王女の覚悟
どこを走ったのか全然わからないが、突然街灯が少なくなった。多分空港に近いのだろう。よく考えてみれば、これだけ暴走してるのに警察に捕まらなかったのが奇跡だ。
「明丹」
運転席にいるパンサーがそう呼ぶと、巨大な黒い犬は薄汚れた袋をくわえて私の膝に放り投げた。
「嬢ちゃん、そいつの中身を2人に渡してくれ」
使い込まれたファスナーを引き下ろすと、中から金属の塊が出て来た。本物の、銃だ。
「日本は銃器の所持が禁止されているはずじゃあ……」
「余裕ぶっこいてられる状況じゃねぇんだ。どんな手を使ってでも、入れ替わった少年を救出する。ボスの命令だ」
華歳がCOETは日本唯一の地下民間武装組織だと言っていたのは本当だったんだ。こんな当たり前に銃を持っているなんて。スターバー達ですら持っていなかったのに。
「近江にしちゃ英断じゃねぇの」
華歳は銃を手にすると、慣れた仕草でマガジンを引き抜き、弾丸を確認した。羽叉麻も同様の確認をした後、スライドさせて薬室に一発装填し、安全装置をセットする。羽叉麻はCOETの一員だからまだしも、どうして華歳まで銃の扱いに慣れているのか。視線で私の考えに気づいたのか、華歳は面倒そうに「アメリカに個人で射撃場を持っている」と言い捨てた。思えば華歳はネスフェリカ王国より資産があるのだ。射撃場の1つや2つ持っていても全然おかしくない。
「2人はお姫様を守ってくれ。これはボスからの命令だ」
「わかってるよ。華歳もわかってるね? 俺達がレンディーデさんを守らないと、ボスがちゃんと動けないんだからね。COETの邪魔をしたら誰より先に俺がお前の頭を撃ち抜くからね」
「いちいちうるせぇな。わかってる」
華歳は銃の安全装置をセットした。
「この辺で降りてくれ。俺は別方向から行ってかく乱させる」
「わかった。連中とはどこで合流すればいい?」
「さっきの袋ん中に無線が入ってる」
慌てて袋をひっくり返すと「COET」と書かれた小さな機械が出て来たので1つずつ華歳と羽叉麻に渡した。
「それでボスに指示を仰いでくれ」
「こちら羽叉麻。聞こえたら応答願います」
さっそく羽叉麻がスイッチを入れたようだった。
「俺だ。朱己はどこだ?」
華歳もスイッチを入れていた。ふと顔を上げると、遠くに離陸する飛行機のランプがちらちらと光っているのが見えている。かなり滑走路に近い。
ポケットに入れていた克己の折り鶴を上からそっと押さえた。大丈夫。必ず連れて帰る。
「私にナイフを貸して」
「ナイフ? 護身術の訓練でもした事があるの?」
「……うん、まぁ、そんなもの」
嘘だった。おじさまに出会った時に、自分の命を盾にして脅すつもりだった。どんな手を使ってでも、克己との約束を守りたい。菊池を解放してくれなきゃ死んでやると刃物を持って喚けば、おじさまだったらひるむはず。お兄様に出会ってしまったら……刺し違えてでも。
刺し違える。そう思った時に初めて自分の命を惜しいと思った。死にたくないからじゃない。人に迷惑をかけたくないからだ。私が死ねば近江達は仕事が失敗した事になってしまう。色んな相手に対しての色んな信頼を失わせてしまうだろう。優しい克己は私なんかが死んでも泣いてしまうかもしれない。ネスフェリカ王国の血を絶やしてしまう事にもなる。
そして何より、私はおじさまとお兄様の過ちを正さねばならない。こんな私が今更どのツラ下げて過ちを正すのだと言われるかもしれないし、実際その通りなのだけど、私は王女だ。お父様がいない今、正統な王家の血を引いているのはこの世に私とお兄様だけ。そのお兄様が道を踏み外してしまったのなら、あとは私以外の誰に彼らを裁けるというのか。
だから、命が惜しい。私の果たすべき責務のために、とても命が惜しい。
私を見つめた後、羽叉麻は手品みたいにナイフを出した。
「これは最後の手段だよ。君は俺達が守るから」
