表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

Series-8「束の間の休息」

「ん、んん・・・」

 さっきから、ピコピコうるさい奴がいる

 目覚まし時計でもないし、時報かと思ったが一向にピーンする気配がない

 目を開けると、真っ白な天井が見えた

 どうやらベッドの上みたいだけど、ここどこだ・・・?

 俺はゆっくりと体を起こす

 なんだか妙に体が重い

「あ、気が付いた!」

 聞き覚えのある声と共に、見覚えのある顔が、俺の視界にぴょこんっと現れた

「良かったぁ、お兄ちゃん死んじゃったかと思ったよぉ!!」

「・・萌、何でお前は俺の上に四つん這いになってんだ?」

「お兄ちゃんが心配だからだよ!」

 萌の顔が、俺の鼻先1インチのところまで迫る

 いや、理由になってねぇし

 起き上がろうとしたが、誰かが俺の左手を全力で握っている

 見れば、キャシーが手を握ったまま眠っていた

 一体、何がどうなっているんだ・・・

 ガラガラッ

 突然、病室のドアを開く音がした

 あ、看護師さん

 ナースカートを引いた看護師さんは、こっちを見ると驚いた表情を見せた

 ・・あ、マズイ、この状況はヒジョーにマズイ

 萌、頼む今すぐ俺の上から降りてくれ!

 必死に目で訴えかけるが、萌は気付いてくれない

 そのまま慌てた様子で、看護師さんは回れ右してドアへと向かう

 待って、お願いだから行かないで!!

 パタン

 閉じられた扉を見つめながら、何だかもの凄い勘違いをされた気がする・・・とひとりごちていると

 バタバタと足音が近づいてきて

「アキラ!」

 再びドアが開いた

「良かった・・生きてた・・・」

 見れば、由依が扉に寄りかかってへたり込んでいた

「やっと目を覚ましたか」

 後ろに兄貴ともも姉もいた

「俺は一体・・」

「覚えてないか?事故って入院したんだよ」

「流石に心配したわよ」

 もも姉は俺がいるベッドの横まで来ると、腕を組んで壁に寄りかかった

「大丈夫?」

「ん、多分・・・」

 俺は小さく息を吐いた

 ・・ぼんやりとだが、記憶が蘇ってきた

 そうだ、岩田とのバトルで・・・

「ふぇ?あ、あーたん、おはよう」

 お、キャシーが目覚めたようだ

「おはようじゃねーよ、もう夕方だぞ」

 兄貴がやれやれと笑いながら、キャシーをパイプ椅子に座らせた

 てか、今まで床に座ってたのか

「あーたんずっと起きないから心配だったよぉ」

 俺は拘束を解かれ自由になった左手をポンと、キャシーの頭に乗せた

「ありがとな、心配してくれて」

「うんっ」

 心配そうだった(ただ寝ぼけ眼だっただけかもしれない)顔がぱっと明るくなる

 さっきの看護師さんが医者らしきおっさんを連れてパタパタと歩いてきた

 皆を呼びに行ってくれてたのね

 変な想像をした自分が、恥ずかしいっす

「気分はどうですかね?」

 白衣のおっさんが俺の顔を覗き込みながら問診してくる

「沢山の女の子に囲まれて、幸せいっぱいっす」

「冗談が言えるようなら大丈夫そうですな」

 おっさんはバインダーに何やら書き込みながら

「丸2日も意識が戻らなかったもんだから・・・」

 ・・え?

