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茨城政府  作者: 篠塚飛樹
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「やっぱりあれは零戦だったんだ」

 喧噪の中で呟いた篠崎の言葉に気付くものは誰もいない。

 ここにいる面々は、百里基地 石山司令の状況説明が終わると、皆立場を忘れて、思い思いの見解を披露し合っている。どんな状況であれ、ここにいる者たちが決めなければならない。いや、決定するのは知事である自分だが、ブレインとなるべきメンバーがこの状態では、何も進まない。

 篠崎の心に焦りとも苛立ちともとれる不安がこみ上げ、動悸が激しくなるのが分かる。あり得ない。しかし、原因が分からないなら、あり得ないとは言い切れない。もしこの状況がタイムスリップだとしたら、しかもあの時代に迷い込んだのだとしたら、大変なことになる。茨城が、焦土と化してしまうかもしれない。篠崎の脳裏に焼け野原となった東京の景色がモノクロで浮かぶ。

 1分1秒でも無駄にはできない。

「石山司令!」

 あえて声を張り上げた知事に一同が振り返る。

「現在、電話、放送、電力、鉄道など、県外とのインフラが途絶えており、原因も不明です。先ほどのご報告にあった白い壁も、県境付近で確認されています。自衛隊では、県外との連絡はとれていますか?」

 困ったようにゆっくりと立ち上がった石山は、それでも背筋をピンと伸ばした。

「とれておりません。あの白い光以来、全国のレーダーサイトとのデータリンクもダウンしております」

「偵察機を飛ばしていただけませんか」

石山司令が座るよりも先に、素早く立ち上がった知事が間髪入れずに言葉を発した。

「原因も状況も分からない今、災害派遣を依頼することはできませんが、飛ばしていただけませんか、東京へ」

 もしも東京があの時代だったら、そして本当にこの茨城が孤立しているとしたら…居ても立ってもいられない焦りが、知事の重責が篠崎を締め付けた。

「分かりました。すぐに指示します」

失礼します。と携帯電話を手に席を立った石山司令に篠崎は深々と頭を下げた。

 対策本部の重い扉を開けてホールに出た石山は、深く息を吸う。やっと状況が伝わり、そして我々に知事からの要請が出た。きっと、想像していた通りの状況だろう。いや、もっと酷いかもしれない。なにせ、誰も経験したことのない時代なのだから。

「副長、休日なのに呼び出してすまん。F-2を出してくれ、東京を偵察する。繰り上げたスクランブル待機組でいい。すぐに飛ばしてくれ。ん?大丈夫だ…責任は俺がとる。国会議事堂周辺の写真撮影と東京タワー、スカイツリーの所在確認だ。そうだ…いいんだ。あるかないか。を確認するんだ。とにかくすぐに出せ」

 ワンコールで電話に出た副長に指示を終えた石山の目にエレベーターホールから喫煙所に向かう男が目に入った。



「まだ映らないんですか?」

新車の臭いが鼻につくランドクルーザーの助手席で、林秋子は、憂鬱そうな声をあげた。殆どのアナウンサーは、人目を避けるように後部座席に収まるが、秋子は、車酔いしずらい助手席に座ることにしている。だが、吐き気をもよおすこの臭いからは、逃げられない。

「うーん。映りませんね。っていうか、ウチだけじゃなくて、民放も映りません」

先細りなカメラ担当の言葉は、秋子には言い訳にしか聞こえない。

他も映らないからとか、そういう問題じゃない。地方局で、しかもローカルニュース枠しかない水戸支局、その花形女子アナの自分のリポートが全国ネットで放映される。それをリアルタイムで見られないなんて、歴史に残る大事故として、何度も放映されるかもしれないけど、今見たい。テレビが駄目なら声だけでも聞きたい。

「あ、そうだ。ラジオはどうですか?」

車酔いも忘れ、秋子が弾むような声を上げた。

テレビ放送のために改造された中継車は、ゴテゴテと様々な機器が無造作に配線で繋がれ、機会に疎い秋子の目には、なんとも故障しそうで心もとない、それに比べラジオは、この車に標準装備の頼もしい存在だ。なんといってもこの車はランクル200。トヨタ最新の四駆なのだから。