羽叉麻はきっと私の考えなど見透かしている。それでも貸してくれた。
「ありがとう」
精一杯気持ちを込めてうなずくと、羽叉麻は笑った。
「ちゃんとお礼が言えるようになったんだね。偉い偉い」
馬鹿にした風でもなく、羽叉麻は私の頭をポンポンと叩いた。今までお礼の一つも言えない人間だったという事を見透かされて恥ずかしくて仕方がなくなった時、華歳が低く言葉を発した。
「降りるぞ」
パンサーがグランドチェロキーを停めた。
「この先に倉庫がある。そこに近江もいる」
グランドチェロキーから降りてすぐ、華歳は私の手を引いた。後ろには羽叉麻が銃を構えて付いて来ている。
彼らは菊池のためにここにいる。私を守る事が菊池を守る事になるから。
私を守るためだけではない。
わかっているけど、少し悲しかった。何の利害もなく、絆の力だけで、ここまで助けてくれる人のいない自分が。
いけない。自分の事だけを考えちゃダメだ。そもそも絆を作ろうと努力をした事のない私にはそんな事を思う権利もない。そのせいでお父様とおばあさまは亡くなり、スターバーは片目を失ったのだ。
スターバーは大丈夫だろうか。ちゃんと病院で手当をしてもらっただろうか。他の3人のSP達も怪我はないだろうか。
闇の中に倉庫が見えて来ると、華歳が無線のスイッチを入れた。
「俺だ。すぐ近くに来ている。……わかった」
華歳は私に何も告げずに進行方向を変えた。何も言われない、という行為に少し胸が痛くなった。やはり私は何も教えてもらえないのか。信頼してはもらえないのか。
いや、そうじゃない、そう考えちゃいけない。
例え信頼してもらえなくても、私は信頼しなきゃいけない。信頼しなきゃ、信頼してもらえない。私は今まで誰も信頼していなかったから、誰にも信頼してもらえなかったのだ。一方的に信頼を得ようなんて虫のいい話だ。そしてそんなものは絆とは言わない。
華歳を信じて一切の質問をせず、倉庫を通り過ぎて格納庫が見えた時、鋭い声で誰何があった。
英語なまりの日本語だ。
そう思った時には、私は華歳に押し倒されるようにアスファルトに転がっていた。
「走るぞ!」
そう言う前から華歳が私の手を引っ張って走り出した。転んだ時に擦りむいたひざが痛んだが、そんな事を言って足を止めている場合じゃない。足を止めれば死ぬ。私が死ねばたくさんの人に迷惑をかける。生きている今でもこうしてたくさんの迷惑をかけているのに、死んでまで迷惑をかけるなんて真似はできない。少なくとも近江には迷惑をかけたくない。
近江。もしかして彼も、死ねない義務を背負っているのだろうか。
王族より重い覚悟。その背負っている覚悟を聞いてみたい。近江とちゃんと話がしたい。
息が切れる。頭がガンガンする。走らなきゃいけないのに。お願い、今だけでいいからちゃんと動いて、私の足。そのあとはもう2度と走れなくなっても構わないから。
後ろで羽叉麻が足を止めて銃を構えた。私を逃がすためだ。いやだ。もう私のせいで誰かにいやな思いをさせたくない。させたくないのに。
誰かお願い、助けて。羽叉麻を助けて。
誰かに助けを求める事しかできない、無力という事がこれほど悔しい、それはもう思い知った。もうわかったから。だから助けて。お願い。
銃声が聞こえた。羽叉麻が撃ったんだろうか。撃たれたんだろうか。
助けて、近江。
「華歳!」
夜を切り裂く最初の陽光のように鋭い声。なんて。なんて心強い。
「羽叉麻を助けて! 近江!」
声になったかどうかはわからない。でも私は叫んだ。同時に銃弾がアスファルトをえぐる音がして、誰かの叫び声が聞こえた。
羽叉麻の声じゃない。
足がもつれて転びそうになった私を、誰かが支えてくれた。
「お怪我はございませんか、レンディーデ様!」
日本語じゃなかった。母国語で叫ばれたその声。
「スターバー……!」
「Freeze!」
