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魔法使いの少女  作者: flathead
第二章 日差しのある方へ
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第九話 商談

この世界では金貨≒50万円、銀貨≒2万円、銅貨≒100円ぐらいの価値です。


 あぁ、なんて淀んだ空だろう。

 いや淀んでいるのは僕の頭だ。


 昨日はひどかった。


 机に突っ伏していた僕はともかく、床で寝ていた奴らはひどかった。

 誰かが吐いたのか吐瀉物がそこらに吐き散っていて、僕の足にも少しかかっていた。

 まったく…とんだ災難だ。


 僕は二日酔いで痛む頭を抱えながら、既に日が高くなっている街中に出る。

 伸びをして少しでもこの倦怠感を晴らそうとするがあまり効果はない。


 後ろから扉の開く音がして、振り返ると僕と同じように頭を抱えたリゼットさんがいた。


「イッタタ。昨日何があったんですか? 中はひどい惨状ですよ」


 ……あんたがやったんだよ、と言いたくなるが乱暴な言葉は心の底にしまっておく。

 僕は穏やかな気持ちで言う。


「………リゼットさん。 もうお酒禁止ね」


 リゼットさんは頭痛に顔を歪ませながら、


「うん。 頭痛いし、しばらくはいいかな………」


 と言う。

 僕が言いたいことはそうじゃないけど、まぁお酒を自重してくれるなら理由はどうでもいい。

 僕は小さく、でもリゼットさんにちゃんとわかるように頷く。


「やっと起きたか」


 声のする方を見るとヒューゴがいた。

 壁に寄りかかってパイプを吹かしている。


「どこに行ってたのさ」


 僕はふてぶてしく現れたヒューゴに不満げに言う。

 こいつは僕らが大変な目にあっている間、いつの間にかいなくなっていた。

 一体何をしていたのだろう。


「どこってアメリの家さ。泊まっていけって行ってたからな」


 何ということだ!

 ヒューゴは僕が硬い机に倒れ込んでいる間、柔らかいベッドでのんびりち寝ていたのか。

 いや、もしかしたら柔らかい人間の肌に埋れていたのかもしれない。

 そう思うと余計に憎々しく思えてくる。


 僕はヒューゴを恨みを込めて見つめる。


「プッ。なんだよその目は。馬車はアメリのところに置いといたぜ。役所に行くんだろ?こっちだ」


 ヒューゴは僕の視線を嘲笑い(あざけわら)、街中に歩を進める。


「あ! 待ってよ」


 ヒューゴに置いて行かれそうになり、僕は彼の方へ駆ける。

 後ろからリゼットさんも同じようについてくる。

 少し走って、彼の横に並ぶと


「商権をもらったらどうするんだ? そこらへんで陣取って売るのか?」


 とヒューゴが質問してくる。


「いや、父さんの知り合いの貴族がいるんだ。そこで取引相手を紹介してもらおうと思う」


「へぇー。やっぱりお前のオヤジさんって凄いんだな」


 そう考えるとこの街に入る手続きが早く済んだのも、これから商権を発行してもらうのも、取引相手がいるのも全て父がくれた紹介状のおかげな気がする。

 独り立ちのための旅とはいえ、今のところは父さんに頼りきりだ。


 まぁ「独り立ちのため」という名目は色んな人に、この旅の本当の目的を勘付かれないようにするための言い訳だ。

 とりあえず街を出て、生活ができればどうでもいいことだ。


「まあね」


 と鼻を高くするがもしかしたら皮肉だったのかもしれない。

 おくびにも出さなかったが僕は内心、少し焦りを感じていた。


 旅をして生計を立てるためには父さんのコネクションに頼ってばかりじゃいけない。

 いずれ遠くの国に行くときがくるだろう。

 そうなれば父さんの名は使えない。使っても意味がない。

 そうした時に頼りになるのは自分自身の力量だ。

 僕は旅に出て二日、まだ商人として何も得ていない。

 お金も、経験も。


 僕たちはヒューゴの案内によって役所に着き、入都の時と同じように紹介状を使って売買者証明書、商権の発行手続きを迅速に済ませてもらった。

 

