浮気現場を目撃しました。
ちょっと待ってよなにあれなにあれなにあれ!
え、本当に二人だよね? 見間違いじゃないよね? いつの間にか寝ちゃって夢を見ているわけでもないよね? 現実、だよね?
いやいやいやいや勘違いしちゃ駄目よ! 愛する私の婚約者とかわいい妹が逢引をしているとかないわ!
ただ二人で会ってなにか相談してるとか、たまたま人気のない場所で遭遇しておしゃべりしてるだけとか、そういうことでしょう?
なんか雰囲気がおかしい気がするけど、人気のない場所で二人きりで身を寄せ合っている状況から私が勝手に誤解しちゃってるだけでしょう?
二人を目撃して硬直していた状態から、ハッと気がついて物陰に身を隠した。普通に声をかければいいのに、なんで隠れてるのよ!
でも隠れちゃったもんは仕方がない。物陰からじっと二人を観察する。
婚約者のフィーンは魔術士だ。位はそんなに高くなくて、街の人が困ったことがあれば駆り出され庶民に親しまれる複数いる街の魔術士の一人。
一方私と妹のルルは彼が所属する魔術士協会の支部に務める事務員だ。どちらも魔力はない。
そんな私達は職場恋愛の末に婚約した。結婚式の準備も進めている。だから、フィーンとルルがいい雰囲気になってるとかあるわけない。
私に内緒でなにか計画をしているんだ。あんだけ顔を近づけてこそこそ話をしているのは、私を驚かせるために楽しい計画を立てているだけだ。結婚式ももうすぐだもんね。それに関することかもしれない。きっとそうなんだ。誤解しちゃ駄目。
……。…………ちょっと、ねぇ、必死に私が誤解しちゃ駄目と言い聞かせているのに、キスとかしないでくれませんか。
顔を寄り添って話をしているだけなら誤魔化せるけど、キスはないわー。逢引確定しちゃったわー。
どうしてくれよう。しかも長いよ。抱き合ってキスを堪能しているよ。泣きたい。
魔術を使って虹を出現させて、それを背に結婚して下さいっていう魔術士の伝統的なプロポーズをしたのはフィーンじゃないか。
好きだった。幸せだった。愛し合ってた。そのはずでしょう? あんなに満たされていたのは、お互いの想いが重なっていたからでしょう?
というかさ、ここがまさにそのプロポーズ場所じゃない。ここで、フィーンは私に結婚して下さいって言ったんでしょう? なのにどうしてルルといちゃついているの?
ん? よく見たらルルの格好が私っぽくない?
事務員の制服着てるから服装は同じで当たり前だけど、ここから見えるルルの顔は私っぽい。
年子の姉妹だし、顔や背格好ついでに声も似ているけど、キリッと見える化粧が好きな私とふわっとかわいい化粧が好きなルルとでは、印象はけっこう変わる。なのにここから見えるルルの横顔は、私みたいだ。
ルルは私がやる化粧をしてるの? なんで? しかもその顔をしたルルが、フィーンと逢引? それってつまり。
ルル、私のふりをしている?
目を凝らしてよーく見る。
ルルの髪をまとめる髪留めは、私がフィーンにもらったものだ。私の髪留めを使ってるってことは、やっぱりルルは私のふりをしているんだ。
でもどうして? もしかしてルル、フィーンのこと好きだったの?
