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出発の準備です②

「設定とは、あの白い板に書かれている事ですね?」

 カルナードがホワイトボードを指差し、黒魔女に視線を送った。タルケットが腕組みをして、書かれている内容をつぶさに見る。

「ふーん……色々とある様だな」

「どうして設定とやらを決める必要があるんだ?」

 フレデリクがまるっきり分からない、と言わんばかりに首を傾げる。黒魔女は大真面目な表情で人差し指を立て、説明を始めた。


「何故設定が必要か? それは私達がそのまま異世界に行ってしまうと、かなり面倒な事態になってしまうからよ」

「ほう? どんな事態だと言うんだ?」

「これから行く異世界には、貴方達の様な勇者と言う存在もエルフもハーフリングも、私達の様な魔物も現実にはいないの」

「へー……」

「……まぁ異世界ですし、いないと言うのもおかしくはないでしょうけど……?」

 戸惑いながら顔を見合わせるカルナードとタルケット。


「まだピンと来ていない様ね。例えばある一つの種族しかいない国があって、彼等はそれが世界の全て、現実の全てだと思っていたとするわ。そこに突然他の種族——現実には有り得ないと思っていた存在が入って来たら、彼等はどう思うかしら?」

「そりゃあ大パニックだろうなぁ……ああ、そう言う事?」

「そうよ。向こうには娯楽的創作物の中にファンタジーというジャンルがあり、コスプレ文化と言うものが存在しているからある程度は誤摩化せるけど、本当にはいないわ。そこにしっぽが生えているサキュバスや、耳が尖っているエルフ、そして魔王様が本来の御姿で行ってしまわれると、地元の住民達は大騒ぎになる」

 黒魔女は悲痛な表情で皆を見回した。

「それでは魔王様にごゆるりと温泉を御楽しみ頂く事が出来ないわ!」


「ん? それじゃあ俺やカルナードは何もしなくてもいいんじゃないか?」

 フレデリクがそう閃いて疑問を投げかける。 

「貴方は言動に問題があるからより一層気をつけなきゃ駄目」

「何だとコラァ!」

 抑揚を付けず駄目出しの言葉を一息に告げた黒魔女に、フレデリクが気色ばむ。


「まぁまぁ! 確かに必要ですね! 私もあちらでボロを出してしまうかもしれません! フレデリク、共に設定をものにして挑みましょう! 新たなスキル習得への挑戦です!」

 カルナードが慌てて間に割って入り、フレデリクの気を逸らす。

「……ぬぬ……習得への挑戦、か。確かに面白そうではある」 

「そうね。わたしも挑んでみたいわ……何より異世界に行ってみたい」

 サフィアは青紫色の瞳を好奇心と探究心で輝かせ、フレデリクを見つめる。

「こことは全く違う性質、全く違う文明を築いた世界を見てみたいの。フレデリク、一緒に行きましょうよ!」

「サフィア……君がそう言うなら」

「お前らさっきからラブラブモード入ってるけど何なの!?」

 タルケットが思わずツッコミを入れる。このままでは収集がつかなくなると悟ったカルナードが、黒魔女に「早く先へ進んで下さいっ」と必死の表情で目配せをした。 


「はい注目!!」

 カルナードの意思を汲み取った黒魔女は、両手を音高く打ち合わせ、勇者三人を黙らせた。音を聞いた三人は反射的に背筋を伸ばし、直立不動の姿勢を取った。勇者達の視線が自分に集まったのを見計らい、指し棒でホワイトボードを叩き、声を張り上げる。

「まずは大まかな設定を説明します。私達は全員、異世界のヨーロッパ等にある各国の出身者とし、そんなメンバーで結成された、小さな無名の劇団に所属しているニッポンのRPGゲームが好きな集まり、という事にします。何か御質問はありますか?」


「儂から……」

 魔王が手を上げた。

「何なりと、魔王様」

「劇団に所属していると言う設定の必要性を知りたい」

「はい。これは魔王様と皆さんの言葉遣いを鑑みての事に御座います。現代ニッポンでは少々、芝居がかった言い回しに聞こえてしまいます故、『御芝居の台詞まわしが癖になっちゃって』とすれば、あまり不審には思われないだろう、と考えました」

