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魔法使いの少女  作者: flathead
第一章 始まりの光
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第二話 旅の人

「」はギリア語、『』はアルバ語を示しています。

ヨナは他部族なのでアルン語しか話せません。


 それは僕にとって衝撃の出会いだった。

 突然現れた少女に僕は目を奪われる。


『あの…。 旅の者なのですが』


 聞きなれない言葉。この発音の仕方は多分アルン語。

 言葉の意味を理解して、初めて自分の仕事を思い出す。

 そうだ。初めてこの街に来た人を案内するのが僕の役目だ。


『あ、はい。 ちょっと待ってくださいね』


 僕もアルン語は勉強してきた。話すくらいは朝飯前だ。

 しかし、転んだままではあまりにも居心地が悪い。立ち上がって、服装の乱れを正して、ええと……何といえば良いんだっけ?


『え〜……ようこそ!フィーチェの街へ!』


 練習した言葉を練習通り言えず、少し気まずい雰囲気…。

 仕方ないじゃないか! ドタバタの後なんだから。……僕が勝手にそうなっただけだけど。

 目の前の少女は「あ、はい。そうですか」とでも言いたそうな顔で目をパチクリさせている。


『えっと、ご用件は?』


 沈黙に耐えられず、僕は言葉を繋ぐ。

 少女は僕の様子を気にすることなく話を始めた。


『ここは移民も受け付けていると聞きましてやって来たのですが、窓口はこちらでよろしいのでしょうか』


 移民…これは領館に通した方が良いかな。


『それでしたら、あちらの……』


 いや、待て。街を大きくするには移民を定住させることが大事だ。もし、彼女がこの街を気に入らず、出て行ってしまったら僕の信用にも関わるかもしれない。まずはこの街の魅力を披露して、それから改めて領館に案内した方がいい。

 うん、そうに違いない。


『良かったら街をご案内しましょうか? 僕もついて行きますので』


『え……? 見張りはいいんですか?』


『いいんです! 今の時間は大抵誰もこないので。行きましょう!』


『でも……』


 彼女は街の入り口の方を一瞥する。

 少しの呼吸を置き彼女は答えた。


『そうですね。お願いします』


 僕は初めての、そう初めての仕事が出来た嬉しさで一杯になる。


『じゃあまずは市場に行きましょう。昼間は街で一番賑わうところです』


『それは楽しみですね』


 カウンターから出て、家の扉に鍵をしめる。街の中央にある市場の方へ彼女を手招きする。

 そうだ。僕は一番大事なことを聞き忘れていた。


『君の名前は?』


 そう。新しい街の仲間になるかもしれない人だ。名前を知らなければ始まらない。


『私は……ヨナと言います』


 ヨナ………名前の意味は分からないけどいい響きだ。

 女性の弱々しさの裏に凛々しさが隠れているような、彼女にぴったりの名前だ。



——————————



『うわぁ』


 騒がしい街並みにヨナは感嘆の言葉を出す。


『すごいだろう? これだけの人がここで暮らしているんだ。君もきっと馴染めると思うよ』


 街は領館を中心にして円を描くように広がっている。

 エリアを分けるならば二重丸だ。内の円は商業エリア。外の円は農業エリア。

 村の西側には森や川があり、特に良い作物が取れる。人が暮らすには最適な場所と言える。

 そこに人が集まるのも当然。そして様々な場所から人が集まれば色々な文化や特産品なども集まる。それは商業をやるのに最高の条件が揃っているということだ。

 そんな豆知識はさておき、農業エリアはとてものどかで人口密度も低い。しかし、商業エリアに入るとすぐ目の前に人が現れる。それはすれ違う人であったり、店への呼び込みであったり。

 様々な人々が行き交い、話し声が絶えない賑やかな街を形作るこれらは街の象徴のようなものだ。


『これだけの人がいるなら私達の住む場所はあるのでしょうか』


『うーん。流石にこの辺りに住むのは無理だと思うけど、もっと西側には農業や牧畜を主にやって居る地域もあるんだ。そこには土地が余っているはずだよ。それに街を大きくする予定もあるんだ。君みたいに移住する人がたくさん来ることを予想してね』


