七
その様子はご当主とともにお内儀さんも見守っていたものですから、わたしもそれに付き添っておりました。
しばらくするとお同心と岡っ引が窓から顔を出して、
「これは高い、下から見るよりもはるかに高いな。ここから落ちたら死ぬるぞよ」
と言って、すぐに降りてまいりましたので、わたしは「あれ、なかのご隠居夫妻についてはなにも訊かないのかしら」と思いました。
「この倉はふだんなにをしまっておるのだ」
「仕入れものの一時置き場でございます」
「ふむ、そうか」
ご同心とご当主の問答に、わたしはますます驚いてしまいました。なぜお同心様はご隠居についてなにも言わないのでしょうか、と思ってお内儀さんを見ますと、お内儀さんもこちらを見ていたのですが、それはさっきからずっとこちらを見ていたような様子で、しかもそれがなにか冷たい目のような、いままで見たこともないような目だったのでわたしはあわてて目をそらしました。
「鍵はだれが持っておるのだ」
「わたくしと三次郎と手代の平六です。いや、でも、平六は先月亡くなりましたので、いまはお貞が持っておりましょう」
宇井野様は手先を振り返りましたが、岡っ引は「いや、女の持ちもののなかにはありやせんでした」と首を振りました。
「妙だな。お貞はどうやってこの倉に入ったんだろうな」
「落ちたときにどこかに跳んでいってしまったのではありませんかな」
ご当主の仙衛門がそう言いますと、お同心は黙って岡っ引に目配せをしまして、それで岡っ引がそこらあたりをぐるぐると探しまわりましたが、ほどなく「ここらにゃありやせん」と宇井野様のとこに戻りました。
「それでは、倉のなかにでもあるのでは」
と、仙衛門様が入ろうとしますと、お同心の目配せを受けた岡っ引が、
「おう、待て待て、まずおれが入る」
とご当主を押しのけるように倉に入っていき、お同心様がそれに続きますと、最後にご当主もそれに従ってなかに入りました。
「ああ疲れた。戻りましょう」
お内儀さんがそう言いますので、わたしも付き添って母屋のほうに戻りました。もう休むからさがってよいと言われましたので、自分の小座敷で書など読んでおりましたところ、家のなかがなにやら騒がしくなりました。
あとで道助さんに聞いたところでは、お貞さんのお部屋で、あの岡っ引が鍵があったと騒いでいたとのことでした。
「もっぺん探ってみたら、これこの通り。帯のあいだに入ってやした」
岡っ引は鍵をかざしましたが、すぐにお同心が、
「ばかもの、騒ぐでない」
とそれを取りあげまして、それからご当主に向かって、
「これはあの土蔵の鍵かな」
と言いかけてすぐに、「いや、よい。自分で確かめる」
とまた庭に出ていったそうです。
それは確かに土蔵の鍵だったので、同心様はお貞さんが自害されたものと結論され、お引きあげなさったとのことでした。亭主をなくしたことを悲観してのことだろうとのお見立てだったそうです。
それで今日、お貞さんのお弔いがあったのですが、実はそこで奇妙なことが持ちあがったのです。
平六さんとお貞さんの子供――立て続けに二親を亡くすというずいぶん気の毒な坊ちゃんですが――この伝吉さんがどこにも見当たらないのです。どたばたしていたのでいつから見えないのかだれも思いだせないのですが、お貞さんが亡くなったあと、部屋に運び込んだときにはもういなかったような。
さっきも言いました通り、閉じこもりがちだった伝吉さんはふだんから目につきませなんだから、最後に姿を見かけたのがだれだったか、いつだったか、結局わからずじまいでした。
まあとにかくお弔いはだしまして、そののち道助さんとまた近所の男衆でそこらを探したけれど見つかりませんでした。
「立て続けにひとは亡くなるし、お坊ちゃんも行方知れず。わたしは怖くなってお登世さんみたいに逃げだしたくなって、お内儀さんが疲れたと言って帰ってきてからまた寝てしまったので、その隙に店の外に出たのです。出たのですが、うちには病気のおっかさんとまだ小さい弟と妹がいて働かないわけにはいかないものですから、やはり戻ろう、でも怖い、とうろうろと迷っておりますと、そこにたまたまお紀有ちゃんが通りかかって、相談したらそれならぴったりの人がいると言われまして、こちらに連れてきてもらったという次第なのです」
「なるほど、話はわかりやした、あっしのほうでもあたってみやしょう」
「くれぐれもお願いします」
「大船に乗った気でいてくだせえ」
色吉がそう言うと、お民は「はい」と晴れ晴れとした顔になった。
留緒はお民の話が始まるとすぐにこっくりこっくり始め、それからずっと座ったままうとうとしていたのだが、このときぱっちりと目を開けると、
「任しといてくだせえ」
とうなずいた。




