異世界転移高校生 中編
「タッタダ・ツヨシ? 変わった名だな」
金髪イケメンが生真面目な顔で首を傾げる。馬鹿にされたと感じてイラっと来たツヨシは、眉間にシワを寄せ、睨みを利かせながら金髪に詰め寄った。
「はっ?! 違うっつーの! タダ! タダツヨシ!」
「す、すまん」
狼狽える金髪をかばう様に、チビがさっと前に出る。枯れ草みたいな色の髪とビー玉みたいな色の目をして、やけに太々しい態度だ。
「まぁまぁ、落ち着けよ少年」
「あ!?」
落ち着けよ少年? 何こいつ。ガキンチョの癖にすんげぇ偉そう! そんなツヨシの気持ちをよそに、チビは朗らかに話を続ける。
「どうにもデリカシーの無い奴でな、怒らせちまって悪かった。こいつはフレデリクでおいらがタルケット、あっちのエルフちゃんがサフィアでそっちの茶髪がカルナードだ。そんでこちらの魔王さんが……」
「バラサークと申す」
怖い顔の魔王が丁寧に頭を下げたもんだから、ツヨシもつられて御辞儀で返す。
「……はぁ、どうも」
最後に黒魔女とサキュバスの自己紹介が済むと、再びタルケットが口を開いた。
「ところでツヨシさんよ、どうやってここにやって来れたんだい?」
「どうやってって、あの部屋の奥から普通に……」
「マンションの所からか?」
「ああ。ドアが消えそうになったんで、つい開けて入っちゃって」
「なるほど、謎が解けた」
魔王バラサークが額にパチンと手を当てて叫ぶ。
「ドアには時限式で不可視化の魔法をかけておいたのじゃ。しかし魔法が発動する瞬間に居合わせてしまったツヨシ殿がドアを開けてしまった。しかし鍵まで開いておるとは予想外じゃった」
「べっ別に無理矢理抉じ開けて入ったとかじゃないからな! ひどい事すんなよ!?」
「馬っ鹿お前、大丈夫だよ、女帝様じゃあるまいし!」
慌てふためき喚くツヨシに、タルケットはケラケラ笑いながら片手を振る。
「ましてや異世界ニッポン人だろ!? 下手な事出来ねぇよ」
「あっこの人、異世界ニッポンの人なのか!」
ワンテンポ間が開いてから、フレデリクがハッとした表情で叫んだ。
「……お前今まで気づかなかったのか……」
「異世界人がこっちに入ってきちゃったのね」
サフィアが切れ長の瞳でツヨシを見つめる。その可憐な姿にツヨシの頰は一瞬で染まり、ついでにフワッと浮いたような気分になった。
参った。カワイイ。すっごくカワイイ。ツヨシはフワッとしたその勢いでサフィアにウインクをしながら、飛びっきりの笑顔を振る舞った。
「おう、そういう事だ! よろしくな!! ……あっ! そーだ忘れてたっ!」
ステータスを開示しよう。きっと物凄い事になっている自分の能力値を見て、
「何だこの異様な数値は!?」
とか、
「す、凄い! 是非仲間に!」
とか、
「早く言いなさいよ! ……もう、ばかっ」
とか言われて、自分の無双物語が始まるに違いない。
ツヨシは足を肩幅に開いて立ち、左手の拳を胸の辺りで軽く握り、右手の掌を天に高々とかざしてあらん限りの声で叫んだ。
「ステータス! オープン!!」
……しーん。
えっ何してるのこの子?とでも言わんばかりに、魔王達はにわかに硬直して口を閉ざしたまま、ツヨシのおかしな行動を凝視する。
「……あれ?」
ツヨシは周りの空気に気付かないまま、何も起こらない事に一人で首を傾げていた。
「っかしいな~もう一度! ステイタスッ!! オーーップンッ!!!」
「……だ、大丈夫なのか?」
「頭打ったかも知れませんね」
もはやオロオロし始めたフレデリクのささやきに、カルナードが冷たい口調ではっきりとコメントを返した。
居た堪れなくなったのか、魔王がそっと目をそらす。二回も空振りしてしまったツヨシは、「わぁぁぁ」と叫びながら頭を抱え、苦悶の表情で天を仰いだ。
「無ぇのかよぉーっそういうの無ぇ世界かよぉぉーーっやる気無くすわっっ!!」
そっちかよ!──その場にいた全員がそうツッコミを入れた。
「なんか能力測る装置とか無いんか!? 俺、きっととんでもない数値になってるはずなんだよ!」
納得がいかないツヨシは、自分のステータスを知る為に、必死な身振りでその必要性を訴えた。
「ここで一生暮らすからには、自分の能力知っておかないとっ!」
「何故ここで暮らすの?」
いちいち見せつけられるオーバーアクションにかなり引きつつも、サフィアが冷静に理由を問うた。ツヨシは腰に手を当て首を振り、ため息混じりに答える。
「だって、異世界に転移しちゃったらもう帰れないだろ?」