『そうですか。それは良かった。……知らない言葉だらけですね』


 それはそうだ。ヨナはアルン語圏の人間なのだから言葉がわからなくて当然だ。

 商業社会の上で成り立っているこの街で、一人で生きて行くことは難しい。言葉もなく、意思の疎通が取れない人間が行き着く先は死だ。苦しいことも、食べ物が欲しいことも、病気であることも誰にも伝えられず死ぬしかない……。


 閃いた。


『良かったら、僕が教えますよ』


『え?』


『僕は一日中、村の入り口にいますからいつでも来てください。少しずつここの言葉を覚えていきましょう』


 彼女は一瞬ハッとしたような顔を浮かべ、僕の手を握って来る。


『ありがとうございます!』


 初めて彼女の笑顔を見た。

 それは一眼見たことがある宝石の輝きに似ていた。ダイアモンド、そんな名前だっただろうか。

 いやそんなことはどうでもいい。

 彼女はすぐに僕の手を離し、笑みをやめてしまった。もう一度見たい。そう思わせるほどに妖艶で、魅力的だった。


『いや、あ、いいんですよ。そういうことも仕事のうちに含まれていますし』


 恐らくそんなことはないのだが、とっさに答えてしまう。


『それより、気に入ってもらえましたか? この街は』


『はい。ぜひ手続きを進めていただきたいです』


 それは良かった。ではそろそろ領館に連れて行かなくては。もうすぐ街から出立する業者が街の入り口まで来る時間だ。


『じゃあ、手続きは僕がやっておきますから、今日はあそこの宿場で休んでください』


 すると彼女は困った顔で


『いえ、その……領主の方と直接お話をさせていただきたいのですが……』


『それは……』


 難しいだろう。

 でも僕は彼女のために何かをしてあげたかった。


『分かりました。領館まで案内します』


 僕は領主のリシュリューさんに信頼されている。僕が直接頼めば、多少の無理も通るはずだ。

 僕たちは領館へと向かった。



——————————



「こんにちは」


 いつもは領館に入るとすぐに使用人がやって来る。でも今日はなぜかリシュリューさんが直接来た。なぜだろう?