 次に向かうのは、父さんの知り合いの貴族マルコさんの家だ。

 役所でマルコさんの家の場所を聞き、僕達はそこへ向かう。



———————————



 昼の街は夜よりもはるかに多い人通りがあった。

 特に通りがかった商店街では歩いても歩いても進んだ気がしないほどに人に揉まれた。

 これだけの街になるには長い長い時間が必要となるのだろう。


 僕達はうまく人をかき分けるヒューゴについて行くのに必死だった。

 いつ見失ってしまってもおかしくないくらいの人通りだ。

 裏路地を通ればもっと早く、進めたのかもしれない。

 でも裏路地には柄の悪い奴らがたむろしている。

 手練れのヒューゴがいるとは言えあまり近寄りたくない。

 見目麗しいリゼットさんもいるのだ。

 危険は少しでも避けたい。

 それでもやっぱり裏路地から行った方が良かったかなと思っていると人だかりから抜けられた。

 商店街を抜けると住宅街がある。

 その一等地にマルコさんの家はあるという。

 役所の人によると「見ればわかる」らしいので相当目立つ家に住んでいるのだろう。


「あちらではないですか?」


 リゼットさんが後ろから声を出す。

 僕とヒューゴが振り返るとリゼットさんは道の先を指差していた。

 リゼットさんが指差した方向を再度振り返る。

 手前の家に隠れてよく見えないが僕より背の高いリゼットさんは辛うじて見えるのだろう。

 また、元貴族ということもあって貴族が住んでいそうな家の見分けができるのかもしれない。

 ヒューゴも見つけたようで、


「ああ、あれか。よく見つけたな」


「この辺りでは一番豪華なお家だったもので…」


 僕からは槍のように飛び出た屋根の先端しか見えない。

 多分、家の壁や窓に豪華な装飾がされているのだろう。


「あそこの奥の家?」


 僕は必死につま先立ちをしながら二人に問う。


「ああ、そうだ。 行こう」


 再びヒューゴを先頭にして歩き出す。

 結構仕切りたがりなのだろうか。


 家の前までつくと家の全容が見える。

 確かに人目を惹く家だ。


 僕はその光景に息を飲む。

 家の壁が真っ青なのだ。

 その青は覗き込むと深みが増して見える。

 これを美しいと言わずなんと言おうか。


 僕たちが家の門の前で立ち尽くしていると中の家の扉が開き、豪勢な衣服を身に纏った男性ともう一人、お付きの男性が出てきた。


「ん? 知らない顔だね。どうだい。この家の美しさに見惚れてしまったかい?」


 豪勢な服の男は僕たちに話しかけてきた。

 確かに美しい青だ。

 家を染めあげてしまうほどの塗料を使う豪胆さも気に入った。


「はい。すごい景色ですね。えっと、マルコさん……でしょうか?」


 僕はマルコさん…と思われる男性に言葉を返す。


「うむ。 いかにも。 私がスタンティノス南西区統括のマルコ・バゼル=ノーセスだ。その様子を見ると旅の者かね?」


 僕は背筋を伸ばし、


「はい。私はフィーチェの街のボラン・ニースの息子アラン・ニースです。本日はマルコさんにお願いが有り参りました」


 と胸を張って言った。


「む、ボランの息子か」


 マルコさんは隣にいる男に目配せをする。

 すると、男は僕たちに近寄って右の掌を僕たちに向ける。


「?」


 僕はなんの合図が一瞬分からず戸惑ってしまう。


「証明書はないのか?」


 男は僕たちに向かってそう言う。

 そうか。

 僕たちがアランの名を語る偽物かもしれないと疑っているのか。

 僕は発行したての商権と父の紹介状を男に手渡す。


 男はそれを受け取り、内容を確認すると、後ろに振り返し、一度頷く。

 マルコさんもそれに応じるようにうなづく。


「ふむ、突然の来客だが、外で話すのもなんだ。中に入ってくれ」


 そういってマルコさんは家の中に入っていった。

 男や僕たちもそれについていく。



———————————



 中に入るとキラキラとした豪華絢爛な景色が広がっている。

 黄金に輝く燭台にシャンデリア、ステンドグラスなど、これでもかと贅を尽くした内装に僕らは感嘆の声を上げる。

 僕たちはそれらを見ながら誘導された部屋に入る。


「まぁ。座ってくれ給え」


 言われて、僕たちは椅子に掛ける。


「それで、今日はどんな用で?」


