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時間潰ししてみました。

 魔王達から許可を得たサフィアは、書店を目指して一目散に駆けて行った。カルナードとサキはその後を慌て気味に追いかける。

「サフィアがこうなるなんてちょっと珍しいですっ」

「そうだねえっ」

 そんな会話を交わしつつ、行き交う人を避けながら小走りで進む。二人が書店に着いた時には、サフィアは既に店内へと足を踏み入れ姿を消していた。

「あれれー見失っちゃったかなあ」

「……まぁここから出るとは思えないし、探せば見つかるでしょう」

 カルナード達も店内に入り、サフィアを探す事にした。


 書店には公道と店とを仕切る壁が無く、何処からでも入れるオープンな作りになっている。通路に面して設置されている商品棚には、数えきれない程の色鮮やかな書物が綺麗に並べられていた。店内はとても明るく、気軽に入り易い雰囲気だ。初めての場所にも関わらず、カルナードとサキはすんなりと入店する事が出来た。

 

 今頃、魔王達も何処かの店を見ているのだろうか。フレデリクが騒ぎを起こしていなければ良いが……。そんな事を考えながら、カルナードは取り敢えず、入り口にあったフロアマップと言う物に目を通した。フロアマップは書物の配置が記された地図の様な物で、該当する棚に行けば目指す分類の書物が見つけられるらしい。

 サフィアが求めそうな物は……? 分類の中に『専門書』と言う文字を見つけ、カルナードは辺りを見回していたサキに声を掛けた。

「多分こっちです。行きましょう」

 

 果たして、二人は専門書コーナーに見覚えのある銀髪頭を見つけた。

 変身か幻覚か、兎に角何らかの魔法でエルフ特有の尖った耳は丸くなってはいるが、腰まである絹糸の様なストレートの長髪と、サキとクロエが見繕った服装がとても良く目立っている。現に(そば)を通りがかった人々は皆、その場に立ち止まり、サフィアに注目した。

 ある者はチラチラと視線を寄越し、ある者は書棚を見る振りをして近づき、中にはあからさまに顔を覗き込もうとする者までいる始末だ。

 そんな周囲の状況など構いもせずに、魔導士サフィアは棚の前でひたすら書物を物色していた。


「やべぇ」「何人(なにじん)?」「きれい……」「顔見た。超美人」

 溜め息混じりに交わされるひそひそ話。少しずつ増えて行く観衆の目。

(来て早々目立っては非常にまずいと思います……!)

 カルナードは一刻も早く、サフィアをこの場から連れ出したい衝動に駆られた。しかし一方で、せっかくの楽しみを邪魔しては彼女に申し訳ない、とも考えてしまう。そうなると自縄自縛に陥って動けなくなるのであった。


 気を使い過ぎる己の性分が恨めしい。カルナードが頭を抱えそうになったその時、横から軽く肩を叩かれた。見るとサキがにっこりと微笑み、小さく頷いている。

「大丈夫」

 それだけ言うとサキは「ごめんなさあい」「通して下さあい」と声を張り上げ、サフィアに見蕩れる人々の群れに分け入った。人を掻き分けサフィアの元に着いたサキは、棚を隅から隅まで移動しながら、めまぐるしく視線を走らせている彼女の耳元に口を寄せ、囁いた。


「サフィアちゃん」

「わっ!?」

 驚いたサフィアが我に返って振り向く。

「び、びっくりしたぁ」

「へへっごめんごめん。欲しい本、見つかった?」

「うーん、それが……」

 サフィアは途方に暮れた様に書棚を見回した。物理学、化学、生物学、医学、心理学、社会学等々……ぱっと見ただけでも相当な種類の書物がびっしりと棚に詰まっている。


「沢山あり過ぎて……どれにしていいか分かんなくなっちゃった」

「あらら」

「時間までに選べるか自信が無いわ」

「じゃあさ、帰りにもう一回ここに寄ろ。今は時間も無いし、一杯買っても重いし、ね?」

「え、ほんと? 帰りに寄らせて貰えるの?」

「うん、勿論。帰りの方が余裕あるよ。帰りはお家(・・)に戻るだけだもん。あたしとクロエも帰りに見ようって話してたの。ね、そうしよ?」

「うん!」


 二人の美女が花の様な笑顔を交わすのを、カルナードは引き攣った顔で眺めていた。何故なら二人に注目していた周囲の人々が、突如腑抜けた様になったからである。皆ぼうっとした眠そうな表情で、特に若い男性の中にはふらついたり床にしゃがみ込む者までいた。

(こ、これは完全にアレ(・・)ですね……)

 サキュバスが何らかの技を行使した……カルナードはそう見抜いた。そんな大神官の視線に気付いたサキは、サフィアを連れて彼の側に移動し、「取り敢えず出よ」と声を掛け店の外へ向かう。


 二人の後を付いて書店を出たカルナードは、サキに小声で問い掛けた。

「……使いましたね……エナジードレインですか?」

「ううん。睡眠・超極小レベル。一瞬、眠気感じて欠伸が出る程度」

「……極小だとしても男性に対しては効果が増大する筈ですよ」

「それでもすぐ目が覚めるから大丈夫だよお」

 サキは急に立ち止まって振り返り、カルナードと目を合わせ微笑みながらこう言った。

「カルナード君て真面目だよね。そこがいいんだけど」


 プラチナブロンドの髪と瑞々しい桃の様な肌。ゆるふわでパステルカラーな色彩の中に浮かぶ、魅惑的なマゼンダ色の瞳にひたと見つめられ、カルナードは耳が赤く染まるのを自覚した。