「成る程」


「はいっおいらもっ!」

 タルケットが良い姿勢のままスッと綺麗に手を上げた。

「あーるぴーじーゲームが好きっていうのも、ひょっとして関係あるのかい?」

「流石察しが良いわね。そうよ、皆さんの職業柄、とても都合が良いの。RPGゲームには勇者、魔導士、僧侶、盗賊、魔王様、魔物が全て出て来るの。うっかり普段の会話を聞かれてしまっても、ゲーム好きだから、の一言で済ませられるでしょう」

「ほー、そんなのがあるんだなぁ……それ、見る事は出来ないのかい?」 

「和室にゲーム機とメジャータイトルソフトを何本か用意してあるから、それで予習が出来るわよ。好きなゲームのタイトルを聞かれたらそれを言ってね」

「おっそりゃあ用意がいいねえ」

「うむ。黒魔女は優秀である」

「恐れ入りますっ……あ、それと魔王様、皆さん。私とサキュバスは名前を少し変えております」

 そう言うと、黒魔女はサキュバスと二人並んで軽く頭を下げた。


「私、黒魔女はクロエと御呼び下さい。サキュバスはサキ。二人とも普段の呼び名では、あちらの世界でドン引きされる対象になってしまいますので」

「そうなの? え、わたし達は大丈夫なの?!」

 サフィアが急に心配そうな顔でサキュバスを見上げる。

「サフィアちゃん達は普通に通じる名前だから、全然大丈夫だよおー」

 サキュバスはふわっとした笑顔でそう答えると、続けて言った。

「でもぉ、一応ファミリーネームが必要だから、それだけはちゃんと覚えてねっ」

 「ねっ」の所でウインクしたサキュバスをチラ見してから、勇者達が顔を合わせる。魔王は一人首を縦に振り、自分の名前を思い浮かべ、かつて安西さんと交わした会話を思い出して感慨に耽った。


『魔王バラサーク様。字に書いてみると、なかなかの貫禄ですね』

「う、うむ。よく、ゲームの悪役じゃないんだから!と、言われはします」

『あー、それは……今までさぞや御苦労がおありだったのでは』

「いや、そんなには。話のネタになって寧ろ嬉しく思う」

『そうでしたか! 良かった。安心しました』

 電話の向こうで安西さんがほっとしたのが伝わって来る。

「うむ、気にしなくて大丈夫じ……です。字面(じづら)はやや珍しいが、テレビで活躍されておるタレントやアナウンサーの方々と、組み合わせ自体は同じなのだから特に問題はないであろう、と」

『漢字の名字と横文字の名前の組み合わせ、最近は普通ですものね! バラサーク様みたいに、元々海外の方が単身で日本に帰化されて名字を付けられる、と言うのはあまり身近にないんですけど、御結婚されてってのは良く聞きますよ』

「うむ。めでたい事が頻繁にあるのは良い事である」

 

 通販での購入を円滑にする為、魔王は苦し紛れにも設定を必死で考え、使いこなした。即ち日本が好き過ぎて帰化し、漢字の名字を、ファミリーネームを当て字にして付けたら『魔王』になった、周囲からは『名字が魔王ってラスボスかいっ(笑)』と愛のあるツッコミが入る、等々。

 全てがありもしないフィクションで、安西さんに嘘をついているのは申し訳ないとも思う。しかし『実は角が生えてるガチの魔王です』と正直に言っても、相手が困るだけなのは目に見えている。だから本当の事は知らないままでいて貰おう、と心に決めた。

 思えば初めて通販を利用する時に、予めニッポンについて下調べをしておき、最初から現地人のフリをして『山田』や『田中』や『佐藤』(なにがし)と名乗れば面倒も少なかったのだろうが、不思議とこれで上手く行ったので十分満足しているのだ。今更変える気も無い。


 思い出に浸っていた魔王の耳に、両手を打ち合わせる小気味良い音が再び響く。

「では各自、設定を良く読んでなりきるよう、お願いします!!」

 黒魔女、もといクロエが勇者達を見回し、声を張り上げた。

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