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色吉捕物帖  作者: 真蛸
うら金貸しとご落胤
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 表をどんどんと叩く音がして、声が聞こえた。

「おい、お兼ばばあ、いや、お兼ばあさん、お兼さん、話があるんだ……ですけど」

 弥吉だ。用件はわかっていた。返済をまた待ってくれというのだ。戸を開けて、

「金を持ってきたんだね」

 と、わざと訊いてやる。

 弥吉が顔をゆがめた。愛想笑いのつもりらしい。

「それがそうじゃあねえ。実は……」

「お断りだ」

 さえぎるようにいった。

「毎度毎度、何度目だいこれで。返すよりも借りてく方が多いってんだからね。女房が病気だからってんで甘い顔見せてやったらこれだ。わかってるのかい。もう利子を合わせて一両を超えちまってるんだ。ちっとは甲斐性ってものを見せたらどうだい」

「もう頼まねえ」

 弥吉は言うと、そのまま行こうとした。

「また博打に手をだそうってんじゃあないだろうね」

「余計なお世話でい」

「やめときなよ。博打をやるやつは最低だよ。あんただって借金がここまでかさむこともなかったろうに」

 弥吉は足を早めて、逃げるように立ち去った。


 しばらくして兼が長屋の部屋から出て行くと、どこからか伺っていたらしい弥吉がやってきて、入り口の戸をはずして中に入っていった。すぐになかから戸を閉める。

「博打さえやらなけりゃあ文句はないんだろうな」

 ぶつぶつ言いながら手早く畳をはがし、板をはずすと、その下から甕を取り出した。

「ほう、ずしっときやがる。溜め込んでやがるな」

 手馴れた風なことを言っているが、声は震えていた。ふたを開けて手を突っ込むと、一朱、二朱の金銀、一分、二分の金銀、たまに一両小判が混ざっている。弥吉の、今度は手が震えだした。しばらく目をつぶって考えている風であったが、しまいに甕に銭を戻し、ふたをして、元の畳の下に戻した。戸を閉めたとき自然につっかいになるように棒を置いて、そっと出て行った。顔は真っ青で、脂汗が浮かんでいた。

 弥吉は急ぎ足で道をいった。

「よう、兄さん」

 うしろから声をかけられて振り返ると、格好は地味だが顔立ちのいい若い男だった。

「今、お兼さんのとっから出てきたね。親戚かなにかかい?」

 見られたという引け目を感じて、つい答えてしまった。

「ああ、まあそんなもんだ」

 歩きながら邪険に言い、振り切ろうとしたが、若い男はついてくる。

「へえ、兄さんのようなのは知らねえけどな」

「そうかい、おれもおめえのことなんざ知らねえぜ」

 さらに足を速める。

「邪険にするなよ。本当は盗みに入ったんだろう。いくら盗ったんだ?」

「なんだとてめえ、妙な因縁をつけやがると……」

 そう言って振り向いたが、そこに若い男はいなかった。その代わり、背後から腕をねじあげられた。

「なにしやがる」

 必死でもがいても、毫も動かない。優男に見えたのに、えらい力だ。手早く懐を探られたと思ったら、

「ふん、本当に盗んじゃいねえみたいだな。やい、あすこで何をやってやがった。吐きやがれ」

 凄い力で喉を締め上げてくる。弥吉は息も絶え絶えに、確かに盗みを働くつもりで入ったが、怖くなってなにも盗らずに出てきたと話した。

 やっと解放されて、弥吉がしゃがみこんでぜえぜえ言っていると、

「これからはつまらねえことを考えるんじゃねえぞ」

 と捨て台詞を残して若い男はいってしまった。

 酷い目にあったと、よろよろと家に帰ると、長屋がなにやら騒がしい。おかみさん連中がバタバタと出入りしている。と、そのうちのひとりが弥吉に気付いて、

「どこほっつき歩いてたんだい、このすっとこどっこいは。お幹ちゃんが大変なんだよ」

 何かを言い返す気も失せて、部屋の戸を開けた。お幹の寝ている枕元に隣のお富さんがいた。身振りで静かにするように伝えながら近づいて来た。


 兼が家に戻ってきたのはもう六つの鐘が鳴るころだった。あれからさらに十軒ばかり回って、そのうち五軒の回収に成功した。家の戸の前に来ると、横から弥吉が跳びだしてきて、地べたに這いつくばった。

「ばあさん、いやお兼さん、頼む、金を貸してくれ」

 ちょっとあっけにとられたが、これまでとは違うただならぬ様子に、さすがの兼も話を聞く気になった。

「お幹がひでえ熱で、薬を飲まなけりゃならねえのに、買わなけりゃいけねえのに、おれには薬がまだあるって、ほんとはねえのに……」

「ちょっと、なに言ってんだかわからないよ。とにかくお入り」

 家に上げて茶を飲ませ、なんとか話を聞き出した。

 つまりお幹は、医者からもらった薬がもうなくなったにも関わらず、まだあると言い、きちんと飲まなかったために病いが悪化してしまった。

「だから、薬を買うために……」

「それでまた貸せってのかい。前の分も今日返すと言っといて、結局返してないじゃないか。ごめんだね」

「だから無理を承知でこう頼んでるんじゃねえか」

「だからお断りだっつってんだろ」

 弥吉は激昂しかけたが、思い直して静かに言った。

「頼むよ、この通りだ」

「なにを言われてもお断りだ。無駄だから他をお回りよ。大体普段は人のこと因業だの業突く張りだの言っておいて、困ったときだけ助けろだ、虫がいいんだよ、自分で思わないのかい」

「お、おめえは、お幹がどうなろうと構わないってのか」

「おや、人のせいにしようってのか。病人の薬代まで博打につぎこんじまったのはどこのどなた様なのかね。ますます呆れたね」

「くそっ、もう頼まねえ」

 弥吉は戸を荒々しく閉めて出ていった。


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