叫んだ熊谷を始め、そこにいたCOET全員が、私達がたったいま駆けて来た方向に銃を向けていた。
「Drop the gun!」
私達を追いかけていた数人が足を止めたところまでは見えたが、すぐにスターバーが私を庇うようにしながら物陰へ引っ張ったので見えなくなってしまった。
「ご無事で何よりです、レンディーデ様……!」
一瞬言葉が詰まった。スターバーの顔の左半分を覆っている包帯には血がにじんでいる。襟首にも肩にも袖口にも。
「何をしているの……!」
声が震えた。こんな身体になってまで。
「申し訳ございません。すぐに安全な場所へ」
どれほど痛いだろう。なのに私なんかを守ろうと、そんな身体で、こんな処へ。
「そんな事はどうでもいいの! ちゃんとしたところで手当は受けたの? また見えるようになるの? 痛みは? 薬は?」
スターバーが驚いたように私を見た。片目で。
「全部片付いたら、私が絶対その目を治せる医者を見つけるから……!」
血で汚れたスーツ。きっと怪我だって目だけじゃない。
「今まで本当にごめん、スターバー」
その袖をぎゅっと握って、私は顔を上げた。
「王家の不始末は王家の者が終わらせるから」
「……何か、おありだったのですね」
「誰かを泣かすと人でなしになった気持ちになる、という事が身に染みてわかったわ。他の3人は? 無事なの?」
「部下達なら無事です。今はCOETへ協力するために彼らと行動を共にしています」
よかった。ホッとした時に、背後の緊張した雰囲気が消えたのに気づいた。物陰からそっと覗くと、3人ほどの男達が近くの柱にくくり付けられてのびている。
「怪我はねぇな? 王女」
「俺が守ってたんだぜ。かすり傷1つある訳ねぇだろ」
「ひざに擦り傷が見えるのは俺の目の錯覚か?」
「錯覚だ。バーカ」
言われて初めて、さっきひざを擦りむいた事を思い出した。
「大丈夫ですか、レンディーデ王女!」
「あなたに比べたら、こんなの怪我のうちに入らないわよ、スターバー。羽叉麻は? 羽叉麻は無事なの?」
「嬉しいなぁ。王女様が俺の心配をしてくれるの?」
「羽叉麻! よかった……!」
にやりと笑う羽叉麻に、私は安堵のあまり大きく息を吐いた。
「……羽叉麻、てめぇこのわずかな間に、王女を口説きでもしたのか?」
「馬鹿言わないでよ、ボス。チェロキーの中でゲル化寸前にまで振られてたんだからね」
「そのまま溶けて地面にしみ込んじまえ」
「そこには綺麗な花が咲くだろうねぇ」
呆れたように羽叉麻を一瞥し、近江は私に布を差し出した。何の事かわからず、私は近江を見上げた。
「ひざに巻いとけ」
ああ、そういう事か。やってくれようとするスターバーを制して、自分で巻いた。これから先、自分でできる事は自分でやらなきゃ。
「拷問でも受けたか? それとも人格を変貌させる毒でも拾って食ったか?」
「……本当に失礼ね」
立ち上がってから、私は思い切り近江を睨みつけた。
「近江、私はあなたと話がしたい」
「後でな」
近江は滑走路の方向に顔を向けた。
「お互い生きてりゃ時間を作ってやる。……あそこに菊池がいる」
近江の言葉に1番反応したのは、やっぱり華歳だった。
「ネスフェリカのエアフォース……!」
あれは王族の乗るジェット機。親族を殺した汚れた身体で乗られてたまるものか。
「わかっているなら乗り込むぞ、近江!」
「逸るな、華歳。その前に確認しておく事がある」
近江は私を見た。闇にあってなお光を放つ、ダイヤモンドのように強い瞳。それはあれほど辛い過去がある者の瞳とは思えないほど、汚れのない貴石のように思えた。
「兄と叔父を向こうに回せば、血統的に考えて、いま王をやれるのはもうお前しかない。国を背負う覚悟があるか?」
お父様もおばあさまもいない国で、私が王に。
「あるわけないでしょ」
近江が眉をひそめるより先に「でも」と続けた。
「恥ずかしい真似はもうしない。命がけで玉座に座るわ」
