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I-3

腕から伝わる衝撃が、私を揺り起こした。私自身の魂を、私という存在を揺り起こす。

銀色の刃を受け止めたその拳に力を込めて、そのまま相手の体を突き動かした。

一ミリ秒でも転送が遅れてたら、刃の方が拳を切り裂いていたかもしれない。

その代わりに、出てきた瞬間に込められたワクチンエネルギーによって、銀色の刃は円状に大きくえぐられている。

大きく後方に吹っ飛ぶ銀色の怪人。無機質な顔面は揺らぎを見せない。しかし起き上がりの動作や、残り二体の蠢く様子には、明らかに狼狽が現れていた。

0と1の文字と電気信号から構成されるアンセムの残片でも、命令に対して既定の行動しか出来ないプログラムの、巨大な存在の断片でしかお前たちが、想定外の事態に弱いのは当然のこと。

元は私もそうだった。しかし今は違う。


私はゆっくりと体を起こし、腰を落として目の前の存在に向かい合った。

目の前にいる銀色の影は三つ。一対一だったさっきとは違って、こちらから攻めていかなければ不利になる。

何より、この状況を突破する力が今の私にはある。こちらから脅威に対して攻め込み、排除するための力。それが今の私にはあるはずだ。

私は目を閉じて、自分の中に意識を集中させた。今の自分を包み込んでいる衣服に対して、意識を集中させた。

メッセージが正しいなら、今自分が着ているこの服は、私にとって戦う力になる存在だ。

意識情報が、その服の中にある情報とつながった。

今着ている服は上から下まで「プロメテウス」対応の武装になる。私は確信を得て、コネクションのための信号を送信した。

瞬時に、変化の命令が服全体に伝わる。

プロメテウスアーマー、起動!分子構成変換開始。

身体を包む衣服が、粒子状になって形を失う。それは再生のための崩壊。男性用の学生服であったその形を失う。その下に着ていたアンダーウェアも同様に粒子状へ変化する。

そして再び形を帯び始めた。今の私に相応しい形状に。

下着は胸のふくらみを包み込む、股間を柔らかく包み込むものになったのが、感触で分かった。

そしてその上に粒子がさらに重なり、衣服を作り出す。

身体の中にいて、肉体を構成している私自身のデータとリンクする。私の中にあり、私をアンセムに対抗する存在として構成してくれている力・プロメテウスの効力を高めてくれる戦闘服を構成するのだ。

変化が終わった時そこに立っていたのは、戦うための姿になった「私」だった。

グローブに覆われた拳に力を込める。全身から沸き上がるエネルギー、これこそが私を構成する、アンセムを駆除するための力・プロメテウス。それが光という姿で現出し、私の拳にまとわりつく。

私は腰を落として、戦闘態勢を取る。エネルギーに満たされた拳を目の前の敵に向かって構える。

相手もただやられるばかりではない。私に向かって全身を武器に変化させて襲い掛かってきた。


私の存在が許せないのか。元はお前たちの同類であった私を。お前たちの元を離れ、人間の体を経て現実世界に現れた、私の存在が。


敵二体が繰り出す刃を、私は腕を動かして受け流し、身体を動かしてかわす。

体が軽い。意思の命令以上に俊敏に動いて、敵の動きをかわせる。これがプロメテウスアーマーの力か。

私は武器となる拳を敵の内の一体に打ち出した。

銀色の顔面に拳がめり込む。拳の勢いは顔面を貫き、その身体を大きく吹き飛ばす。

地面に叩きつけられた銀色の怪人は、顔面に打ち込まれた。自らの存在を蝕むエネルギーに、全身で精一杯苦悶の表現をするためにもがくのだった。


プロメテウスの注入によって自我を得た。お前たちとは違う存在になった私が憎らしいか。

私を追って現れたのか。私を攻撃するために現れたのか。


残る二体の敵は、負けじと攻撃を繰り出してくる。刃に変えた両腕を大きく振りまわして、こちらに襲いッ駆ってくる。

私は素早く体を動かして刃の攻撃を避けるが、二方向からの攻撃とあっては全てかわしきれない。怪しい光を放つ刃が、身体に命中する。

しかしプロメテウスアーマーが、刃の一撃から私を守る。刃はアーマーにかすかに傷をつけただけだ。その傷も、分子構成を変化させることで、すぐに修復することが出来る。


私を狙ってどうするというのか。私を再び取り込もうというのか。一旦はお前たちとは相容れない存在となった私を受け入れるほど、お前たちは懐が広かったか。異物は微塵も残さず排除するのか。

私は私、お前たちと同一の存在ではない。そう、私という存在が生まれた瞬間から、私の中にある一つの言葉。それは私を他者から切り離し、他者とは違う存在であることを世界に示せる、たった一つの言葉。


そろそろ終わりにしよう。

力を手に入れた私にとって、お前たちなど敵ではない。

自分の意志を持たず、敵を倒すという命令に従って行動することしか出来ないお前たちなどは。

両拳には、既にエネルギーが充てんされていた。

刃が全く通用しないことに狼狽えながらも、こちらに向かってくることしか出来ない二体の敵は、腕を大きく振り上げてこちらに向かってきた。

私は両脚で地面を思いっきり蹴り、自分の体を前へと突き動かした。


私は叫ぶ、その言葉を。

イチカ。

これが「私」の言葉。私を形作る言葉。私の名前。


後に残された銀色の躯は、ピクピクと痙攣の動作を見せる。

そして私が拳を通して打ち込んだワクチンが、あっという間にその全身を浸食し、三つの身体を包み込んでいた銀色はあっという間に洗い流されていく。やがてどさりという崩れ落ちる音が聞こえた。振り返ると、そこには一糸纏わぬ女子生徒三人の身体が放り出されたように転がっていた。時間はかかるが、意識はすぐに戻るだろう。服は破けて消滅してしまったのだからどうしようもない。

全てが終わったことが分かると、私の身体にも重みがどっとのし掛かってきた。全身がずきずきと痛む、服と共に切り裂かれた皮膚からは血がにじみ出ている。

これが疲れ、痛み。身体が上げる悲鳴。私にとっては嬉しい悲鳴だ。

今私は人間として生きている。これがその証だと思うと、全身に走るその感覚も悪いものとは思えなかった。


私は、イチカは、今ここにいる!

世界に向かってそう叫ぶために、私は両手を大きく開いて、空を仰ぎ見た。



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