地元コーヒー店や、ホームメーカーのコマーシャルが流れてきたが、NHKはコマーシャルは流さない。これは地元の茨城放送だろう。カメラ担当が後席から身を乗り出してチャンネル操作を続けているが、不鮮明な放送でスキャンが止まり、スキップするとまた不鮮明な放送で止まり、何度か繰り返すと茨城放送に戻ることの繰り返し、だった。

「ん?なんだこりゃ?茨城放送は、水戸も土浦も鮮明に入るんですが」

AMの茨城放送が、県内全域をカバーするため、水戸と土浦に送信設備を持ち、それぞれ周波数が違うのは、ラジオを聴きながら受験勉強をしていた秋子も知っている。それだけじゃない。AMにはNHKの他に文化放送や日本放送、沢山の放送局があったはずだ。

他の局はどうしたんだろう?秋子が素朴な疑問を口にしようとした矢先に、ひと際大きな音でスキャンが止まった。雑音交じりの勇ましい行進曲、どこかで聞いたことがあるような。

「軍艦マーチだ」

誰となく呟く、そうだ、模型好きの父がこの曲を聴きながら船のプラモデルを作っていた。有毒な接着剤の臭いを充満させないように部屋の窓を全開にしていた父。母から「そんな曲みっともないからやめてよ」とよく怒られていたあの曲。なんで母は怒っていたのだろうか。

『大本営発表、…営発表、』

「えっ!?」

異口同音に戸惑いを吹き出す。

『沖縄本島に上陸…敵軍に対し、我が…、…、…』

再び雑音が混じると、ラジオは何事もなかったかのようにスキャンを再開した。

「沖縄に上陸って、中国が尖閣飛び越して来たのか?」

「えっ?そもそもダイホンエイって?」

秋子の疑問に、「ああ、そこか」と誰となく相槌を打つと

「そうだ、今、大本営って言ったよな?それに軍艦マーチなんて、今時流さんだろ、あれだよあれ、8月だから、どっかの局で終戦記念の特番やってんだよ」

最年長のディレクターが、納得したように頷いた。

 みんなが納得の声を出し、運転している音声担当が、大本営について、秋子に説明をしている声がし、「誇大報告の隠語にもなったんだ」と、カメラ担当が物知り顔で口を挟む。


事務的な音色の着信音が鳴り、「ちょっと待って」と誰に言うでもなくディレクターが電話に出る。

「はい、今現場を出て50号走ってます。え?もう一回言ってもらっていいですか?そうそう、こっちも全然受信できないんですよ。関係あるか分からないスけど、ラジオなんて茨城放送と、あとどこか終戦特集の番組は受信できたんですけど、茨城放送以外はどこも感度が悪くて。あ、はい。とにかく帰ります」

電話をポケットにしまったディレクターは、首を傾げ、うーん。とうなると

「村上チーフからなんですけど、支局でも本局の放送が見れないし、民放も見れない。いや、それだけじゃなくて、本局と連絡がつかないそうです」

黙って秋子とのやり取りを聞いていたクルーも異口同音に驚きの声を上げた

「とにかく、支局に帰ります」

ハンドルを握っている音声担当が告げた。



県外とのインフラは断たれ、自衛隊でさえ連絡が取れないという。知事として県外、とりわけ東京への偵察を自衛隊に依頼した篠崎は、議論の中断を見計らって配られたコーヒーに口をつけた。ホッと一息つけたことを実感する間もなく、胸ポケットの携帯電話が着信で振動する。「井川則夫」そこには、地元で自動車整備業を営む旧友の名前が表示されていた。

「おっ?ノリちゃんしばらく、元気だったげ?」

昔と変わらぬ自分の喋り方に気付かぬ篠崎。珍しく砕けた知事の口調に、周囲が興味津々に目を向ける。

『元気だっぺよ~、ザキさんはどうよ~。いやいや、休みのとこ悪ぃんだけど、GPSの事って、県庁のどこに聞けばいいんだっぺ?シンクが使えねーがら、電話しちまったよ。ワッハッハ』

シンクは1:1だけでなくグループチャットもできる便利なコミュニケーションツール『Synchro』のことで、地元の友達とのたわいない話題で盛り上がったり、ちょっとした用事に使っていた。それが使えない。って、サーバーの障害か?ちょうど電話に出られたからよかったが、こんな時にGPSって、まあ他でもない井川の頼みだ。