「1人でも?」
「1人じゃないわ。少なくとも、信用できる国民が4人はいるもの」
後ろでスターバーが息を呑んだ気配がした。
「好きで王家に生まれて来た訳じゃないけど、生まれて来ちゃったんだから仕方ない。18年も逃げ回ったんだもの。そろそろ覚悟を決めてもいい頃よ。違う?」
近江は口だけで笑った。
「そういうのを、日本では『年貢の納め時』と言うんだ」
「覚えておくわ」
変なの。こんな時に笑えるんだ、私。
「あそこにいるのはキコヒー派だ。菊池はあそこに捕らえられている」
近江が表情を引き締めて全員を視線で薙いだ。
では、菊池はお兄様ではなくおじさまに捕まったのか。お兄様でなくてよかった。もしお兄様に捕まっていたら、きっとすぐに殺されていたに違いない。初見が「菊池は運がいい」と言っていたのは本当だった。本当はCOETが先に菊池を保護できていれば1番よかったのだろうけど、警察や政府が味方ではない以上、それはきっと難しい事だったのだろう。
「そしてここでのびてる3匹が王子派。面倒なのはどっちだと思う? レンディーデ」
近江に初めて名前を呼ばれた。背筋が伸びる。
「お兄様ね。遠くからエアフォースにミサイルでも撃ち込めば片付くもの」
近江はうなずいた。正解だったようだ。
「王子派にも、キコヒーが王女の身柄を確保した事は知れてるはずだ。日本でミサイルと言う手はあまり利口ではない。菊池はもう機内から出ないだろうから狙撃は無理。お前が王子ならどうする? 熊谷」
熊谷は無骨な手でざらりと自分の頭をなでた。
「爆弾で吹っ飛ばしたいところですが、もう機体には近づけねぇでしょう。どれだけの武装をしているかにもよりますが、バズーカかランチャーでもありゃあ、それで燃料タンク付近を狙います」
「同感だ。一緒にいる犬養を含めた3人もそこまでは読んでいるだろう」
「連中、一緒にいると思いますか?」
「犬養だけならわからねぇが、後の2人とも菊池から引き離されるような真似をするとは思えん」
本当に何者なんだ、この人達は。
近江は私と同じ学年のはずだし、日本は軍を持たない事を法律で決めた非武装国だと、おばあさまが言っていた。
なのにどうして、この人達はこんなにも戦略が立てられるんだろう。これが、覚悟をした者達の生き様なのだろうか。
「俺が犬養達の立場にいりゃあ、騒ぎに乗じて抜け出しますぜ」
「俺がキコヒーの立場なら、騒ぎを起こさせて全責任を王子にかぶせる」
「私が王子なら」
今度はスターバーが口をはさんだ。
「飛び立った瞬間に、王女誘拐の首謀者とみなして、全員まとめてエアフォースごと落とします」
近江と熊谷が獣のような笑みを浮かべた。
「いい線だ。おい、華歳」
「空港はねじ伏せた」
近江達とは正反対に、華歳はにこりともせずエアフォースを見つめたままだった。
「今の時間に予定旅客機以外の離陸許可を申請する者は、どんな手を使ってでもはねつける手はずになっている」
「ちなみに救助ヘリも抑えたよ」
「自衛隊及び官庁関係は、俺と甲斐が抑えた」
華歳と羽叉麻と近江は、火花が散るように視線を会わせた。
菊池の言葉を思い出す。
『ここにいる人達は、俺の知る限り世界一頼りになりますから』
「今からチームを2つに分ける。熊谷、お前はチームを半分連れてパンサーと合流。騒ぎが起きるのを待って王子の身柄を確保しろ」
「了解」
「後は俺と共にエアフォースを落とす。犬養達と合流し菊池を救出。その後キコヒーを捕らえる。全員もう1度時計を合わせろ」
私はもう1度ポケットの上から折り鶴を押さえた。必ず菊池を助け出す。泣かないで待ってて、克己。
「スターバーには無理よ」
「わかってる。お前ともども隠れてろ」
「私も?」
「足手まといだ」
いやだ。例え足手まといになろうとも、最後まで見届けたい。
「お願い、連れて行って」
「お前が来るという事は、Mr.スターバーも付いて来る事になるぞ」
