一
奥州左馬之介は屋敷町を歩いていた。特に目的のある歩みとも見えず、ぶらぶら散歩のようだった。
亥の刻、十間ほど幅のある広くまっすぐ続く道には見渡す限り人影はない。と思いきや、突然に左馬之介の前に立ちふさがった影があった。着流しの、高僧頭巾と竹田頭巾を組み合わせたような頭巾で顔をすっぽりと隠していたが、異様なのは眼孔の奥が真っ黒で、目らしきものも見えなかったことだ。いやこれは星明かりのみの暗さのせいだったかもしれない。しかしさらに異様だったのは、左手に無造作に抜き身を下げていることだった。
ここまで瞬時に見て取った左馬之介は、後ろに飛びすさりながら抜刀し、着地したときには正眼に構えていた。
「何奴だ。名乗れ」
しかしその時には影はかき消えていた。いや、そうではなく跳躍したのだったが、信じ難いことに左馬之介のはるか頭上を越えていたのだった。
背後への着地の気配で左馬之介が振り返ったその時、左肩から胸にかけて熱いものが走った。やられた、崩折れながら敵を見ると、いつ持ち代えたのか抜き身を右手にダラリと提げている。
左馬之介が覚えていたのはそこまでで、ここで気を失ったのだった。