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寄り道

 またな、と友人に分かれの言葉を告げて帰り道へと足と体を向けた。

 いつも通りの帰り道をこれから歩く。

 アスファルトの地面をしっかりと踏みながらもはや体が覚えた歩きなれた道を行く。



 だが毎回思う、このまま帰っても味気ないなと。

 でも思うだけで実際に行動の移したことはない、行く当てもないからだ。



 しかし今日はいつもよりも早い時間に帰ってこれた。

 このまま帰っても特にやることもないし、たまにはどこか寄り道していくのもよろしいだろう。

 その突発的な考えの元、いつも通りの帰り道とは違う方向に歩き始めた。



 普段歩かない道を歩いているせいか見慣れない建物や人たちを異国の風景の要に捉えながら数分歩いているといつも間にか廃れた建物だらけの場所に迷い込み、人もほとんどいなくなっていた。



 しまったな、と思いそろそろ帰ろうと思っているとどこからか「すみませーん」と声が聞こえた。

 声の方向を見るとそこには女の子が立っていた。

 小学校……二年生?くらいだろうか。



 「ボールが引っかかっちゃって、取ってくれませんか?」



 女の子は目を合わせながらそうお願いしてきた。

 こんな子供のお願いを断るのも後で後悔しそうなので女の子のお願いを叶えてあげることにした。



 女の子にその場所まで案内してもらい、公園に辿りついた。

 ブランコやシーソー、ジャングルジムなどがある昔懐かしい公園だった。



 「あそこの木に、ボールが引っかかっちゃって」



 女の子の指差した方を見ると、確かに公園の真ん中に生えている木の枝にピンク色のボールが挟まっていた。

 幸いにも木の高さはそこまで高くなく登りやすそうな感じだったので、その木を登ってボールを取ってあげることにした。

 木登りなんて久しぶりだったが何とかボールの挟まっている枝のところまでたどり着き、ボールを小脇に抱えて飛び降りた。

 


 取れたことを女の子に言おうとしたがいつの間にか女の子がいなくなっていた。

 あれ?と思って辺りをキョロキョロしていると、背中をつんつんとつつかれ、後ろを振り返った。

 