「はい。私は今、旅商人として街を巡っているところです。フィーチェの街から持ってきたものを買いたいと言う方を探しているのですが」


 早速、僕は要件を話す。

 マルコさんは顎に手を当てて、


「内容は?」


 僕はフィーチェの街で買ったものを思い出しながら、


「今あるのは香辛料ですね。 東洋のものを揃えてあります。 工芸品も何点か」


 と答える。

 マルコさんの目が一瞬光ったような気がした。


「見せてもらえるかね」


 マルコさんは立ち上がり、僕たちの側まで寄ってくる。


「はい。こちらです」


 僕は見本として念のために馬車から持ってきていた香辛料を目の前にある机に広げる。


「どうぞ」


 マルコさんはそれを手に取り、さらさらと手から机に落としてみたり、匂いをかいだりしている。

少ししてマルコさんは突然目をかっ開いて言った。


「すべて買おう!」


僕は驚いて声を出せずにいた。


「全部?ですか」


「ああ、全部だ!こんな良いもの他の奴にはやれんよ!やはりボランの目は確かだな!」


 マルコさんは機嫌良く言う。

 これは予期せぬ幸運だ。

 紹介してもらうだけのはずが、まさか全て買ってもらうなんて!

 父に鍛えられた眼は確かな成果を上げることができたのだ。

 これで当面の生活は確保できそうだ。


 しかし僕の、大商人の息子の血が騒ぐ。


「いやぁ、それはありがたいんですけど、実は他にも寄って行くよう言われていまして……。全部というのはちょっと……」


 これは真っ赤な嘘だ。

 父に紹介されているのはマルコさんだけ。

 他に伝手など無い。


 僕は申し訳なさそうな顔を作る。


「何!?……うーむ。……そうか」


 マルコさんが一瞬、落胆した表情を浮かべる。

 そしてギロリとこちらを見る。


「……いくらなら良い?」


 ……成功か?

 いやここで適正な価格を提示できなければ何も買ってもらえなくなるかもしれない。


「うーん。そうですね。少し高めでもよければ……」


 僕は考えるために話を引き延ばそうとする。


「いくらだ!!!」


 マルコさんは机を叩き、興奮している。

 話を引き延ばすのは無理そうだ。

 行くしかない!


「……香辛料1ポンドにつき、銀貨4枚でどうでしょう?」


 僕は勝負に出る。

 通常香辛料は良いものでも1ポンドで銀貨2枚が関の山だ。

 

「銀貨4枚か……。うーむ」


 マルコさんは悩んでいる。

 もうひと押しだ。


「もう一つ、僕が珍しいものを見つけたら真っ先にマルコさんにお渡しします。如何でしょう?」


 僕は旅をする。

 その道中、この街・この国では見つけられないものが見つけられるかもしれない。

 もし、それを見つけられたら、最初に売買を持ちかけるのはマルコさんにする。

 そういう契約を結ぼうとする。

 

 良い商人は良い商品を手繰り寄せるものだ。

 もしマルコさんが僕を認めてくれているなら、この契約は成立する。

 そうでなければ……。


 僕は固唾を飲んで、マルコさんの返事を待つ。


 「……」


 マルコさんは腕を組んで考えている様子だ。

 僕がしびれを切らして口を開こうとした時、


「気に入った!!!飲もう!」


 よし!

 交渉成立だ。


 これまでの商人としての勉強の成果が出た。

 涙が出そうになるけど、まだ商談の最中だ、

 我慢しろ!僕!


「工芸品はどうしますか? 良ければ明日持ってきますけど…」


「ああ!是非とも持ってきてくれ! 久々にいい買い物をした! ハッハッハ!」


 あまりの機嫌の良さにリゼットさんは引き顔だ。

 ヒューゴは「やるねぇ」とでも言いそうな顔でこっちを見ている。


「ハッハッハ!ん”ん”!ゴホン。 それでは私は失礼するよ。 私はこれから仕事でね。いやぁ今日はいい日だ! ゆっくりしていってくれ!」


 マルコさんは「ハッハッハ」と笑いながら去っていった。

 丁度その時、使用人が紅茶を入れて来てくれた。

 今日やるべきことは全て達成した。

 お言葉に甘えてこの家でほどほどにゆっくり過ごそう。


 ……ヨナのことも聞きたかったんだけどなぁ。


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