追憶の個人差
竹筒に息を吹き込む
火の粉がパチパチと
少しだけ飛び出した
薪を焚べて
また、息を吹き込む
繰り返して、繰り返して
土間の暗がり
裸電球だったか
僕が近づくと
危ないからと言われた
母に手を引かれて
振り返る
縦長の写真
映像としても数秒
その大切な時間は
誰にも破られることは無い
五右衛門風呂を沸かしていた
祖母の姿
小さく丸まりながらも
女の仕事を全うしていた
木板の浮いたお湯に
祖父が、それを踏んで入り
片足で沈めたら
僕を抱き抱えながら湯に入れた
立っていたら
顎くらいまでお湯が来て
溺れそうだったから
祖父の足に乗ってご満悦
祖父と祖母は
大きな声で
まるで当たり前のように
一つ、二つ
やり取りをした
僕の声に
壁越しに祖母の笑い声
湯船の周りに触れると熱い
そんな記憶と笑顔の注意
誰にも破られることは無い
板場の上で体を洗われる
頭からお湯をかけられて
泣いた僕
どうしても怖かったから
シャンプーハットを
後で、買ってもらった気がする
僕は、もう一度
湯船の中へ入った
今、思えば
祖父は、全てを済ませていたのだろう
少しだけ、赤い肌を覚えている
まだ、肌寒い日のことだったから
僕だけ
身体を洗う前に
湯船に入ったのだろう
身体を温めてから
身体を洗う為だった筈だ
百を数えさせられて
僕はバトンのように
母に渡された
祖父も上がると
一緒に着替えをした
競争という声が
頭の中に残っている
誰にも破られることは無い
昭和の香りがすると
誰もが思いそうな話だが
平成に入ってからのことで
ど田舎では
時間は、早く進まない
黒電話も
落ちたら痛い土間も
カチカチ回るチャンネルも
汲み取り式のトイレも
現役で活躍していた
炊飯器だけは良い物だった
それの一部は
祖父母が新しい家に住んでも
変わらなかった
黒電話は、変わらなかった
使い方が分からないのか
それが好きだったのか
今では、もう分からない
使い勝手が良いという物は
他人の感覚を寄せ付けない
もしも、あなたが
他人から新しい物を
無理矢理
口に突っ込まれそうになったなら
言ってやれば良いのだ
そんな風な新しい物には
価値は無いのだと
あなたが認めている価値を
僕は認めないのだと