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色吉捕物帖  作者: 真蛸
あやつり辻斬り
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 次の朝。

 奥州左馬之介が寝込んでいる枕元で、妻のたかが傘張りの内職をしている。左馬之介の左足を枕にして娘の綾が寝ている。部屋が狭く、場所がないのだ。

「昨夜は出なかったようですね」

 こんな朝から、どこから聞き込んできたのか高が言う。

「そうか」

 それから会話は続かなかった。二人とも黙したまま、高のほうは傘の骨にのりを塗り、紙を貼る作業を続ける。

「すまぬ。苦労をかけるな」

「いえ。それよりも一刻でも早く体を治して辻斬りを討ちにいってください。辻斬り退治にいって返り討ちにあったままなど、武士の名折れです」

「うむ。わかっておる」

 左馬之介は体ごと高のほうからそらそうとした。厳しい言葉に涙がこぼれそうになったからだ。ところが寝床の中で横を向いたとたん、傷の痛みが背中に走った。

「い痛ててて……」

 思わず情けない声が出た。これを高に聞かれていたらまたなにを言われるかわかったものではなかったが、うまいことに股枕をはずされた綾が床に頭をぶつけて泣き出したので、聞かれずにすんだ。

「なにをなさるのですか。おお、よしよし。全くそのように気の利かないことだから、いつまで経ってもうだつもあがらず、辻斬りごときに返り討ちにあったりするのです」

 背中は痛んだが、左馬之介は横向きになったまま元通りになることはできなかった。本当に涙が溢れてきてしまったからだ。

「ごめんなすって」

 表で声がした。高が戸を開けると、若い男が立っていた。

「ああ、またいらしたのですか」

「左馬之介さんは、お目覚めで?」

「まだ寝ております」

「いや、起きておる」

 背中を向けていた左馬之介が声をあげた。高の気が逸れている間に涙を拭くことができた。仰向けに戻り、顔を土間のほうに向けた。

 高が枕元に来て小さな声で、

「小者なんですよ。あなたにまで話を聞かせろと毎日来るのです」

 と言った。左馬之介は若い男を見て、

「かまわぬ。むさ苦しいところですが、お上がりくだされ」

 と言い起きあがろうとした。若い男はあわててそれを制するように、

「いえ、あっしはここで。それにどうか、そのまま横になっていておくんなさい」

「そうか。すまぬな。それではその言葉に甘えるとするか」

 なんとか平静に言うことができたが、またもや溢れそうになる涙をこらえるのがひと苦労だった。仰向けになったとき背中にひどい痛みが走ったし、なにより高がものすごい目でにらんでいたからだ。涙がこぼれないように瞬きをこらえるが、そのおかげで余計に涙が湧きそうになるのには大仰した。

「ただ今お茶をお持ちします」

 高が立ちあがると、若い男はあわてて、

「いやどうかお構いなく。話をうかがったら早々に退散しやすんで」

 と土間にしゃがみこんだ。

「それでは、わたくしは失礼します」

 と言って高は綾を連れて出ていった。

 その間、また立って体をよけていた若い男は、あらためて左馬之介のほうに向き直ると、

「あっしはお上の御用を聞いてる者で、金助町の色吉と申しやす」

 と挨拶した。

「辻斬りに返り討たれる情けない、武士の風上にも置けぬ者の話など聞いてなにかの役に立つかな」

 左馬之介は自嘲した。高が出ていったので気が大きくなったのだ。

「情けないだなんてとんでもない。そもそも辻斬りを退治しようとお出かけになるなんてのが、なかなかできることじゃないんで。なにもやらず口ばかりの奴らは放っておけばいいんでさ」

「うれしいことを言ってくれる。実は傷が癒えたら、いや、立てるようになったらすぐにまた成敗にいこうと考えておる」

 言ってしまってからすぐに後悔した。おだてられて調子に乗ってしまった。

「そいつは頼もしい。期待しておりやす。ところで、野郎と相対したときのことを聞かせてもらいたいんで……」

 色吉があっさり流したのをありがたく思うと同時に不満も感じたが、左馬之介はさっき言ってしまったことを塗り潰すようにあのときのことを語った。

「……突然目のまえからかき消えたと思ったらうしろに立っていたと。ところで、刀をどっちの手に持っていたか覚えておいでで?」

 左馬之介は目を細めて考えたが、すぐに、

「うむ、最初は左手に無造作にさげていたが、後ろに立って斬りつけてきたときには右手に持っていたな。そうか、それがひとつの目眩ましにもなって拙者としたことが不覚を取ってしまったのだな」

「さいですね。無理もねえ。いや、どうもありがとうございました。いい話を聞かしてもらいやした。あっしはこれで」

 色吉はひとつ会釈をすると出ていった。


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