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色吉捕物帖  作者: 真蛸
前口上
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 水車小屋であるのに、中は六畳ばかりの畳敷きだった。奥の壁にもたれて座っている多大有のまえで、歩兵衛と色吉が間に蝋燭をはさんで向かい合っている。いつも好好爺然とした歩兵衛が、厳しい顔をしているのを色吉は初めて見た。小屋の中では、川の流れる音より水車の回る音が大きく聞こえる。

 歩兵衛が話し始めた。

「さて、色吉殿もこれまでうすうす感づいておった通り、そして今やはっきりとわかったとおり、ここにいる多大有は絡繰人形じゃ」

 色吉は意表を突かれる思いだった。そのようなことは、これまでうすうす感づいてもいなければ、今やはっきりとわかったりもしていない。

「実は色吉殿も察しておったとおり、本物の多大有は十年前の事故で亡くなっておっての。そのことについては仕方のないこととして、わしも跡継ぎについてはあきらめてやってきた。ところが三年前に理縫りぬが生まれ、その代わりといってはなんだが妻が亡くなってしまった。これにはちと弱気になっての。本来、理縫に婿でも取って跡継ぎとしたいところだが、まだ小さい。わしもいつまで保つか。そこで、当代随一の人形師、和賀見額参に頼んで絡繰人形を作ってもらい、多大有の身代わりに仕立てたのじゃ」

 色吉は黙っていた。本物の多大有がとうに亡くなっていた、というのは噂にそう聞いただけで、実は生きていたという歩兵衛の説明に納得していたから、本当に亡くなっていたことなどもちろん察してはいなかったし、あまりのことに話にもついていけていなかったのだが、歩兵衛はそれを納得の印と受け取ったのか、先を続けた。

「さて、見ての通り、多大有はこのように毎晩発条ぜんまいを巻かねばならん」

 羽生は壁にもたれている、ように見えるが、ただもたれているのではなかった。壁からは一尺ばかりの高さのところに棒がつきだしており、その先は鋼で固められているのだが、それを多大有の背中の発条口に挿してあるのだった(羽生の衣服の背中には切れ込みが具合よく入っていた)。水車の動力が歯車を通じて鋼の棒を回転させ、それが多大有の体内の発条をきりきりと巻きあげる、という仕組みになっていた。

「不便な体じゃ。不憫な」

 歩兵衛は振り返って、息子を憐れむような、しかし同時にいとおしむような目で見た。それから色吉のほうに顔を戻した。

「色吉殿、どうかこの通り、これからも多大有の面倒を見てやってくれ」

 と言って手をついた。

 色吉はあまりの話に驚いたのと、また夜中に急ぎ足でこんなところまで来た疲れと眠気が今ごろ出てきたのとで放心状態で、もはやなんの反応もできなかったのだが、歩兵衛はそれを承知の印と受け取ったようだ。

「ありがとう、ありがとう」と目に涙さえ浮かべ、感謝の言葉を繰り返すのだった。羽生はあいかわらず微動だにせず俯いている。

〈了〉

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