「おお、アランくん。どうだね? あの家は」


「居心地が良いですよ。それより今日はちょっと用がありまして……」


 僕はどうにも申し訳ない顔を浮かべてしまう。


「ほう。これは珍しい。どうしたんだい?」

「実は彼女があなたに会いたいと」


「彼女?」


 僕は銀髪の少女、ヨナに向けて手を仰ぐ。


『お初にお目にかかります。領主様。ヨナと申します。移民としてこの街に来させて頂きました』


 彼女は跪いて名乗りを上げる。


「ふむ」


 リシュリューさんは瞬きを一つすると


『これはこれは。よくぞ来られた』


とアルン語で返す。領主であるだけあって語学も堪能だ。


『実は内密な話があります』


 ヨナは僕を一目見て言う。僕に聞かれたくない話というわけだろうか。少し凹む。

 いや何を凹む必要がある。僕たちはまだ会ったばかりだし、隠しておきたいこともたくさんあるだろう。


『ふーむ。申し訳ないが手短にお願いしたい』


 ヨナは立ち上がり、リシュリューさんの側まで歩いて行く。

 彼女がリシュリューさんの目も前まで辿り着くと、彼女の髪が輝き始めた。

 僕は幻覚を見ているのだろうか……。

 リシュリューさんも驚きを隠せないでいるようだ。顔にこれでもかと現れている。


「………ベル!」


 使用人がすぐに現れる。ベルとはこの使用人の名前だ。


「はい。如何されましたか」


 リシュリューさんは手を払う手振りをして


「今日の予定は全てキャンセルだ」


「かしこまりました」


 使用人はまるで既に言う言葉を決めていたように早く返事をして、去っていった。


「アランくん。今日はすまないがもう帰ってもらって良いかな?」


 元よりそのつもりだった。僕にも用事がある。業者にお疲れ様と言って見送るだけの用事が。……はぁ。


「はい。ありがとうございました。では失礼します」


 ヨナをリシュリューさんに紹介した。それによって僕が仕事をしていると言う証拠もできた。

 ここ数日、仕事と呼べることは何もしていなかった。もし父やリシュリューさんに何か言われたら困ってしまうところだった。

 まぁ二人とも信頼してくれているというか放任というか……詰まる所、僕の一人相撲なんだろうけど。

 僕は初めての仕事をやり遂げた達成感と、仕事がなくなってしまった喪失感を抱えて領館を出た。



——————————



「こんにちハ」

「やぁ、こんにちは」

「きょウも、ヨロシク、おねがイします」


 ヨナと出会ってから数週間経った。彼女は三日に一回の頻度で僕の元へ訪れるようになった。

 もちろん理由はこの街の標準言語であるギリア語の習得のためだ。ヨナは筋が良く、片言ではあるが日常的な会話ならもう話せるようになっていた。

 まぁアルバ語とギリア語は言葉の文法も似ているし、単語も元をたどれば同じようなスペリングをしている。最初に習得するなら簡単な方だ。


 出来ることなら僕の方から彼女の元へ行きたいところなんだけど、おいそれとはこの場所を離れられない。

 以前、ヨナを案内した後、父がこの家まで叱りに来た。人手が足りないうちはあの家に居ろとのこと。これじゃまるで監禁されているみたいだ。

 せめて護衛役の人ぐらいは早く見つけてくれとだけお願いしておいた。人手不足とはいえ、ずっと一人では寂しすぎる。会うのは家の前を通る人と、朝に食料や薪を運んで来てくれる使用人と、異国の少女ヨナだけだ。

 だからヨナと会うことは数ある楽しみの一つになっていた。


「今日は練習も兼ねて何か話をしよう。ヨナはこの街に来る前はどこにいたの?」


 ヨナに椅子を用意しながら僕はそう問うた。彼女は椅子に座った後、目を一度伏せてからこう言った。


「私達ハ………あー『遊牧民』」


 彼女は「遊牧民」のギリア語がわからなかったらしい。そこだけアルバ語を使って話した。


「『遊牧民』。遊牧民か………」


 僕は彼女に教えるように言葉をギリア語で言い直す。


「そう、遊……牧民。 私達ハ、旅ヲしながら生活していたノ」


 遊牧民…でも遊牧民は旅をしながら生活するというより、一定の周期で生活する場所を変えると言ったほうが正しい。

 それに……


「ヨナ以外にも移住した人がいるってこと?」


 遊牧民というからにはたくさんの人がいるはずだ。彼女はその中の一人ってことになる。


「そう。私、言っテなかった?」

「初めて聞いたよ」


 じゃあ彼女はは遊牧民の代表として僕の元へ赴いたということだ。


「ねぇ。ヨナって実は偉い人だったりするの?」


 彼女は顎に手を当てて少し考え込むような顔をして


「私、民の……首長」

「首長!?」


 ってことは一番偉い人だ。ヨナは見た目からしてまだまだ若い。まだ幼さを残していると言っても過言ではないくらいだ。


「失礼だけど…ヨナって何歳?」

「十ト九歳よ」

「十九歳!?」


 僕より二つしか違わないじゃないか!それにまさか僕より年上だったとは……。人は見かけに依らないものだ。

 驚いてばかりの僕にヨナは微笑みをくれた。


「あなたハ?」

「僕は十七歳だよ。後一ヶ月で十八歳になる」

「じゃアもウすぐ一人前だね」

「?」


 なんで一人前になるんだろう。僕の現状からして一人前には程遠いと思うのだけれど。

 疑問符を浮かべた僕に気づいたからかヨナは言葉を足して来た。


「十八歳になったら一人前。私達はソウなの」


 なるほど。

 彼女たちの部族では十八歳になったら一人前、そういう文化なのか。


「私モ去年、首長になった」


 十八歳で一人前と認められるからと言っても、いきなり一部族の長となるのは酷な話ではないだろうか……。


「へぇ、大変そうだね」


「そうでもなイ。やること、ほとんどなイ」


 それは僕と同じかもしれない。言葉面では大変そうだけど、蓋を開けてみればなんてことはない。そういうものなのだろうか。


「でモ、いざとなったラ、みんなヲ助けル」


「?」


 再び疑問符が浮かぶ。

 助ける?

 何から?

 どうやって?

