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色吉捕物帖  作者: 真蛸
うら金貸しとご落胤
28/59

 畜生、畜生。あのクソ婆ア。腹の中で毒づきながら、弥吉はあてもなく歩いていた。実際、もう金を借りるあてがないどころか、金貸しを見たら逃げなければならない。あの婆アは口だけだからまだましな方で、若いのを連れた奴などに見つかった暁には、どんな目にあわされるものか知れない。仕方がない、親方のところに行ってわびを入れよう。ひどく怒られるだろうな。これというのもあの婆アが金を貸さないせいだ。まったく、お幹のことを心配しているようなことを言ってやがったが、あれはただの見せ掛けだったのだ。畜生、やっぱり俺のにらんだ通りじゃあねえか。帰ったら幹のアマには俺がいつも正しいのだということを思い知らせてやらなければ。畜生、俺が金策でこんなにも苦労してるってのに、博打で遊んでるだなんだ、あのアマ、婆ア、なんで俺がこんな目に会わなけりゃならねえんだ。

 親方のところにつくと、女房が出てきてじろじろと弥吉をながめた。

「親方はいねえんで?」

「あんた、よく顔が出せたね」

「いや、親方は?」

「いるわけないだろ今時分。まっとうな人間は働いてるころだよ」

「俺がまっとうじゃねえって言いたいのか」

 すると女房は目を丸くした。

「まっとうなつもりなのか。驚いた」

「なんでえなんでえ、どいつもこいつも」

 弥吉は駆け出した。もう誰にも頼まねえ。幹がたとえ死んだって、金貸し婆アの正体が見抜けず、仲好く俺の悪口ばっか言ってた罰が当たったってやつだ。そのとき具合がいいのか悪いのか、丁度向こうから歩いて来た親方とぶつかった。

「おっ、てめえ、どのツラ下げて顔を出しやがった。ろくに現場にも来ねえで」

「へっ、おめえにも頼んでやるもんか。どいつもこいつも人情ってものがねえ」


 ゆく当てもなく歩いているつもりが、いつしか神田岩本町の辺りを歩いていた。ここまで来ると、自然いつも賭場になっている平間邸に足が向いた。顔馴染みの中間ちゅうげんの十郎が、また来たのか、という顔をして、わざわざ表に出てきた。弥吉も文句があるのか、という顔をして入ろうとしたが止められた。

「なんでえ」

「お前さん、ずいぶん借りが溜まってたね。そろそろ一度、まとめちゃあよくないかね」

 十郎はいつも妙に愛想がいい。こんな話も微笑を頬に貼り付かせながら言う。

「おめえにゃ関係ないだろう」

 荒れた気分のまま、ついこのような言い方をしてしまい、すぐにしまった、と思った。

「ほう、お前さん、誰にものを言ってるのかね」

 案の定十郎はこんなふうに言ってきた。顔は相変わらず笑っているし、話し方も穏やかであった。

「ちっ、遊ばせねえってならけえるぜ」

 今更へこへこ謝るのは格好が悪い、しかし乱暴な中間を怒らせるのも怖いので、こんな強がりを言って逃げようとしたが、かえって十郎を怒らせただけだった。

「お前さんの態度でわたしも腹が決まったよ、今すぐまとめてもらうぜ」

 そう言うと、弥吉の顔をいきなり拳骨で張り倒した。倒れるはずみに軒下に強か頭を打ち付けた弥吉は意気地のないことに泣き出した。その様子に余計に苛立ったのか十郎は寝転がった弥吉の顔を踏みつけた。

「勘弁してくれよう。俺が悪かった」

「よし。金を返しな」

「……」

 弥吉が答えないので、十郎が拳を振り上げると、縮み上がって、

「許してくれ……ください。金はもうびた一文ねえんで」

「どっかから借りて来やがれ」

「それが、心当たりをいくつも回ったんだけど、誰も貸してくれねえんで」

「あ? てめえそもそも金もねえのに、じゃあなにしにきやがった」

「だから博打で増やそうと……」

「なめたこと言ってるんじゃねえよこの野郎」

 完全に頭に血が昇ってさらに足蹴にしようとしたが、ふと何かを思い付いたようで、十郎は弥吉の襟首を持つと、ずるずると引き摺っていき、敷地内の土蔵に入っていった。

 土蔵のなか、壁際に俵がぎっしりと積んであったが、中央は六畳位の場所があいていた。高いところに明かりとりがあるようで、薄暗くはあったがものの判別はつくのだった。

 そこに突き転がされた弥吉は、また十郎に殴られ、足蹴にされた。気が付いてみると、十郎の他に二人いて、そいつらにも殴られていた。袋叩きだ。さんざん殴られたのち、柱に縛りつけられて、水をかけられた。

 いつのまにか外はもう暗いらしく、そいつらの背後に灯りが置いてあり、逆光になっていて顔がよく見えない。

「言うことをきけば、おめえの負けをなしにしてやってもいい、どうだ?」

 十郎の他の二人のうち一人が言った。弥吉はうなずく。

「よし。ただし、裏切りやがったら、ただじゃあ済まねえぜ」

 しかし聞かされた話はとんでもないものだった。

「小さな屋敷に火を付けて逃げるだけだ。安いもんだろう」

 火付けは火炙り刑だ。とんでもないと首を横に振ると、

「そうかい。でも聞いちまったからにはもうただ帰さねえぜ。おめえは確実にこれだ」

 と、自分の首を手刀でトントンと叩いた。

「だが、火を付けても、捕まらなけりゃあ命は助かる。好きなほうを選びな」

 すぐに返事ができずに黙っていると、残った一人が匕首あいくちを抜き出した。物も言わずに近づいて来る。

 弥吉は夢中で首を上下に振っていた。


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