一
「全く、いつになったら帰れるのかねえ」
薄暗い土蔵の中に女の声が響いた。
「あんまり大きな声を出さねえでくれ」
男の声が答える。
「この甲斐性なしどもが。あたしはもう一年もあの肥溜め臭いぼろ屋敷に押し込められてるんだよ。せっかく江戸にいるってのに、遊びにもいかずにさ」
「けっ、なんだかんだで出歩いてるじゃねえか」
本人はぼそりと呟いたつもりかも知れないが、目の前にいれば聞こえるに決まっている。しかし、怒り出すかと思いきや、
「出歩くたって、こうして買い物のついでにここに寄るくらいじゃないか。あたしはもっと、お芝居を観たり、呉服屋で一日つぶしたりしてみたいんだよ」
溜め息混じりにこんなことを言われて、男は怒鳴り散らされるよりかえって嫌な気分になった。
「まあとにかく、もう三日になるんだよ。そうそういつまでもって訳にもいかないんだから、とっととやっちまっておくれ」
「ああ……誰がやるかでいまもめてるんだ。さすがに寝覚めが悪くなるってんで、つい尻込みしちまうんだなあ……」
「そんなことあたしの知ったことじゃないよ。あと三日だけ待ってやるから、やっちまうんだよ」
そう言い残すと、女は土蔵を出ていった。
「ちっ、偉そうによ」
しばらくして、男もぶつぶつ言いながら出ていった。