 そこには首から上が無くなっていて断面図がくっきりと見えていた、きっと女の子だった()であろう存在がこちらを見るように立っていた。

 驚きのあまり声すら出せなかった、どうしたらいいのか分からなかった、これが現実なのか理解できなかった。



 すると抱えているボールがもぞもぞと動き始めた。

 否、正確にはボールのはずだった()ものが。

 ボールだったはずの「それ」は髪の毛があり、骨格が形成され、明らかに人の頭部の感触を生み出していた。




 そして抱えている頭部はぐるんと回転してこちらを見た。

 その顔はボールを取ってほしいというお願いを引っ提げてこの公園まで導いた張本人である女の子の顔だった。

 呼吸が上手くできない、「コヒュっ……」という自分の口から発せられた呼吸音が自分の耳を通して聞こえた。




 女の子の顔はじっとこちらを見たまま、あろうことか口を開いて喋り始めた。







 「取ってくれてありがとう!」







 その時の声色と表情から悪意は感じられなかった。

 しかしそれを勝る勢いで恐怖が感情を支配し、気が付けば気を失っていた。

 起きた時にはもう夕日が沈みかけており、時間は夕方から夜へと切り替わろうとしていた。




 「あの……大丈夫ですか?」




 後ろから突然聞こえたその声に思わず「ビクッ!!」と大きなリアクションを取ってしまった。

 ドクンドクンと暴れまわる心臓をなだめながら恐る恐る振り返ると、そこには三十代前半くらいの女性がこちらを心配そうに見つめていた。



 「驚かせてしまってごめんなさい。ここで倒れていたもので……声をかけようとしたら起きられたので」



 そうだったのか、なら、悪いことをしてしまった。

 公園にはもう女の子の姿はなく、頭部どころかボールすらどこにもなかった。

 「立てますか?」という言葉と共に手を差し伸べられ、その手を取って立ち上がり感謝の言葉を伝えた。



 「さっきうちの娘から、遊んでもらった後に気を失ったって聞いたので……本当、うちの娘がご迷惑をおかけして申し訳ありません……!」



 いえいいですよ、と言おうとした寸前、何かがおかしいことに気が付いた。

 「うちの娘から、遊んでもらった後に気を失った」ということは、この場所でこの人の娘さんは誰かと遊んでもらっていたということ。





 そして、その相手は話し方と条件からして必然的に―――――――

 思考が完全にゴールする直前、その女性の後ろからひょっこりと先ほどの女の子が現れた。

 女の子の頭と体は繋がっていた。だが女の子は自分の手で自分の頭を掴むとあろうことか自分の頭を自分で持ち上げて、頭部が胴体と離れた状態でこう言った。



 「ごめんなさい!」



 謝ってくれた、そこまでは理解できた。

 恐らく気を失わせるつもりはなかったのだろう、遊んでもらいたかっただけなのだろう。

 そう思う前に、また視界がブラックアウトし、気絶した。




















 そこからの記憶はよく覚えていない。

 知らぬ間に家の玄関の前に座っていたのだ、持ち物だって何一つ失われぬまま。

 状況が理解できないまま立ち上がったその時、足元に一枚の新聞紙があることに気が付いた。



 それは今から三年ほど前の新聞。内容は親子が交通事故にあって死亡したというもの。

 しかも場所はあの公園、被害者の顔写真が記事に乗っておりそれを見て我が目を疑った。



 ――――――あの女のこと三十代前半くらいの女性の顔だったからだ。

 



 気絶こそしなかったものの、今度は眩暈がした。

 そして新聞紙の側に一枚の手紙が置いてあった。少し嫌な予感がしたものの拾わずにはいられなかった。

 手紙には子供のような字と大人の人が書いたような字の二種類で「ごめんなさい」と一行ずつ縦に並んで書かれていた。





△▼△▼△▼△






 それから一週間ほどが経った。

 確実なオカルト現象に立ち会ったにもかかわらず、金縛りにあったり変な夢を見たりということは一切起こらず、平和な時間を過ごしていた。




 一体、あの日の出来事は何だったのだろう。

 考えても考えても、答えは一つしか思い当たらなかったがなるべくなら信じたくなかった。




 今日もいつもよりも早く帰れる日だった。

 すぐに帰ってもやることは特にない。

 気づいたらあの時と同じ方向へと歩いていた、今度は明確な目的を持った状態でだ。




 やがてあの公園に辿りつくと、そこにはあの時の女の子と女性が公園で遊んでいた。

 周りに人は居ない。




 公園に近づいていくと女の子が気づき、「あの時の人だ!」と指を差して叫んだ。

 女性―――――もとい、お母さんの方もこちらに気付いたようでお互いに会釈をした。




 今度はこちらから話しかけることにした、まず一つ目はあの新聞紙を送ったのはあなた方なのかということを聞いた。

 答えはイエスだった。正体を直接明かすことは出来ないから間接的に知ってほしかったらしい。

 次に悪意はないのかと聞くと、お母さんは首をぶんぶんと横に振り「とんでもない!」と否定した。



 話を聞くに、あの日あの時女の子とであったのは本当にただの偶然で、女の子は普段見慣れない人がいたから遊んでほしかっただけらしい。

 こちらも悪意などはなく、ただ本当に遊んでほしかっただけだったらしい。




 ならば、いっそのこと本当に遊んであげようと思った。

 女の子に遊ぼうかと提案すると、女の子は顔を明るくして大喜びしてくれた。

 何を言っているんだろうという気持ちがないわけではなかったが、女のこと一緒にボール遊びをし、お母さんも交えて駄弁ったりしているといつの間にかもう辺りが暗くなっていた。





 親子と別れ、帰り、次の日の朝のニュースであの公園の下からあの親子の遺体が発見され、死に至らしめる原因となった車の運転手は殺人と死体遺棄の容疑で逮捕されていた。

 何故か二人の遺体の顔は苦痛に満ちた表情ではなく、安心しきった顔をしていたという。

 そして女の子の遺体と共にあのピンクのボールも埋められていた。





 その時自分が何を考えていたのかは分からない。

 見つかってよかったとでも思っていたのだろうか。

 着替えていると一通の手紙が玄関にポツリと置いてあることに気が付いた。




 拾い上げ、内容を確認してみると、そこには子供の字で「遊んでくれてありがとう!」という言葉と大人の字で「ありがとうございました」という二種類の言葉が書かれていた。






 二人の遺体が安らかな表情をしていたのはそういうことなのだろうか。真相はあの親子しか知らない。

 だがもし、理由がそうなのであればこの上なく喜ばしいことだ。



 ただもう絶対に寄り道して帰ることはないだろう。

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