それはないと思うんだけど。ルルは同じ事務員のカールのことが好きで、アプローチがんばってたもの。
だから、私のふりをしてフィーンに会う理由がないはずだ。ましてやキスなんて。あの子はカールと初キスをする日を夢見て日々努力中だったでしょう? それとも、私がいるからカールが好きだって誤魔化していただけ? それかカール以上にフィーンのことが好きになったとか? なんだそれ。
というかさ、フィーンもフィーンだよ。いくら私のふりをしているといっても、間違えてキスするとかありえない。
間違えるのも論外だけど、もしルルだと気がついていたけどその場の雰囲気に流されてとかだったら許さない。
くるしい。悲しくてむかついて惨めで虚しくて嫌になる。
見なかったふりをしてこの場を去っても、もうフィーンとルルの前で今まで通りにできない。無邪気にこのまま結婚なんてムリだ。
ちゃんとはっきりさせよう。このまま物陰から見てるんじゃなくて、二人の前に出て話をしよう。
ルルがどういうつもりなのか、フィーンは騙されただけなのか、それともわかっていて雰囲気に流されたのか、はたまた本当はこの二人が愛し合っていて私が邪魔者なのか。
今この機会を逃したら、二人に事情を聞く勇気もなく、不審を抱いたまま醜い行いをするだろう。そんなの嫌だ。この場で事情を聞いて、怒って、後腐れをなくしたい。フィーンが本気で一方的に騙されたというわけじゃない限り、きっぱりバッサリ別れてしまおう。
『フィーン! ルル!』
だから、勢いよく物陰から飛び出して二人の名前を呼んだ。なんだか声がおかしい感じだったけど、フィーンの茶色い目が私をとらえた時に違和感は隅に押しやられた。
「ミーナ! ようやく見つけた!」
私を見たフィーンが、パッと笑顔になる。
――は? なにその気まずさや驚きの欠片もない笑顔。
あと、ようやく見つけたってなに? ルルを抱きしめながら私を見て満面の笑顔ってどういう神経しているの? もし騙されて勘違いしてるだけだったら、私の出現に驚いて見比べるでしょう? それをしないってことは、腕の中の存在が私じゃないって理解してキスしたってこと? フィーンって優しくて誠実な人だと思ってたけど、私の勘違いだった?
ってか、こっちを見たルルの顔が、にやにやしてるんだけど。あの子、あんな笑い方する子だったっけ? 見せつけるみたいにフィーンに身体押し付けてるよ。ってか本当に私に似てるな。化粧でここまでそっくりになっちゃうんだ。
『ルルとの逢引現場を見られたっていうのに笑顔で私を見るとかなにを考えているの。そしてルルは人の婚約者になにしてくれちゃってるの』
やっぱ声がおかしい? 膜が張ったみたいにくぐもっているくせに、どことなく反響している。
なんだろうこれ。喉を触ってみたけど、特に痛みとかはない。
「ルル? なにを言ってるんだ?」
ちょっと、不思議そうな顔をしないでよ。なに言ってるんだっていうのは私が言いたい言葉よ。
あなたが抱きしめている子は誰だっていうのよ! むしろその私似の子がルルじゃないほうがビックリだわ。
「かわいー」
フィーンの腕の中で、ルルがくすっと笑う。こんなルル知らない。正直フィーンのことより、ルルの様子のほうがショックかも。
ルルは甘え上手ではあるけど、カールに一生懸命恋するかわいい子だったはずだよ? なのになんでこんなにやにやした顔で人のことバカにしたみたいなこと言えるの?
「嫉妬してる自分を見る機会なんてそうそうないけど、これはこれでかわいいね」
「だろ、かわいいよな」
なに言っているの。二人とも頭大丈夫? ってかフィーンもなにヘラヘラしてんのよ。
「ミーナ、こっちおいで」
ルルを抱きしめたまま、フィーンが私を見て手を差し出してくる。ルルもこっちを見てにやにや笑っている。むかつく。ものすっごくむかつく。
なのに私の身体は、惹かれるように二人のほうに進んだ。フィーンの手を取り、そして――。
「あれ?」
視界が変わった。触れたはずのフィーンの手が、私ではないほうに伸ばされている。ちなみにそこには私の手も、ルルの手も乗っていない。
そして私はなぜか一瞬でフィーンの腕の中にいる。さっきまでルルがいた場所に、すっぽりと収まっている。
周囲を見回したが、ルルの姿がない。意味がわからなくてフィーンを見上げれば、彼はうれしそうに私の頭をなでて額にキスをした。
いや、今はキスとかいらないから。というかルルにキスしたその直後に、額とはいえキスしないで。そもそもルルには唇で私には額ってどういうことよ。
「ルルは?」
聞いてみたら、フィーンはやっぱり不思議そうな顔をした。
「ルルは最初からいないけど。ここにいたのは、ずっとミーナだぞ。自分のこともわからないのか?」
なんて豪快な誤魔化しだろうか。さっきまで、ルルを抱きしめながら、少し離れた位置に立つ私と話をしていたじゃないか。
「まだ混乱しているのか? ミーナは俺が仕事で回収してきた古い魔術道具にうっかり触れて、魂の一部が弾き飛ばされて行方不明になってたことは覚えてる?」
後半の意味はわからないけど、フィーンが回収してきた古い魔術道具というのは覚えがある。
そういえば、あの魔術道具に触れてから、ここでフィーンとルルを見るまでの記憶がない。どうして私はここにいるんだろう。
「……あ、」
じわっと頭のなかに『私』の姿が浮かんだ。ひどく情けない顔をした『私』が、半透明の姿で立っている姿。これは、フィーンの腕の中から見たさっきの光景?
