温泉に行きましょう!
「おおおおおおおおお!」
バラサークは歓喜した。歓喜の雄叫びは玉座の間に響き渡り、ついでに隣にある溶岩の海エリアにまで届いた。
獄炎竜やサラマンダー達は顔を見合わせ、一体何事か?と首を捻る。
「やった! やったぞぉぉぉ!」
歓喜の声は続いていた。片方の角を自ら折って差し出す事で、地上の国との和平を結び、迷宮を守った偉大なる魔王が珍しくはしゃいでいる。普段は寡黙でどっしりと落ち着いているあの魔王が。
「炎蜥蜴よ、魔王様は一体どうなされたのか?」
「不明」
獄炎竜とサラマンダー達がひそひそと囁き合っている所にウィル・オ・ウィスプがやって来た。溶岩の上を弾む様に飛行しながら甲高い声で喚き立てる。
「マオウサマ オンセン アタッタ! マオウサマ オンセン アタッタ!」
「おんせん? あたった? ……分かるか炎蜥蜴よ?」
「意味不明」
ウィル・オ・ウィスプは彼等が理解していない事も構わずに、騒ぐだけ騒ぐとそのままスッと溶岩エリアから姿を消した。
光る球体は迷宮の各エリアに次々に現れては全く同じ事を喚き立てて騒いだ。
上の階層にいるラミアやトロール、ゴブリン達は
「まぁっおめでたいわ!」
「ゴフー(いいねぇ)」
「良かったっスね!」
等と好意的にコメントを返した。
中階層に棲むゴースト、ゾンビ、グール等は
「ううぅぅぅ……羨ましいぃぃ……」
「ウヴォァァァァ」
「ワッシにゃかんけーござんせん!」
とそれぞれの意見を交わす。
下階層エリアにいたヴァンパイヤ、リッチ、グレイトデーモンは
「伝令御苦労、下がって良いぞ」
「魔王様ハ大層御喜ビノ御様子ダ」
「魔王様の喜びは我らの喜びである!」
と満更でもない。
各階から集まったスライム各種
「フルルッフルッ(あなめでたや、めでたや)」
「ポヨーンプルン(なむぢは如何にや?)」
「ポヨヨントローンフルルル(魔王様に嬉しき事あり。温泉に当たりけり、いと喜びておはしき)」
「プルッポヨンポヨン(そは善哉、善哉)」
「ポヨンポヨン(善哉、善哉)」
この事に全スライム達が共鳴し、そこいら中がポヨンポヨンと揺れ弾む半透明ゲルの絨毯と化した。
そんなこんなで、迷宮の魔物達が魔王の吉事をふわっと理解し喜んでいる最中、勇者四人は地上で己の技磨きに取り組んでいた。
「よし、始めるぞ!」
迷宮の丁度真上の広大な土地。その一部である平原地帯で剣を手にしたフレデリクが立ち、その奥にある毒沼地帯に向けて構えを取る。毒沼の水面スレスレの所にはサフィアが魔法で浮遊して立っていた。彼女は毒沼地帯の横にある、食人植物が蠢く茂みに佇むカルナードを向き、カルナードは平原に一本だけ生えた大木の上にいるタルケットを見つめていた。タルケットは木の上から、流星の雨と名付けられたボウガンをフレデリクに向けている。
サフィアとカルナードが詠唱を始めた。最も、二人の詠唱時間は極めて短いものであった。
フレデリクは剣を構えて力を溜め、気合いとともに斬撃を放った。斬撃がサフィアに襲いかかる。サフィアは自分の攻撃呪文をカルナードに向けて発動後、瞬時に守りの繭と言う球形のバリアを発生させてフレデリクの攻撃を防いだ。カルナードはサフィアから放たれた雷撃を光の盾で受け止め、それと同時にタルケットへ断罪の矢と言う攻撃型法術を発動させた。タルケットは飛んで来た光の矢を宙返りで躱し、そのついでにボウガンの連射をフレデリクに浴びせた。フレデリクは高速の雨の如く降り注ぐ小さな矢の群れを、全て己の剣捌きで弾き飛ばした。
四人の攻防はほぼ同時に始まり同時に幕を閉じた。毒沼の水面上を漂っていた毒霧は斬撃の勢いで一瞬で消滅し、食人植物は雷撃により焦げた塊となり、大木には向こう側を覗ける穴が空いた。そしてフレデリクの足元には、小さなボウガンの矢が皆綺麗な状態で地面に刺さっている。飛んで来る矢を剣で弾く時に、後でタルケットが集め易い様に計らってやったようだ。
「うむむ。防がれたか。まだ速さが足りん」
「そうでもないわ。こっちは結構ギリギリで危なかった」
剣を収めたフレデリクが悔しそうに呟くと、毒沼から移動して来たサフィアが真面目な顔で首を振った。
「溜めの時間も滅茶苦茶短くなってるしな」
木から飛び降りたタルケットもフレデリクに近寄りながらそう言った。
「もう昼も近いですし、少し休みましょうか」
天を仰いだカルナードの言葉に三人が無言で頷く。女帝に言った以上は頑張ってる振りでもせねばと、形ばかりの修行を始めたつもりが、皆いつの間にか時を忘れて熱中していたのだ。
四人がその場に腰を降ろし、無限に水の湧き出る魔法の水筒で喉を潤していたその時、毒沼の更に奥にある、迷いの森方面から魔王が走って来た。
「おや」
「おっバラちゃん」
顔を真っ赤にし、腕をブンブン振りながら爆走して来る魔王に向かって、四人は手を振ったり手招きしたり。魔王はやがて勇者達の前まで来ると、足で地面にブレーキをかけ、ザザーッという音をたてて立ち止まった。
「そんなに慌ててどうしたの?」
サフィアが笑顔でそう聞くと、魔王はハフッハフッと浮っついた様子で笑みを浮かべ、ギョロ目で四人をガン見しながらパタパタとよく分からない身振りをした。
「何だ! よく分からんから兎に角落ち着け!」
フレデリクが眉間に皺を寄せて叱り気味に言うと、魔王は素直に頷いて深呼吸を繰り返し、懐から紙を取り出して見せた。
『温泉一泊御招待券』
手の平程の大きさの紙にはそう書かれている。温泉は分かる。山でよく見るから。だが一泊とは一体何処に泊まるのか?
四人は顔を見合わせた。
「旅館じゃ」
魔王は相変わらず興奮しながら、四人の疑問に直ぐさま答えた。
「当たったのじゃ。温泉旅館の招待券が。異世界の温泉じゃっ!」
ええっ!? と勇者達は目を剥いた。
魔王は深紅の目をキラキラと輝かせ、高らかに宣言した。
「行くぞ、お主らっ! 異世界一泊温泉旅行じゃぁっっっ!」
スライムの会話の古語は一応調べて書いたんですが、違ってたり変だったらすみません。
何となくの雰囲気で読んで頂けたら幸いです。