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偉い人が来ちゃいました

 カルナードが女帝に呼び出されているその時分、魔王バラサークは和室で一人の時間を過ごしていた。

 和室を掃除し、ちゃぶ台をツヤツヤに拭き、終われば胡座をかいてのんびりと茶を啜る。皆とワイワイ騒ぐのも楽しいが、一人で静かに過ごすのも大好きで、誰もいない時には結構だらしなく寛いだりもする。


「うむ。茶が旨い」

 独り言を呟くと、さっき拭き上げたばかりのちゃぶ台をそっと撫でる。最近表面の色に深みが出て来て、ますます愛着が涌いて来た。

 ちゃぶ台を買った通販会社の安西さんも、手入れをしながら使い続けると独特の味が出て来て、世界に一つしか無い一品になると言っていた。その言葉を思い出し頬を緩める。世界で唯一の儂のちゃぶ台。


「幸せじゃ……」

 ほかほかした気分でいると、何だか無償に眠くなってきた。

「うむ……ちと昼寝でもしようかの」

 和室の真ん中に移動して座布団を二つ折りにし、それを枕にして畳の上に寝転がる。畳は今日も清々しい良い香りがして、魔王は大きく息を吸い込みながら、目を閉じた。


「魔王様っ!」

 もうちょっとで「あ、夢見れそう」って時にいきなり小鬼が駆け込んで来た。真っ青な顔で大慌てに慌てている。

「どうした」

 魔王は欠伸を噛み殺し、のっそりと起き上がる。起きたと同時に、開いた襖の前にいつの間にか立っていた人物と目が合った。


「カルナード殿?」

 カルナードは酷く困った様な、それでいて申し訳無さそうな表情を浮べ、胸の前で合わせた両手を若干もじもじさせながら頭を下げた。つられて頭を下げながら、魔王はその様子に何かを感じ取り、小声でそっと尋ねる。

「……どうかなされたか?」

「大神官。其処を退け」

 カルナードの背後から低い女性の声が聞こえた。キビキビとした話し方の、張りのある美声だ。命令されたカルナードはバラサークに再度頭を下げる。まるで謝る様に。魔王はただ事ではないと瞬時に悟り、素早く座り直し、背筋をピンと伸ばした。それを見届け、カルナードが脇に退く。

 

 すみません、魔王。退き際、カルナードは口パクで確かにそう言った。

 後から現れたのは、非常に美しく、非常に怖そうな黒髪の女性。戸口の前で腕を組んで魔王を見下ろしている。女性の両側には重武装の騎士が二人。もっとも、戸口が狭いので見切れている。怖くて偉そうで、騎士を従えている女性。魔王はまたピンと来た。ひょっとしてこの人があの……。


「お前が魔王か」

 口から冷気でも出てそうなくらいの冷たい口調で、女性は思いっきり上から物を言う。バラサークはその挑発的な態度を気にもせず、穏やかな声音で問いに応じた。

「如何にも。儂が魔王バラサークである」

「我が名はアディネーラ・グゥイネディア=ラ=ヴェルドーナ」

 戸口で見切れている騎士二人が少し動いた。彼女が名乗るのが意外だった様子だ。

「案ずるな。向こうが素直に名乗った。それに返したまでだ。女帝とて、いや女帝だからこそ礼儀を忘れてはならぬ」


「うむ、やはり。そなたがあの女帝殿」

 バラサークは畳の上でやや足を開いた正座のまま、両太腿に拳を乗せ、背筋を伸ばした上体を少し倒して礼をした。時代劇の武士の真似をしたのである。

「御初にお目にかかるアディネーラ殿。よく参られた、歓迎致そう」

 それを見た女帝は若干目を見張った。バラサークの仕草が割と好もしい部類のものだったからだ。しかしこの程度で気を許していては甘いにも程がある。ここはあえて友好的且つ無防備な態度に出て油断させ、とろ火で炙る様にじっくりと魔王を料理してやらねば。極悪な魔物の分際で人の真似事をした事、心底後悔させてやるわと、怖い女帝はほくそ笑んだ。

「ささ、中へ。履物を脱いで入られよ」

「歓迎痛み入る魔王殿」

 見切れた騎士の心配顔を余所に、女帝は笑顔で和室に足を踏み入れた。


 二人の会話をサポートする為、カルナードも女帝の後ろに控えていたのだが、「口出しは無用の事、分かっておるな?」と釘を刺され、やむなく引き下がる。和室の入り口で左右を見れば、二人の騎士がこれまた不安そうに視線を寄越した。

(……多分……大丈夫ですよ。魔王は優しい方ですし)

 どっちかと言うと女帝より魔王の身が心配と思うのは、酷い事かな? と自問自答しながら、カルナードは魔王と女帝のやり取りを見守った。


 和室に入った女帝は、まず床の畳に驚いた。掃き清められ清潔で、足裏に柔らかな感触がする。これも密かに気に入った。しかしこれで懐柔されるのは愚の骨頂。

「遠路はるばる御越し頂きお疲れであろう。座布団で寛ぎ、コタツで足を温めなされ」

 魔王は座布団という平たいクッションを手で指し示し、コタツに足を入れる様にとすすめた。ここまでは勇者達が使っているワープ門を通っただけなので、大して負担は無いのだが、まぁ持て成しの心を無碍にするのも行儀が悪い。

 女帝は臆する様子も見せず座布団に腰を降ろし、その小さくて丸いテーブルの、足周りを覆っているフカフカしたクロスの中に足を差し入れる。


(ぬく)い……!?)

 女帝の顔が僅かに動く。予想外の事に驚いたのだ。

(何と不思議な……いや、罠か!)

 慌てて女帝はコタツから足を抜く。その様子に魔王が首を傾げた。

「いや、今は必要無い」

 女帝は言い訳をして座布団に横座りになった。少し悔しい。


「してアディネーラ殿。此度は我が住処へ、如何なる御用で参られたのかな?」

 女帝はニヤリと笑い、胸を張った。戯れ言はこのくらいにして本題へ。

「魔王。我はお前に聞きたい事があって来た」

「ほう、それは何であろうか?」

「お前を倒しに四人の勇者が此処へ来た。世界は平和になった。命を落とした者達も蘇り、荒廃していた大陸各地も元の姿を取り戻した」

 うんうん、と頷く魔王に、女帝は急に腹が立って来た。じっくりじわじわとか面倒臭い。やっぱり自分は直球勝負。女帝はスッと立ち上がり、魔王を見下ろしてこう言った。

「この平和はお前のお陰だと民衆が抜かしている。我はその事が不快でな」

 言いざまサッと片手を上げる。

 刹那、見切れていた二人の騎士が和室の入り口を器用にすり抜け、瞬く早さで女帝の傍らに付き従った。重くて分厚い段平の切っ先は、しっかりと魔王に向けられている。

 目を見開いている魔王を見下ろし、余裕綽々、女帝はこう言い放った。

「お前の企みは見抜いている。人を(たぶら)かすのが得意なようだな? 民衆に勇者達まで、みな次々に騙しおって。だがそれもここまでだ」

 御得意の殺人眼力で睨みつけ、片手を更に高々と上げる。

「塵と帰せ、魔王バラサーク」 

 女帝はその手を一気に振り下ろした。

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