「あの魔術道具に触ってから、もう半月経ってる?」
どんどん記憶がよみがえる。というか、馴染んでくる。
私はあの魔術道具を触った後も、確かに過ごしていた。記憶の一部とそれに伴う感情が欠落していたけど、ちゃんと生活していた。一方でさっきまでの『私』は、その欠けた記憶と感情を持っていた。
「あれは、プロポーズ以降の記憶をもった『私』?」
ああ、そうだ。『私』はプロポーズされた時のあの虹も、進めていた結婚の準備のことを覚えていた。でも肉体を持って生活していた私は覚えてなかった。そりゃあ恋人同士だったし、記憶はないけどプロポーズされて婚約中だっていうのはうれしかったから、抵抗なく受け入れられてフィーンが私と一緒に行方不明の私の一部を探してたんだ。
そして、二人でいちゃいちゃしていたら、探しても見つからなかった『私』がふらっと姿を現したんだ。嫉妬して。
どうして突然出てきたのかはわからない。嫉妬といっても、この半月でいちゃいちゃしたのはなにも今回だけじゃなかった。なのにどうして今回?
――ここがプロポーズされた場所だから?
周囲を見回して納得した。プロポーズ場所に弾き飛ばされた私の一部が眠っていたんだろう。それまでも何度か足を運んだけど、別にいちゃついたりはしてなかった。でも今日はいちゃついた。『ルル』といちゃつくフィーンの気配を感じ取り嫉妬して目を覚ました。
『ルル』は私だったけどね。自分がここにいるのに、自分によく似た女がフィーンといちゃついていたら、顔も背格好も、そして声すらよく似たルルだと誤解してもしょうがないか。
ルルごめん。無実の罪を着せてしまった。今度なにかおごるよ。カールとの恋路も応援する。協力する。
心のなかでルルに誤っていたら、フィーンが私の顔を覗きこんでくる。
「戻った後の主体の意識は行方不明だったほうのミーナなんだな」
そうだね。魔導術に触って以降に生活していた私は、一部記憶以外は持っているし、主であるのはそっちだったはずだ。
でも戻った直後、嫉妬していた『私』の意識に引きづられた。行方不明の私が戻ってきたことを理解している私じゃなくて、行方不明になったことを理解していない私が先に出てきたから、状況がとっさにわからなかったのか。
でも『私』の意識に引きづられた理由は、なんとなくわかる。
あの時、強い感情を抱いていたのは行方不明だった『私』だ。フィーンの腕の中の私は嫉妬してる『私』の姿が新鮮でおもしろいなぁって思いながら安堵していただけだから、『私』ほどの強い感情がなかったからのまれたんだろう。いろいろ納得した。
「でも本当にどっちも私でよかったよ。そうじゃなかったら、逢引だーって、嫉妬して、話し合いを終えて後腐れなくなったら別れるつもりだったもの」
笑顔を向けたら、フィーンの表情がこわばった。
あのね、さっき嫉妬している『私』を見てにやにや笑ってた自分のこともけっこうむかついてるけど、「これはこれでかわいいね」って言った私に、「だろ、かわいいよな」って返事したフィーンのこともかなりむかついているんだよ?
自分の大事な婚約者が勘違いして嫉妬してたら、ちゃんと言い訳しなさいよ。嫉妬している姿がかわいいってヘラヘラしないで。
「浮気する時は別れる覚悟でね?」
もし、嫉妬しているルーナもかわいいとか言ってわざと浮気したら許さないからね!
知らないところでひどい誤解をされていたルルに合掌。