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温泉から上がりました。

 温泉から上がった魔王達は、浴衣に着替えると待ち合わせ場所の休憩所へ向かった。まだ女性陣は来ておらず、他の宿泊客の姿も(まば)らである。

 休憩所は座り心地の良さそうなソファーや、様々な飲料水の自販機が幾つも設置されていた。待っている間に何か飲もう、と言う事で、魔王達は飲み物の物色をし始めた。


「おお! これじゃ! 儂はこれにする!」

 魔王がくわっ、と目を見開いて選んだ物は、瓶入りの牛乳だった。やたらと興奮した様子で他の三人にも是非これにせよ、と迫り、結局魔王の余りの熱意に負けて、全員が瓶入り牛乳を買う事となった。

 牛乳、と一言に言っても種類があるようで、フレデリクは『コーヒー牛乳』、タルケットは『フルーツ牛乳』、カルナードは魔王と同じ普通の牛乳をそれぞれ選んだ。


「よいか、これを飲む時はこうするのじゃ!」

 瓶の上部を覆う透明なフィルムと、つまみの付いた紙の蓋を取り外して準備を整えた魔王は、瓶を片手で高らかに持ち上げ、もう片方の手は腰に当て、背筋をピンと伸ばした姿勢でゆっくりと天上を仰ぐ形で牛乳を飲み干してゆく。見ていた他の三人も、見よう見まねで後に続いた。


「ぷっはぁ~! うんめぇぇぇぇぇ!」

 タルケットが突き抜ける様な歓声を上げた。フレデリクやカルナードも天上を見上げたまま溜め息をつく。魔王も飲み終わったままの体勢で恍惚の表情を浮かべ、しばしの余韻を味わった。それでも頭の中では、まだこれは完璧な状態ではないのだ、と残念がる。

 風呂上がりの瓶牛乳は脱衣場で、腰にタオルを巻いた半裸の状態で飲むべき物。過去にテレビで見た銭湯での様子が頭を(よぎ)る。ほっかほかに温まり、暑く火照った湯上がり直後に飲む、冷た〜い瓶牛乳……。

(うむむ……帰ったら迷宮にそういうの作るか……)

 魔王はこの時、いっそスーパー銭湯的な物を作ろう、と決意した。

 一方、瓶牛乳のあまりの美味さに感動した勇者達は、一つでは足りずもう一本、今度はそれぞれ違う味でと、また同じ様にその場でぐいぐい飲み干した。

 休憩所にいた数人の宿泊客は、見栄えのする外人さん達が突然見せた見事な飲みっぷりに驚きつつも、密かな拍手を贈るのであった。


 しばらくするとサフィア達が休憩所に現れた。遅くなった事を謝りつつも、彼女達はどこか自信に満ち溢れ、とても満足した様子である。

「お風呂上がりの水分補給をしましょう」

 クロエがそう言って自販機に近づき、真っ先に瓶牛乳を選んだのを見て、男性陣は顔を見合わせ頷いた。サフィアやサキも気になる物をそれぞれ選んで手にし、もう片方の手では嬉しそうに自分の頬をつっついている。

「あー、お姉ちゃん達、何かいい事あった感じ?」

 ちびっ子モードに切り替わったタルケットがそう指摘すると、腰に手を当て瓶牛乳を飲み干したクロエがニヤリと笑った。

「ふっふっふ。良く分かったわね」

「お肌つるっつるなのぉ~!」

 サキが両手で頬を挟みながら、見えないハートを撒き散らす。サフィアも顔を赤くして照れつつしっかりと頷いた。

 女性陣は三人共、長い髪を頭の高い位置に(まと)めているのだが、そうする事で(あらわ)になったうなじに、男性陣の目が集まった。

「美しい……」

「やばいっすね」

「私はもう見ないでおきます」

 フレデリクがサフィアをうっとりと見つめ、タルケットが鼻の穴を広げ、カルナードがきっぱりと目を逸らす。魔王は満足そうな女性三人の様子に、連れて来て良かった、と思うだけであった。


