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激戦、再び。

「ふんぬっ!!」

「トゥッ!!」

 ラケットから鳴る空気の切り裂き音が、卓球の球のワンバウンドを挟み、一定のリズムで繰り返されている。


「えーっと……」

 フレデリクとタルケット、そして魔王の三人に遅れをとって遊技場に入って来たカルナードは、目の前の有様を見て硬直した。

「状況を説明して貰えますか、タルケット」

「ああ……うん……」

 凄まじい早さと威力で飛び交う球を目で追いながら、タルケットは口を半開きにしたまま頷く。


 ほんの少し前に遊技場に入り、ここで卓球をしてみる事になり、二人に極々軽い気持ちで賭け試合を勧めたのだが、フレデリクの「女帝の肖像画しか賭ける物が無い」と言う言葉に突如魔王が豹変し、魔王自ら試合を申し出て今に至る、との事。


「えっっっ」

「な!? そうなるだろ!?」

 瞬時にその意味を悟り、再度固まったカルナードを、タルケットがカッと見開いた目で仰ぐ。 

 普段から賭け試合等にはあまり乗らない魔王が、女帝の肖像画と聞いた途端にそうなる、と言う事は、肖像画が凄く欲しいと言う事で、それはつまり……。 


(ま、まさか……好きなんですか?……魔王……)

 よりにもよってあの御方を……?

「……まぁ本当にそうだとしたら、しょうがないかもな……何たって女帝様はバラちゃんのちゃぶ友(・・・・)だし」

「え、ええ……そう言われればそうですが」

 確かに趣味は合うだろうし、お互い大人だし、何より魔王程の大物であれば、女帝は釣り合うと思う。

(……で、でもなぁ……)

 本当だったとしても、女帝はまあまあ厄介な御方なのでお勧め出来ない。魔王の恋路は応援したいのだけれど……。 


 兎にも角にもそんな経緯で、魔王とフレデリクは卓球勝負をする事となった様だ。タルケットによると、魔王は親切にも、卓球についてフレデリクに一から説明をしてあげたらしい。

「サーブは自分と相手のコートに一回ずつバウンドさせるのじゃ。それからは相手のコートにのみワンバウンドさせる形でラリーを行う。ワンバウンドする前に打ち返しては駄目じゃぞ。そうしたら相手の得点になってしまう」等々。


 それからラケットの持ち方を教え、短いが練習時間も設けた。

 フレデリクは、初めだけぎこちなくラケットを振っていたが、いつもの様に瞬く間に上達し、鋭いレシーブを打つまでになった。 

 タルケットはそんな二人を見ながら(おいらだったら、自分に有利な教え方して勝っちまうけどなぁ……)と狡い事を考えていた。

 魔王は習得能力の高いフレデリクに対し、何事もフェアにやろうとする。タルケットはそんな魔王を見る度、もやもやしてしまうのだ。

(……まぁ、そこがバラちゃんの善い所なんだけどね) 


「っしゃああああ!!」

「何ィっ!?」

 カルナードとタルケットがそれぞれ考え事をしている間に、フレデリクが得点した。

「ぐぬぅぅぅっ」

「フッ! どうしたバラサーク!! さっきまでの勢いは何処へ行った!! そんな事では『あれ』を手に入れる事は出来んぞ!!」

「ぬぅっまだじゃ! まだ勝負はついておらぬ!!」

 ギリギリ、と歯軋りをして魔王はラケットを構えなおす。対するフレデリクは勝ち誇った様な笑みで、自分で考えた勇者の立ちポーズなんかを見せて挑発する。


「キャー♡」 

「かっこいい♡」

 いつの間にか遊技場に数人のギャラリーが現れ、黄色い歓声を上げた。自分達に気取られずにどうやってっ!?とカルナードやタルケットが驚き飛び退る。ギャラリーはどれも若い女性で、目をキラキラさせながらフレデリクに熱い視線を向けている。

「すみません、あの金髪の人、お名前何て言うんですか?」

 女性の一人がカルナードに尋ねてきた。フレデリクです、と答えると、女性は最早カルナードに見向きもせずに甲高い声を上げ、どや顔でポージングしているフレデリクに手を振った。

「キャアアア!! フレデリクさん頑張ってぇぇぇ♡」

「フレデリクー♡」

「こっち向いてー♡」

 声援を聞いたフレデリクが顔を向けて手を振る。途端に女性達は「こっち見たー♡」とはしゃぎ出した。


 ああ、そうだった……。カルナードとタルケットは同時に思った。フレデリクはその容姿から、かなりモテるのだ。本人は割と生真面目な上に鈍感なので、いくら女性に仄めかされたり、はっきり言い寄られても、大体は天然な態度で(かわ)してしまい事無きを得る。そもそもサフィアと言う恋人がいるし、魔王討伐で頭が一杯だったので、誘惑が入り込む余地など微塵も無かっただろう。