「GPS?調べっけど、何だっぺ?何があったのげ?」

『それがサ、お客さんから、ナビが調子悪りぃって電話がひっきりなしだよ。衛星がキャッチできないとか、アンテナが接続されてません。とかサ。車持っできた人のを見たけど、アンテナはちゃんと繋がってるし、そもそも、ウチの車も全部駄目なんだわ、そしたら、GPS衛星しかねぇべって思ってさ』

「なるほどね~、そりゃ大忙しだっぺな。何か分がったら電話すっから」

 手短に電話を終えた篠崎の頭の中に「衛星がキャッチできない」と言った井川の言葉が何度も響く

「衛星がない。って」

 今や、ほとんどの車が装備しているナビ;カーナビゲーションシステムは、GPS衛星(GPS;Global Positioning System)とも呼ばれるNAVSTAR衛星(Navigations Satellites with Time And Ranging)からの電波で位置を把握しており、4個以上の衛星から電波をキャッチすることで、位置情報の精度をあげることができるといわれている。便利なGPSシステムだが、NAVSTAR衛星はアメリカの軍事衛星であるため、アメリカのさじ加減次第という危うさがあるのも事実であり、過去には、精度を落として提供されていたこともあった。そのナビが使えない。

人工衛星の電波をキャッチ出来ないんじゃなくて、人工衛星そのものが存在しないとしたら…

「そういえば」

篠崎は自分の車にもナビが付いていたことを思いつくと同時に落胆した。友部から戻る車中では、ラジオが気になって、ナビの画面をラジオにしていた。そして、思いついたようにスマートフォンを取り出して地図アプリを開いた。周辺の地図が画面を満たし、ホッとひと息ついた。よかった、地図は使える。もしかしたら、指を画面に滑らせ、東京都まで移動し、画面を拡大する。が、張り巡らされている筈の道路が表示されない。まさか、鼓動が早まるのを感じながら、祈るようにコンパス状のアイコン-現在地-をタップした。地図の中央が茨城県庁に戻ることを祈りながら。

-位置情報が入手できません-

画面表示に指先が震えた。



「なんで、携帯ショップが混んでるんですかね?」

支局まで、あと15分ほど、二車線の国道の左車線を埋める車列の先を見た秋子が運転している音声担当に声を掛けた。

「あれじゃない?セールとかイベントとか?お盆だし」

あ、なるほど、と返しながら、秋子はスマートフォンを取り出してSNSでイベントを探す。

「あれ?Zが開かないんですけどぉ~。『サーバーエラー』ってなに?」

黒いデザインが特徴的なSNSの『Z』。そのアプリが開かない

「あ、俺もだ」

後席からディレクターが身を乗り出して秋子にスマートフォンの画面を見せる。

「何だこりゃ?俺のもだめだ。っていうか、エアコン止めてくれないか。寒くてかなわん」

カメラ担当の野太い声が後ろから響いてきた。

はいはい、と答えた音声担当が左手でエアコンをオフにして、窓を一斉に開けた。

「確かに窓開けるぐらいが丁度いいな。そういえば、事故現場もそれほど暑くなかったなぁ~。午前中はめっちゃ蒸し暑かったのに」

ディレクターもうなずくと、「もしかして雷でも来るのかな~。こんなに天気いいのに」と、のんきに独り言ちた。



氷が小さくなったコーヒーを飲み干した石山は、バイブレータが鳴ったままのスマートフォンを持って廊下に出た。

「石山だ。ああご苦労…やっぱりそうか…。写真はメールで私の携帯に送ってくれ。えっ?メールが使えない?うわっ、そういうことか…じゃあ、ファックスで送ってくれ。番号は分かるな。よろしく頼む」

サイバー攻撃に対するセキュリティー効率化のため、各機関のメールサーバーが市ヶ谷に集約されていたのだった。

-いよいよ状況が見えてきた…これは大変なことになるぞ-

写真を見れば、誰の目にも一目瞭然だ。もはや議論する必要もない。嵐の前の静けさとばかりにファックスが届くまでの束の間、喫煙室に入った石山は、煙草に火をつけると、深く吸い込んだ。

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