

 そして彼女は、言った。

「……良い子なんて、いらない」

 それは静かな、呟くような、囁くような、声。

 彼女の中で、どんな思いがどうなって、そんな言葉に繋がったのか、私には分からない。

 だけどただ、私には、それが彼女の叫びのように聞こえた。

「どうしてあなたは、そんなに自由で、そんなに綺麗なの……?」

 ――自由。

 私の、自分でも馬鹿馬鹿しく思えるような、不器用で利口じゃない生き方が、彼女には自由に見えるのか。

 私から見れば、彼女は私なんかよりもずっとスマートな生き方をしていて、それこそ、そっちの方が綺麗と形容するのに相応しい、美しい在り方のように思えるのに。

 隣の芝生は青い、なんて言葉が思い浮かんだ。

 結局、人は自分に無いもの、自分が持たないものを、求めるのだろうか。

 ――だから私は、宮内さんを、求めてしまったのだろうか。

 その、ふと思い浮かんだ想いに、ハッとすると同時に、深く、納得もした。

 さっきから心の奥で、もにょもにょとうごめいて心をくすぐっていたものが、彼女に「綺麗」と言われた喜びだと解った。

 初めて、恋という気持ちを、知った。

 私が元々同性愛者だったのか、たまたま好きになったのが彼女だったのか、それは判らない。

 ただ何となく、世の中に反発したがってる自分には、まだ世の中では“普通”とまでは言えない、この恋が、とても相応しいような気がした。――他人にそんな風に言われたら、きっと腹が立つだろうとも思うけれど。

 そして、自分の気持ちを自覚したら、何となく、それを伝えたい、と思った。

「ねえ、宮内。……良い子が嫌なら、私と付き合って。私と、秘密の、恋人になって……」

 そして思ったままに、考え無しに口から零した言葉は、そんな言葉。

 彼女の目を見つめながら発した声は、自分でも内心驚くくらい、甘い響きだったように思う。

 上半身を起こして、宮内さんを下半身の上に乗せたまま、近く、向き合う。

 彼女の背中に左手を回して支え、右手は彼女の頬を撫でる。

 どこか、葛藤するような彼女の様子。だけど、私の都合の良い見方かも知れないけれど、嫌がっているようには見えなかった。

 だから、私はそのまま、顔を近づけた。

 彼女の潤んだ目は、そっと閉じられる。

 それが答えだと受け止めて、私は、今度はそっと、大切に、唇を重ね合わせた。


 これは私の、ただの推測だけれど。

 彼女はきっと、“手の掛からない子”だから、寂しかった。

 私は、自分で人を遠ざけて、寂しかった。

 だから、私達の新しい関係は、外から見たら、ただの傷の舐め合いなのかも知れない。

 でも、私はそれでも構わない。というか、理由や切っ掛けなんて、どうでもよかった。

 ただ、誰かを好きになって、誰かを大切に想って、きっとだから輝いて見えるような、今とこれからを、大切にしたい、なんて思う。

 そして、そんな青臭いことを真剣に思ってしまっている自分のことも、前よりは好きになれた気がしている。



 そして今日も、このクラスの“学級委員長”は、“問題児”の態度を注意しているけれど。

 そこに“恋人同士”の合図が隠れていることは、まだ、二人しか知らない――。


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