 だがモテる。引き締まった筋肉質で逆三角形で、足が長くて背が高い。顔も整っているし、目付きは鋭いがこれも『肉食系』に見えてドキドキするだろうし、肩までの金髪はサラサラだし。もともとの素質からか、王者の風格と言うのが備わっていて、頼りがいがありそうだし。


 そういえば移動途中の列車内でも、フレデリクを見ては「キャー」とはしゃぐ娘達がいたな、とタルケットは思い出した。彼女達の座席とは少し距離があり、他の者達は気が付かなかった様だが、どんな小さな音も捉える耳と、相手の感情や動向を細かく察知する目はしっかりとそれらを認識していた。あの娘達は確かに、フレデリクをこっそり覗き見ては「かっこいい♡」としきりに囁き合っていたのだ。

 と、言う訳で悔しいが、剣士フレデリクは異世界でもモッテモテである。 

(これであいつが女ったらしだったら、とんでもない事になってたな……) 

 タルケットはそう思って、一瞬ゾッとした。

 

「見ろ、あの人達を。そして聞け、この声援を。勇者とはこう言うものなのだ!」

 フレデリクが魔王に対峙しながらしたり顔で言う。外野から見ると、ギャラリーの声援はアイドルに向けられた物と同じなのだが、フレデリクにはまるで魔王と戦う勇者への応援に聞こえた様だ。

「ぬぅっ……負けぬ!! 儂は負けぬぞフレデリク!!」


 何となく孤立無援の様な気持ちに陥り、ちょっとだけ涙目になった魔王は下唇を噛んで耐え忍んだ。その様子にカルナードがはっと気付き、慌てて声を張り上げる。

「ば、バラサークっ頑張って! 私は貴方を応援します!!」

「おお……カルナード殿っ」

「バラちゃん、僕もだよ!! フレデリク兄ちゃんをやっつけちゃえ!!」

 タルケットがちびっ子モードで加勢した。

「タルケット殿……!! かたじけない!!」

 二人の励ましに、魔王の顔がパァァァッと輝いた。

「これで元気百倍じゃ!! 勝ってみせるぞ!!」

「フハハハ、果たしてそう上手く行くかなァ〜?」

 フレデリクは低い声で邪悪っぽい台詞を吐き、凄みのあるニヤケ面で歯を剥き出した。こうなると最早どっちが元悪役だったか分からない。


「行くぞバラサーク!! トゥッ!!」

 フレデリクがサーブを打つ。コン、コン、と球がリズム良くツーバウンドしてやって来た。

「ふんぬっっ!!」

 魔王がレシーブを打つ。ひゅんっとラケットが鳴る。絶妙な力加減で打ち返された球は、勢いを付けて相手のコートに飛んで行き、カッ、と短い音を立ててバウンドした。


「ハッ!!」 

 フレデリクがすかさず返球。その姿がいちいち格好良く決まっており、にわか応援団から悲鳴の様な歓声が上がる。

「それぃっ!!」

 魔王が食らい付き更に返球する。しかし慌て過ぎて体勢が崩れてしまい、球がやや勢いを失った状態で飛び、相手のコートに跳ねてから高く上がった。チャンスボールだ。フレデリクの目が光った。

「喰らえっ!!」

 渾身のスマッシュが放たれ、魔王は猛スピードでバウンドした球を取り逃がし、あえなく失点した。その後しばらく試合を続けても、魔王は得点出来ず、取り返せない程の点数差が開いたまま試合終了となった。


「ぐああっ」

 完膚無きまでに負けた魔王は呻き声を上げ、遊技場の床に崩れ落ちた。そのまま男泣きの表情で小さく呟く。

「うううっ……アディ殿……」  

(え、ちょっと待って? 今、アディって言った? その呼び方って……)

 魔王の小声に気付いてしまったカルナードが青くなる。女帝アディネーラの事をアディって、何か愛称っぽく聞こえるんですけど……? まさかそう呼べって本人に言われてる!?

「これで確定だねぇ」

 この呟きも余裕で聞こえたタルケットが、顎に手を当て頷いた。

 取り敢えず魔王は女帝が好き。その事は確か、と言う事だ。

「正義は勝つ!! ハハハハハ!!」

 そんなこんなで、一人蚊帳の外のフレデリクは高笑いを響かせ、タルケットは達観したオヤジの様な表情を浮かべ、カルナードは軽い立ち眩みを覚えるのであった。

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