 そうこうしているうちに、夕飯の時間となり、魔王達は(あらかじ)め聞いていた食事会場へと足を運んだ。

 広い畳の部屋で、宴会場とも呼ばれているその部屋は、かつて魔王が玉座の間で開いた宴の場と非常に良く似ていた。

 長い卓の一カ所に、紙の立て札で『魔王御一行様御席』と示されている。魔王達はその席に移動して、敷かれてあった座布団に腰を降ろした。

 仲居さんが一人やって来て「では、今からお料理をお持ち致しますね」と言って去って行き、少しも経たないうちに、黒塗りのお盆に乗った料理が運ばれて来た。

 刺身、煮物、和え物、酢の物、小さい鍋物、焼き魚等々。

 新鮮な山海づくしの御馳走に、魔王達は一斉に目を輝かせた。

「おお……なんと美しい盛り方!」

「和食って綺麗ですね……」

「ど、どれから? 一体どれから食べればいいの!?」

「……サフィア俺もだ……俺もどれから手をつけて良いか分からん……」

 我慢が出来なくなったタルケットが、両手を合わせ、大声で「いただきま〜す」と魔王の真似をする。すると他の六人がハッと我に返り、全員同時に「いただきます!」と声を響かせた。


 それからしばらく、皆で感動したり、うっとりしたり、驚いたりしながら夕食を堪能し、満ち足りた腹を抱えて食事会場を後にしたのであった。




 腹ごなしに旅館内を歩いて回っていた一行は、あるコーナーを発見した。

 『遊技場』と称されたその場所には、長方形のテーブルの様な物が置いてある。そのテーブルの様な物は、細長い網が真ん中を仕切る様に張られていた。隅の方には木で出来た小さなへら(・・)の様な物が二つと、籠に入ったオレンジ色や白の球が数個。 

「あれは何だ?」

 不思議そうに首を傾げるフレデリクに、魔王が説明をする。

「うむ。あれは卓球台じゃな。卓上であの籠の中の小さな球を打ち合う競技じゃ」

「……何とも変わった競技だな」

「二人でやってみれば?」

 競い事と言えば魔王と剣士。極々軽い気持ちで、タルケットが能天気な声を出す。

「うむ。面白そうだし、やってみるかの?」

 魔王も軽い気持ちでフレデリクに持ち掛ける。


「どうせなら何か賭けてみたら? 何も無いとつまんないし」

 タルケットがほんの出来心で軽口を叩く。

「ふむ。賭け試合か。何かあるかのう……?」

 魔王がのんびりした口調でおっとりと首を傾げる。

 フレデリクは二人の言葉を黙って聞いていたが、これまた何の気無しに口を開いた。

「賭けていい物か……俺にはせいぜい、女帝の肖像画くらいしか無いな」


「何……じゃ……と……?」

 不意に地獄の底から響く様な、低く険しい声が聞こえた。

 その声に驚いたフレデリクとタルケットが目をやると、異様な表情の魔王が仁王立ちしている。その目は大きく見開かれ瞳孔が広がっている様に見え、髪の毛は心無しかざわざわと逆立ち、半開きの口からは鋭い牙の様な物が見える。


「……えっ」

「おい、どうした」

 状況について行けず固まるタルケット。眉間に皺を寄せつつ心配そうに声をかけるフレデリク。

 しかしそんな彼等の様子もそっちのけで、魔王は完全に本来の魔王の雰囲気のまま、不穏なオーラを背後から立ち上らせまくっている。

 魔王が再び口を開いた。

「フレデリクよ……その話、(まこと)か?」

「女帝の肖像画の事か? ああ、本当だ。それが一体どう……」

 険しい目を爛々と光らせた闘志剥き出しの魔王は、卓上にあったラケットを掴み取ると、先端をビシッとフレデリクに差し向け、渋い声で高らかにこう言った。

「フレデリク!! 試合……いや、死合い(・・・)じゃ!! これから儂と真の死合いをしようぞ!!」

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