スターバーを危険な目に遭わせる訳にはいかない。でも私は、玉座に付く前に自分の手でけじめを付けたい。
「足手まといにはなりません。王女は私が守ります」
スターバーが一歩前に出てはっきりと言った。
「そんな身体で何ができる? 応急処置しかしてねぇんだ。敗血症でも起こされたらたまらん」
「まだ世界が見える。まだ身体は動く。見て動ける間は、王女を守るのが私の使命だ」
近江はため息を吐いた。
「……追加料金、高く付くぜ」
「ありがとう」
スターバーは片目で笑った。こんな顔をしたスターバーを見るのは初めてかもしれない。どうしてスターバーはここまでして私を守ってくれるのだろう。SPだから? ただそれだけの理由だろうか。
「もう無責任だなんて言えないね」
不意に羽叉麻に話しかけられたが、なんの事だかわからずに見つめ返すと、いつもの柔和な笑みがあった。
「自分のものを、ちゃんと守ろうとしてる」
そういえば以前にそんな事を言われた。あの時、私はスターバー達SPを確かにないがしろにしていた。でも今の私はスターバーの心配をしているからだろうか。どうしてこんな簡単な事が以前は出来なかったんだろう。自分を守ってくれる人を心配するのは当然の事なのに。
「本当に変わったね。転校してきた時とは別人みたい」
「……そうだとしたら、みんなのお陰」
「うん、偉い偉い」
羽叉麻はまたポンポンと私の頭を優しく叩いた。やっぱりものすごく恥ずかしい。
「ラーク、聞こえるか?」
近江が無線のマイクに指をかけた。
「そろそろおっぱじめる。上空から威圧しろ。祭りが始まったらカラスは好きなだけ撃ちやがれ」
熊谷は近江と視線を合わせてうなずき、まるで猫のような動きで他の者達と共に闇に姿を消した。
「羽叉麻、華歳をフォローしろ。銃弾の雨に突っ込んで行きかねねぇ。ここで死なれちゃ迷惑だ」
「俺も突っ込んで行くかもしれないよ?」
「2人仲良く血の海で溺死しろ」
吐き捨てるようにそう言って、近江はスターバーに銃を渡した。
「使い方はわかるな?」
「Of course」
スターバーは銃を受け取ると安全装置を外した。
「全員ついて来い」
近江について入った格納庫の中には、見知らぬ大きな車両やたくさんの乗用車が並んでいた。
「トーイングカーだ。速度は馬鹿みてぇに遅いが、ジャンボジェットを牽引する馬力がある。あんな小せぇエアフォースなんざ、地面に縫い止めてみせる」
「誰が運転するの?」
「俺だ。てめぇらにゃ運転できねぇだろう」
「あぁ? 馬鹿にすんじゃねぇぞ。オーストラリアの別荘の庭じゃあ、フェラーリが俺のオモチャだぜ」
「そいつはご立派なオモチャをお持ちで」
近江は華歳に車のキーを放り投げた。
「フェラーリみてぇに無駄なアイドリングの必要がねぇジープを運転させてやる。それで好きなだけエアフォースに突っ込め」
「俺は朱己しか目標にしねぇぞ」
「わかりきった事を恥ずかし気もなく宣言するな。何のためにチームの半分を残したと思っている。俺達はそれ以外を目標にする」
近江の視線を受けて、COETのチームはそれぞれが車両に乗り込んだ。私とスターバーは近江のトーイングカーの後ろに詰め込まれた。
「キャット、秒読み」
「30秒前」
緊張が走った。
いま菊池はどんな気持ちであのエアフォースの中にいるのだろう。どれだけ心細いだろう。
今、行くからね。
「20秒前」
まだみんなエンジンもかけない。
気が付けば、離陸音も着陸音も聞こえない。華歳が止めたのだろうか。
「10秒前。9、8、7」
スターバーの手が私の肩を掴んだ。流れ込んで来る、守ろうとする意思。
大丈夫。絶対に死んでなんかやるもんですか。
「3、2、1!」
一斉にすべての車両にエンジンがかかり、格納庫は爆音で鳴動を起こした。
「Go!」
他の車両が一斉にタイヤをきしませて、格納庫を飛び出した。