 権力で? だが彼女の権力は残念だが高が知れている。一部族の長といえども大したものではない。

 では分かりやすく腕力で?いやいや、こんなか細い少女の腕では僕にすら負けるだろう。

 謎解きが始まりかけたところで彼女が言葉を紡ぐ。



「あなたも、いざとなったら、助けてあげる」



 その言葉はまるで魔法のように僕を包んでいった。ほのかな温かさを胸のあたりに感じる。

 そんな気がしたのも一瞬。


「どうかした?」


「いやなんでもないよ」


 そういって他愛のない話を続けた。

 あの感覚はなんだったのだろうという疑問を抱えたまま。



ーーーーーーーーーー



「おーい」


 ヨナと話を続けていると声が聞こえてきた。

 目線を声が聞こえた方向に向けるとジュリアがこちらに向かって歩いてきていた。


「やぁ。どうしたの?」


 何か用だろうか。


「この前、護衛役が欲しいってお父様に言ってたらしいじゃない。だから私自ら立候補したの」


 なんと! 確かに彼女は兵士としての訓練を積んでいる。僕よりも腕っ節では遥かに頼りになる。


「それはありがたい。でも退屈だよ」

「いいよ。……あなたと一緒にいたいし」


 この娘は何をいっているのだろう。愛の告白のつもりだろうか。

 どうせ冗談だろうから聞き流す。


「物好きだね。 でもありがとう。わざわざ引き受けてくれて」


 彼女は顔を赤くしてそっぽを向いた。なんだ可愛らしいところもあるじゃないか。


「じゃあ、椅子を用意するね。 ちょっと待ってて」

「いらないわ。 これも鍛錬の一つよ」


 といっても一日中立ちっぱなしは辛いだろう。でも、そう言ったところで言うことを素直に聞く性格でもない。用意だけして放っておけばそのうち座るだろうと思い、とりあえず準備だけはしておいた。


「で、彼女は誰?」


 なぜかヨナに向けて睨みを効かせて聞いてくる。


「ああ、最近この街に移住して来たヨナだよ。ヨナ、彼女はジュリア。この村の領主の娘。兵士見習いをしてる」

「はじめましテ。ジュリアさん」


 ヨナは立ってお辞儀をする。


「異国の子? なんでアランのとこにいるの?」

「ギリア語の勉強だよ。暇だから教えてる」


 暇じゃなくても教えてあげたいけど。


「へぇ。それでもう話せるんだ。すごいね」


 女性なのに兵士見習いをしているジュリアもそれはそれで凄いことなんだけど、ここは黙っておく。


「いえ、マダマダです。部族のみんなにモ教えているんですけド、なかなか身につかなくテ。結局みんなアルバ語で話しちゃいまスし」


 なるほど、ヨナの成長度の理由が分かった気がする。人に教えるということは、自分にとっての再確認の意味をも為す。知らず知らずのうちに復習をしていたという訳だ。


「じゃあ、こういうのはどう? ある場所にいるときだけ、アルバ語を使わないっていうルールを作るの」


 それは良い考えだ。というのも僕の家でやっているのと同じことだからだ。ヨナにはこの家にいるときはできるだけアルバ語を使ってはいけないと言っている。そうすればギリア語を使う理由ができるからだ。そうして言葉に慣れていけばそのうち自然と使えるようになるだろうと僕は考えている。

 ヨナはハッとした顔で僕の方を一瞥して


「そうですね! 早速そうしようと思いまス」


 と張り切った様子で言う。ヨナの新しい一面を見た。やはり女性同士だと話しやすいとかあるのだろうか。僕は如何ともしがたい気持ちになる。

 僕はとりあえずの言葉を絞り出す。


「そんなことより、ヨナ。こんな時間までいてもいいの? ジュリアも。もう5時だよ?」


 一言めを絞り出すと矢継ぎ早に言葉が出て来た。


「私ハ帰りますね」


「私も今日は帰るわ。今日は顔合わせ。夜は他の誰かが交代でくるから。あ、ほら来たよ」


 街の方を見ると一人の男性が歩いて来た。ジュリアは「おーい」と手を振っている。


「でハ、アランさん。また今度」


 といってヨナは男性とすれ違うように帰ってしまった。

 男性がジュリアと拳を合わせている。街でよく見る兵士の挨拶だ。


「紹介するわ。彼はホビー。私と同じ兵士見習いよ」


「よ、よろしくお願いします」


 ホビーは緊張しているのか声が震えている。


「はじめまして、アランです。そんなに緊張しなくていいよ」


「す、すみません。自分、これが初仕事なもので」


「じゃあ僕と同じだ。さ、ここでゆっくりしていって」


 僕は椅子を差し出す。


「じゃあ私も帰るね。またあした〜」


 と言うと、ジュリアは馬車馬の如く駆けていってしまった。


 さぁ話相手もいるし、これからは少しは楽しい日々になるだろう。

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