可愛い過ぎる私の婚約者 婚約者と護衛騎士
いつも溺愛を見せられている護衛騎士からの視点です。
私の名前は、エドヴォルド・ファス・ラーシナカ。
ラーシナカ公爵の三男である。
王家の近衛隊に所属し、昨年から第一王子殿下の護衛騎士をしている。
今は、殿下の婚約者を家までお送りしているところだ。
彼女は、私と同じ青銀の髪と深い青い瞳をした今年十六歳になるとても美しい令嬢だ。
髪と瞳の色が同じのことで分かるように、彼女とは血縁関係にある。
彼女の母上は、私の父の妹であり、彼女は私の従妹になる。
そのためか、殿下が彼女を送れないときは、私がその役目をよく任せられる。
だが、私と彼女の交流は、数年前に途絶えている。
三年前、殿下が十五歳のお誕生日に彼女を婚約者と選ばれた時から。
幼少の時から、殿下の筆頭婚約者候補であり、そして今でも殿下を慕っている妹のことがあり、彼女と彼女の家とは絶縁関係にある。
彼女は、とても疲れた表情をして、瞳に戸惑いの色を浮かべて、縋るように私を見ている。
気持ちは、分かる。
私に聞きたいことも。
私とて、殿下が本当にあんなことをするとは。
殿下は、彼女のためにお菓子を準備していた。
殿下自らの目的のために。
確かに殿下は、仰っていらっしゃったが、あんな行動をされるとは、側に仕えていた者、誰一人思いもしていなかった。
あの時、殿下に薦められて、彼女は、菓子を手に取った。
ビスケットにたっぷりと塗られたジャムは、殿下の思惑通り、彼女の細い指を汚した。
粗相をしてしまったと、彼女が急いでハンカチを取り出そうとしたのは、当たり前のことだ。
殿下は、彼女のジャムまみれの手を優しく掴み、ご自身の口元に持っていかれ、ゆっくりと味わうように舐められたのだ。
瞬時に固まってしまった彼女には、罪はない。
それを目の当たりにした私も何が起こっているのか理解が出来ず固まってしまったのだから。
上目遣いで彼女の表情を伺いながら、一本一本丁寧に舐める殿下は、その整った容姿もあって、とてつもない色気を出してみえた。
時折、彼女の細い指を口に含む仕草は、色っぽく、だだ漏れの色気で、彼女を陥落しようとしている。
その色気を一身に受ける彼女は、青くなった顔を真っ赤に染め、助けを求めるように視線をさ迷わせている。
部屋には、私ともう一人の護衛騎士、給仕を行う侍女もいたが、後の殿下が怖くて、誰一人として彼女と視線を合わせなかったが。
殿下は、仰っていたのだ。
『彼女が手を汚したら、私が綺麗にするから』と。
それがこんな方法だとは、誰も思っていなかった。
それに、邪魔をしたら、後で殿下にどんな目に合わせられるか分かったものじゃない。
殿下は、今、羞恥で真っ赤になりオロオロと震えている彼女を愛でていらっしゃるのだから。
確かに普段『寒月の姫君』『氷の令嬢』と噂されている彼女が、真っ赤な顔で目尻に涙を溜めながらも泣くまいと必死に耐えている姿は、可愛くて唆られるものがある。
殿下には、決して言えないが。
侍女が濡れタオルを差し出していたのを気付き、彼女が受け取ろうと伸ばした手を、殿下は空いてる手で握りしめ、丁寧に汚れた指を舐められていた。
指が綺麗になった時点でようやく殿下は、侍女からタオルを受け取り、彼女の手を丁寧に拭いて、最後に手の甲に口付けしてから、彼女の手を離していた。
これくらいは許されると思い、私は、殿下に公務の時間が近いことを知らせるために声をかけた。
本当は、もう少し後でも良かったのだが、震える彼女を見ていられなかった。
殿下は、彼女の赤い唇の端についていたジャムを少し思案した後に、ご自身の指で掬い取り舐められていた。
その至福そうな表情を私は、初めて拝見した気かする。
殿下が退出されたあと、気力を使い果たした彼女は、ぐったりしていた。
部屋にいた者たちは、私も含めて、拷問なような時間が終わったことにホッとしていた。
馬車に揺られながら、向かい側に座る彼女。
殿下の私室から帰る時は、大抵こんな疲れきった顔をしている。
『この世界の婚約者たちは、いつもこんな感じなの?』
彼女の目がそう聞いている。
異世界の前世を覚えている彼女からしたら、殿下の行動は摩訶不思議に思えるらしい。
私からしてもそうだ。
確かに婚約者を大切にする。これは、当たり前のことだ。
だが、殿下のような態度は・・・、希といえるだろう。
「エド兄様。」
弱々しく彼女が懐かしい名で私を呼ぶ。
婚約が決まった時から解消を、解消を出来ないのなら破棄を、彼女は、殿下に求めている。
先日も学園で起こった騒動を原因として、婚約破棄を訴えていた。
「寵愛をいただいていると自慢したいのか。」
冷たい声で彼女の問いを拒絶する。
殿下に大切にされていながら、逃げようとしている彼女には、怒りを感じる。
だが、普通より過度(を通り越してないか?)な寵愛を受けている彼女の逃げ出したい気持ちも分からないでもない。
けれども、出会ってからずっと殿下を慕い続けている妹を思うと、彼女が我が儘に思えて仕方がない。
人の思いは、間々ならぬモノである。
「ねえ、エドヴォルト。公務までもう少しだけ時間があったよね。」
にっこり微笑まれた殿下の視線が痛い。
その緑の目を見るのが怖い。
「そうでしたか?」
声が震えないように気を付ける。
邪魔をしたとして、何をさせられるだろう?
公正な方だが、婚約者の彼女のコトになると・・・。
考えては、いけない。彼女に関することは、恐ろしいほど勘が鋭くいらっしゃるから。
「うん、彼女のことになるとね、視野が狭くなっているのは、自覚しているよ。」
いえ、視野だけでは・・・、考えない。
殿下は、口元に手をやり何やら思案されている。
「ちょっと怯えさせたみたいだから・・・。」
それは、怯えるでしょう。
指を舐められ、口に含まれたら。
「トットリアの焼き菓子を明日、彼女に届けてくれる?あの評判の。」
トットリアは、城下町人気の菓子店だ。
そこの評判の焼き菓子というと毎日限定10個しか売らず、夜明け前に並んでも買えるかどうかの品物。
昔から、あそこの焼き菓子は、どれも彼女は好きだから、喜ぶだろう。
「分かりました。」
明日の朝は、何時起きだ?
日付けが変わってからでも間に合うかな?
ライバル令嬢を考えたら、護衛騎士がシリアスになってしまいました。
溺愛のストッパーで、突っ込み役のはずだったのに。やっぱり残念男です。
少し直しました。