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エピローグ 闇と光といつもの暮らし

 ある世界のある時代。

 

 自然豊かで文明の栄えし大陸、アールトーチ。

 魔王が改心した事により、荒廃したかつての面影は消え去った。

 古代より連綿と続く人々の営みと、安息の後に復活を果たした国々の栄華。

 光り輝く命と力に彩られ、大陸の時は限りない未来に向かって進み続ける。

 

 しかしある場所において、自らの足を止める者がいた。

 時間のくびきから忘れ去られた様な薄闇の空間。

 灰色の(もや)に包まれたその場所で、佇む者が一人。

 その者こそ、かつて大陸を地獄へと変えた張本人、魔王バラサークであった。

 

 魔王は紅蓮の着衣に漆黒のマントをなびかせ、その青黒い顔にまとわりつく黒い髪をざわつかせながら、立ちすくみ、天を見上げていた。

 深紅の瞳からは何の感情も読み取れない。

 ひたすらに口を引き結び、天を睨むでもなく、ただ見上げている。


 やがて。

 天から一筋の光が差し、何者かが舞い降りて来た。

 金色のオーラを(まと)い、精悍な体と威厳のある端正な顔つきの、一柱の神。

 偉大なる至高神、グランゼリウスの降臨であった。


 時の止まった空間で、光と闇は対峙した。


 (わず)かなの沈黙の後、先に口を開いたのは闇であった。


「お初にお目にかかる、グランゼリウス殿」

 バラサークは、その恐ろしい風貌にしては意外と温かみのある、渋くて品の良い声と言葉で挨拶をした。

「儂にお話しされたき事がある、とお聞きしたのでここに参ったのだが、間違いなかろうか?」

 グランゼリウスが(いら)えを返した。

「魔王バラサークよ。いかにも、お前を呼び出したのは私だ」

 低く重々しい、荘厳なる神の声が空間に響く。

 グランゼリウスはフワリと舞い降り、バラサークが佇む地の上に降り立った。


 降りた途端に伸びをして、首を何度もコキコキと鳴らし、大きな溜め息をついてこう言った。

「あ~楽だわ地面。やっぱ地面、楽だわ」


 バラサークは、いきなり神がそこらへんの一般人と変わらない感じになったので、かなり驚いた。驚くあまりに言葉が出ず、「えっ?」「んっ?」みたいなリアクションしか取る事が出来ない。

 そんなバラサークの態度をはじめから分かっていた様に、グランゼリウスは何度も頷きながら話を続けた。


「うんうん、吃驚(びっくり)したねそうだよね。ゴリッゴリの厳格で偉大な雰囲気背負ってた奴が出て来てすぐこれじゃ驚くよね。これって所謂(いわゆる)、猫を被ってるって事なのかね? あれさー実際どう言う根拠に基づいて決められた言葉なんだろうねー? まぁ猫って普段の時とお留守番の時とじゃ悪戯のレベルが違うのは確かだけど(笑) 時々油断出来ないとこもあるもんねー。でもさ、猫はそれでも可愛いよね。お膝に乗ってくれるだけで至福を味わえるよね」


「ま、待たれよ神っ! しばし、しばし!」

 バラサークは必死の形相でグランゼリウスの猫話を止め、何とか平常心を取り戻す為の時間を稼いだ。

 闇の化身の様な魔王がやや俯き加減で汗を(にじ)ませ、胸に手を当てて深呼吸を繰り返している間、グランゼリウスは暇そうに立ち尽くし、しまいには自分の手の指の毛を抜こうとし始めた。

「……ここのっこれがなかなか抜けないっ」


「……お待たせして済まなかった、神よ。さあ、御用件をお聞き致そう」

 落ち着きを取り戻したバラサークは、なるべく神の言動を意識しない様にして、小指の毛に(こだわ)っている神に向き直った。

「あ、そう? あのねー、この世界についての事なんだけどね?」

 グランゼリウスは腕を組み、片足に体重をかけて、バラサークを見る。

「ほらー、アナタ悪の権化さん辞めちゃったでしょ。あとなんだっけ、異世界の通販にハマったりとか? 向こうの温泉入りに行ったりとか? 最終的には高校生と友達になったりとか、色々あり得ない事やっちゃったもんだから、世界の均衡が崩れるぅ~だか何だかの話が出ちゃってね」


「何と!」

 バラサークは胸をドキリとさせ、両手を握りしめた。自分が悪の魔王を辞めた事や異世界ニッポンを行き来した事で、まさかこの世界の均衡が崩れてしまうなんて……!

 そう考えた瞬間、頭の中を沢山の人々の姿が(よぎ)る。バラサークは八の字の眉と怯えた目をして、恐る恐るグランゼリウスに尋ねた。

「……ま、まさか、儂のせいでこの世界が消えてしまうとか、そう言う事であろうか?」


 物凄く分かり易く心配しているバラサークを見て、グランゼリウスは口に手を当て「ぷふっ」と面白そうに吹き出し、遂にはしゃがみ込んで腹を抱えて笑い出した。

「ちょっと! なにこの人ウケる! 魔王のくせに超小心者!!」

「何を仰る!? 世界の危機なのであろう!? 儂はどうすれば、どうすれば良いのかっ!!」

 今にも泣きそうな顔になって魔王は神に詰め寄った。


「あー、もーダメ、魔王可哀想だし白状しまーす!」

 グランゼリウスは笑い過ぎて溢れた涙を拭い、しゃがんだ姿勢のままにっこりとバラサークを見上げて言った。

「大丈夫でーす、何にも影響ありませーん! 魔王にはこのまま面白いおっさんでいて下さーい……って、各所関係者が言ってたよ」


「……お、おお、それは……」

 バラサークは後ろによろめき、全身で脱力して安堵の溜め息をついた。グランゼリウスが立ち上がり、変な踊りを踊りながら「やーい魔王の小心者ーやーいやーい」と愉快そうに(はや)し立てる。

「な、何とでも言うがよい! 儂はただもう、殺伐としたのが嫌なだけじゃ! 小心者でも何でも好きに呼びなされ!」

 バラサークは顔を真っ赤にして言い返すと(きびす)を返し、その場を去るべくスタスタと歩き出した。


 グランゼリウスは「あ、まだ言う事あるんだけど」と魔王を呼び止めるも、憤慨しながらどこか嬉しそうな魔王の後ろ姿をそのまま見送った。

「ま、いいか。言われなくても、だよね」

 神は頼まれていたもう一つの伝言をそっと呟いた。

「……みんなで仲良くおやりなさい……ってさ」


 

 ある世界のある時代。

 今日も魔王の和室の襖が、賑やかな声と共に開けられる。


「こんにちはー!」

「ご機嫌いかがですか?」

「よっバラちゃん」 

「来てやったぞ魔王ー! さぁ俺と勝負しろぉーー!!」

お読み頂きまして、ありがとうございました!


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