「あの中の男子の集団がね、サフィアちゃんの事、ちょっとヤバイ目で見てたの」


 サキは観衆の囁き声の中に、「おい、声掛けるぞ」「ドコつれて行く?」「拉致るのヤベーやん」「ヒッヒッヒ」と言う良からぬ言葉を聞いた。そこで「ごめんなさあい」と人集(ひとだか)りを掻き分ける際に睡眠スキルを発動したと言う訳だ。ヤバイ男子の一人一人を特定する事が出来ず、スキル効果が『範囲』で現れる様にした為、とばっちりで申し訳ないが、関係無い人々にも少しだけ眠くなって貰った。


「あたしの事、嫌いになったかなあ?」

「……いえ。そう言う事なら目を(つむ)りましょう」 

「えへへ、ありがと」

「しかし問題はサフィアです」

 カルナードは少し厳しい表情でサフィアを見た。

「ん? わ、わたし?」

「そうですよ! いくらなんでも無防備過ぎです。もう少し用心して下さい!」

「う……申し訳ない……サキも、手を煩わせてごめん」

「ううん、いいよお。じゃあさ、みんなで気を付けながら、他のお店見て回ろっ」



 一方魔王達は四人連れ立って、タルケットが目をつけた雑貨屋に入った。その店には非常にごちゃごちゃとした作りをしており、狭い通路に設置された棚や台には、様々な色や形の物が所狭しと並べられ、余りの物の多さにフレデリクは目が回る思いがした。タルケットは店に入った瞬間にもう目を輝かせ、見事なフットワークで他の客を避けつつ店内を歩き回る。


「おおっこれ何? これも何?!」

 黄色い紙に『おもちゃあります レトロなのからそうじゃないのまで色々』、と書かれた物が貼ってある陳列台の所で、タルケットが目についた物を手に取り魔王達を振り返った。

「うむ。それは確か駒と竹とんぼじゃ」

「へぇ〜、じゃあこれは?」

「うむ?」

 クロエが魔王の後ろから顔を覗かせて答える。

「それはハイパーヨーヨーと言う物ね」

「何その強そうな名前っ!」


「バラサーク、これは何だ?」

 フレデリクが指差したのは、おもちゃから少し離れた台に置いてある、手の平サイズの円筒形をした金属の物体だ。手に持ってみると重く、中には液体が入っているのか、揺するとチャプチャプと音がする。

「それは缶ジュースじゃ。中に飲み物が入っている」

「ほう、飲み物か……面白い入れ物だ。買っても良いか?」

「ええ。これから長い時間電車に乗るし、寧ろ飲み物は買っておいた方がいいと思うわ」

「うむ。儂も買っておくかな」

「あっおいら……じゃなかった、()も買うー!」

 

 雑貨屋で買い物を済ませ、土産物屋に突進しようとするタルケットを「土産はまだ早い!」と引き止めた後、魔王達は待ち合わせの改札前にやって来た。

 サフィア達を待つ間暇になったのか、タルケットが魔王を見上げ話しかける。

「……そう言えばさ、バラちゃんはどうやってこっちの通貨を手に入れたの?」


 タルケットの問いに、魔王は周囲を気にしてその場でしゃがみ、ハーフリングの背丈に合わせてから小声で答えを返した。

「うむ。始めは迷宮内(うち)で見つかった金塊を装飾品に加工して、買い取り専門店に買い取って貰っていた」

「ふんふん」

「ただ、和室が整ったので、そうそう大金も必要無くなってな。今はウェアウルフ達がハンドメイドグッズを作ってネットで売ってくれている」

「え……彼、そう言う事出来るの」

「うむ。大好きらしい。ラミアやピクシー達と一緒にハンドメイド同好会を結成しておる」

「そ、そうなんだ……」 

 

 二人の会話が止まったその瞬間、周囲に目を配っていたクロエが魔王達を振り返る。

「皆様、サキ達が来ました」 

 魔王達が視線を上げると、人混みの向こうからサキ、サフィア、カルナードの三人がやって来るのが見えた。

 無事に合流した魔王達一行は、クロエが券売機で買って来た切符を手に、一列になって改札を通った。四人の勇者は、切符が機械に吸い込まれて出て来る動きにおっかなびっくりしながらも、どうにか平静を装って改札機を突破した。

「……何かスリルあったな、あの装置」

「ええ、ちょっとドキドキしたわ」

 

 改札を抜けた一行は長い通路を進み、数字が表示された階段を上り、駅のホームと言う場所へと出た。再び外の空気を嗅いだ勇者達は、さっきまでいた駅構内の気温との違いを感じて、思わず身体を震わせる。

「結構温度違いますね……」

「ああ、寒いな。と言うか、駅の中とやらが大層暖かかったのだな」 

「皆、電車が来たぞ。黄色い線の後ろに下がるのじゃ」 

 魔王の一声と同時に頭上から不思議なメロディと声が響き、やがて騒々しい音を伴って、電車がホームに、まるで滑る様に入って来た。

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