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王女の国

 世の中にはどうしようもない事が確かに存在する。

 だが、それが実際に我が身に降りかかる事があろうとは、ほとんどの人間が思っていないだろう。

 彼もそうだった。

 なぜ自分が。よりによってこの自分が、自分として存在するために是が非でも必要なものを欠損していたなど、考えた事もなかった。

 自らの行いのせいでの結果ならまだ納得できた。しかし生まれつきのものであるのなら、いったい何を、誰を恨めばいいのか。

 最初から知っていたのならまだ諦めもついた。だが彼は今の今までそれを知らず、あらゆるものを犠牲にし、耐えて堪えてここまで生きてきてしまった。

 それを、たった1つが欠けているがゆえに全てを諦めなければならなかった。それはどれだけ努力しても決して手に入れる事は叶わないものだ。

 誰もが当然のように持っているものを、なぜ自分だけが持ち得なかったのか。

 人生を賭けて尽力してきたその労力、時間全てが無駄になった。

 彼は運命を呪った。

 行き場のない憎しみはやがてはけ口を求めて暴走を始めたが、不幸な事に彼はその強靭な精神力ゆえに理性がそれを限界まで押しとどめようとしてしまった。

 恨んでどうする、憎んでどうする。どうする事もできないものなのであれば、それを受け入れるしかない。それがどれほど受け入れ難いものであったとしても、そうする以外に選択肢はないのだ。

 彼は必死に耐えようとした。精神の糸が切れるギリギリまで、彼の矜持にかけて現実を受け入れようと最後の忍耐を振り絞った。自身の中で暴れる憎悪という猛獣を飼いならそうと精一杯もがいた。

 その時、彼にとっての悪魔が現れた。

 これ以上努力する必要があるのか。これ以上の我慢をする必要がどうしてあるのか。

 憎めばいい、恨めばいい。君にはその権利がある。

 私には君の気持ちがわかる。そうだとも、恨めしく思って当然だ。君は何も悪くはない。

 憎む相手がわからないのなら私が教えてあげよう。

 君から全てを奪ったのはあいつだ。そうだ、あいつのせいで君は地獄に落とされたのだよ。かわいそうに。君は何てかわいそうな人間なんだ。

 さぁおいで。私が君を救ってあげよう。何も心配はいらない。全ての手はずは私が整えてあげよう。

 君が手にするはずだったものを、一緒にあいつから奪い返そう。

 甘言だという事は彼にもわかっていた。だがその言葉の何と心地よいことか。

 悪魔によって切断された最後の精神の糸が失われた時、彼は限界まで押しとどめていた己の中の憎悪という獣を解き放ってしまった。



 留学生を受け入れて欲しいと、政府から直々に王春学園に依頼があったのは、ひと月ほど前の事だった。

 ネスフェリカ王国のレンディーデ王女がその人物で、王位継承権は現在は2位、今年18歳になる正真正銘のロイヤルブラッドだった。

 祖母が日本人だったので日本に留学する事になった、というところまでは公に知られている事実だが、そこから先の事情は限られたごく一部にしか知られていない。

 現在ネスフェリカ王国では、不可解な事件が続いていた。現国王が原因不明の病で伏せるようになってからというもの、王位継承権第1位の皇太子は行方不明、王妃の弟も夫婦ともども旅先で同じく行方不明、使用人に至っても永く仕えた者達から次々と王宮から姿を消している。

 何者かが暗躍しているのではというのが元老院の考えだった。現在ネスフェリカ王国は軍部も動き出し、国全体がピリピリしていた。

 何がなんでもレンディーデ王女だけは守らねばならない。

 現国王の兄弟は病気で身罷りその子孫も現在は1人もおらず、王も病に臥せっているとなれば次の子供も期待できない。現存する子供は王子と王女の2人きり。王女に何かあれば本当にネスフェリカ王国の直系の血統は途絶えてしまう。

 ネスフェリカ王家は代々男系の家系なので、基本的に女性の王位は認められていない。だが、このまま皇太子が戻らなければ、制度上仮にレンディーデ姫が女王となり、いずれ選ぶ伴侶こそが正当な王となる慣例があった。そうなれば王家の血統は守られる。

 ネスフェリカ王国で女性の結婚が許されるのは20歳。今レンディーデ王女に死なれては王家の血統が滅ぶ。

 そんな争いに心身共に限界まで追いつめられたレンディーデ王女は、祖母である皇太后の勧めに従って一時的に祖国を出る事とした。

 その留学先候補に、日本きっての貴族学校である王春学園に白羽の矢が立った。

 王春学園は、日本中の政財官界の子息女が通うエスカレーター式の有名な学園で、貴族制度が廃止された現在の日本でも『貴族学校』と呼ばれるほど潤沢な寄付金で運営され、入学転入には著名な識者の推薦状が必要であり、校内のセキュリティは政府の重要施設に勝るとも劣らない。学力レベルも高く、将来の日本を担う者達の集う学園として君臨する有名校だ。

 ネスフェリカ王国は、そこならばとレンディーデ王女の留学を決め、王女は祖国を発った。

 転入の準備をひと月かけて入念に行った当日の早朝、王春学園の生徒会役員達が王女出迎えのために校門で待っていると、やがて校門前に仰々しくリムジンが停まった。ご丁寧にガラスはスモークだ。

 お付きの人が出て来て丸めた赤いカーペットを広げ出したら笑えるね、という生徒会長のセリフに、全員が引きつった苦笑を浮かべる。

 だが幸いそんな事はなく、スーツ姿のSPがドアを開けただけだった。

 しかし、リムジンから出て来た王春学園の制服に身を包んだレンディーデ王女を見て、そこにいた全員が絶句した。

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