「帰れるよぉ?」
「帰れますよ」
「えっ!?」
サキュバスとカルナードが同時に発したその耳を疑う言葉に、ツヨシは口をあんぐり開けて呆然とした。タルケットがニコニコしながらその背中を軽く叩く。
「そうそう。ここいっつも繋がってるから。良かったなぁ」
「えっ」
「うむ。そうじゃ、安心されよ」
「あっ」
「そうだ帰れるぞ! あー良かった。俺まで心配になってしまったではないか」
「うっ……う……ううううう」
ツヨシは唸りながらしゃがみ込み、しばらく俯いていたかと思うと、突然地面に寝転がり、手足をバタバタさせながら喚き始めた。
「ウワァァーン嫌だぁぁぁーせっかく異世界に来れたのに何もしないですぐ帰るのヤダヤダヤダァァァー」
「何と駄々をこね始めたぞ!」
驚いて目を丸くするフレデリク。一方タルケットは訳知り顔でニヤリと笑う。
「ありゃーさては少年、ラノベにありがちな展開、期待しちゃったか?」
「ラノベ?」
「気にすんな。それよりバラちゃん、彼どうするよ?」
魔王は困った顔でツヨシを見ていたが、やがて和室に目を向けると、いつもの穏やかな調子で一言宣った。
「……取り敢えず、茶でも淹れよう」
い草の畳と、檜の柱のいい匂い。目の前には、ちゃぶ台の丸い天板に乗った湯飲みの番茶と、塗りの鉢に盛られたみかん。
「ああもう……」
これじゃない。絶対これじゃない。
何で異世界に来てこんな純和風の部屋で過ごさねばならんのか。ツヨシはコタツに入りながら絶望的な気分に陥った。
「まっ魔王様ー!!」
襖がスパーンと開いて、Tシャツとジーンズを着た狼が現れる。
「狼人間? 何であの格好?」
ツヨシがタルケットに小声で尋ねると、同じく小声で返事が返ってきた。
「マンションの住人係してるからあっちに合わせてる。あとウェアウルフな。懐かしのホラー映画じゃねぇんだから」
やけに詳しいなチビ、と言う心の声を読んだのか、タルケットはねちっこい感じで「ファンタジー好きなら俺の種族も当然分かるよなぁ?」と付け足した。あれ、なんだっけ?とツヨシが目をキョロキョロさせる。そんな外野のやり取りをよそに、ウェアウルフは深刻な表情で片膝をつき、平伏さんばかりに頭を下げた。
「申し訳御座いませんっ!! 私めがマンションの鍵を掛け忘れておりました!!!」
「もうよい。うっかりミスは誰しもがやるものじゃ」
「ううっ……誠に…誠に面目次第も御座いません……!!」
やっぱこのおっさん、魔王なんだ。ツヨシは妙に感心した。でも場所が場所だけに、せっかくのやりとりがコントみたいで変な感じ。もうちょっとファンタジー要素、強目に出して欲しいんだけど……。
「魔王様、ペナルティなどは如何致しましょうか」
黒魔女が厳し目な表情でウェアウルフを見下ろす。
「いや、何もせずとも良い。それより今後の対策を話し合おうではないか。今日みたく、向こうの方が誤って入ってしまわれる場合もある」
「そうだよなぁ……あれ? 普通に入って来たっつって、それじゃお前さん、確か不法侵入になるんじゃねーの?」
「あっそうだった!! ごめんなさい! 都市伝説そのまんまだったんでつい……本当に、すみませんでした!」
詳しすぎだろチビと思いつつ、確かに自分の行いはダメな事なので、ツヨシは素直に魔王に頭を下げた。
「何と、都市伝説とな!?」
魔王は都市伝説というワードに大層ショックを受けたようだ。目をギョロつかせてソワソワしだした。タルケットも腕組みをして顔をしかめる。
「噂が立っちまってるんじゃヤベェな」
「うぬぬぬぬ」
「どうするのだ、バラサーク?」
「うむ……これは一度閉じるか。それとも引越しするしかないのう」
えっ!?という驚きの声とともに、一同の視線が魔王に集まる。
「閉じるか引越しって……おい、だったら少年帰さないとやばくないか?」
「帰りたくないなら居ればいいのではないか?」
フレデリクが真顔で言うと、「アホか! ダメに決まってるだろ!!」とタルケットが叱る。サフィアは脳内で(変化の術で彼になりすまし、立場を交換するのは有りか?)などと言う穏やかじゃない事を考え始め、カルナードは静観する体で茶をすする。
「……あの……いいっすか」
おずおずと手を挙げたツヨシが、意を決したように口を開いた。
「俺、やっぱ帰ります。この事もこの場所も誰にも言いません。ただし条件付きで」
「条件?」
魔王の疑問符にツヨシが真っ直ぐな目を向ける。
「せっかく来たんで、ここの思い出、作らせて下さい!」