「丸2日?俺そんなに意識なかったのか!?」

 俺が突然勢いよく起き上ったせいで、未だ俺の上で膝立ちだった萌が吹っ飛ばされた

「そうよ、今日火曜日」

 もも姉が差し出してきたスマホの画面に表示されていたのは、確かに火曜日の日付だった

「マジか・・・」


 ちょうど同じ頃、松田自動車に積載車(キャリアカー)に乗ったマツさんと親父が到着していた

 2人が積車から降りると

「いやー派手にやっちゃいましたねー」

 呑気な声と共に、川上店長が近寄ってきた

 クルマを降ろし、フロントタイヤが明後日の方向を向いているから3人掛かりで工場の前まで運ぶと、マツさんが運転席側の窓から手を伸ばしキーを回す

 ガラガラと痛々しい異音を出しながら、SRエンジンがアイドリングする

「おー切れ切れ、こりゃエンジンイッてるわ」

「直したばっかなのになー」

 エンジンを切ったマツさんは、ボンネットをコンコンと叩く

「よくあるだろ、新しいパーツ付けた時に限ってネズミ捕りで免停喰らったり」

「それはお前が調子に乗って飛ばすからだろ」

「ちげーねー」

「にしても、コイツどうするよ」

 マツさんは真剣な顔で親父に問いかける

「ボディもフレームまで曲がっちゃってますよね」

 川上が下回りを覗き込みながら言う

「そりゃ、俺が決めることじゃねーだろ」

「名義はお前だろーが」

「名義どころか、保険やら自動車税も俺持ちだけどな」

 親父はどうでもよさそうにつぶやく

「親の金レーシングかよ」

 マツさんが呆れたように言う


 俺は意識こそ戻ったが、大事をとってもう何日か検査入院することになった

 怪我自体はかすり傷というか、大したことはないけど、どうも頭を強く打っていたらしい

 それもその筈だ、2日間も意識が無かったんだから

 ていうかアレだね

 病院の食事って、マズいね

 勿論味自体は悪くないし、栄養バランスとかもよく考えられているのだろう

 ただ、何というか、熱いべきものも冷たいべきものも、全てが(ぬる)

 デザートの杏仁豆腐も、古い自販機の「あったか~い」並みに温い

 後、甘くない

 ノンシュガーって奴だ

「あーあ・・・」

 昼飯を食べ終えベッドに寝そべった俺は、ゆっくりとまぶたを閉じた

 この規則正しい、正しすぎる生活に慣れる前にこの白い部屋を抜け出さなければ

「早寝早起きも悪いことじゃないです」

 いやーそうかもしれないけどね

 今まで走り屋とか言って完全に夜型の生活をエンジョイしてきただけにさ

 ・・・てか

未来(みく)!?」

「おはようございます、です」

 窓から差し込むオレンジ色の夕日を背に、ショートカットの女の子が本を読む手を止めず言った

「い、いつから居たのさ」

「貴方が眠っているときから?」

 未来は悪戯っぽく笑った

 寝顔見られた?

 どうでも良いか、そんなこと

「てか、さっきから何読んでんだ?」

「医療サスペンスです」

病院(ここ)で!!?」

「妙なリアリティがあるです」

 何故か目が輝いていた

 そんなやりとりをしていると、病室の扉を開く音がした

「ちわー」

 4人部屋だが今は俺一人しかいない病室に、間の抜けた声が響いた

「お前ノック位しろよ」

 廊下から顔を覗かせたひょろりと背の高い男は、ふらふらと病室の中に入り、馴れ馴れしくベッドの縁に腰掛けた

「未来ちゃんもこんにちは」

「その呼び方はするんじゃねーです」

「てか何しに来たんだよ、服部」

「一応、謝りにね

 今回の一件、元々は僕が言い出したことだし」

 服部は、申し訳程度に申し訳なさそうな顔で言った

「そうそう、元々はお前がナンパしたからだしな」

「あはは、そうだね

 でもまさか高校生だったとは思わなかったけど」

「お前はいくつなんだよ」

「28だけど?」

「マジか!」

「マジか、です!」

 思わず未来とハモった

 まさか服部が兄貴より年上だったなんて

 どう見ても俺とタメか、年下にすら見える

「やっぱり驚きます?俺童顔なんすよねー

 高校生ん時も、中学生料金で映画見れたりして」

 そう言ってへらへら笑う顔を見る限り・・あり得る

 て言うか、今でも中学生料金で通りそうな・・・

「そういえば、岩田はどうしたんだよ」

「それが、休み明けに地元に帰らなきゃならなかったんすよ

 本当なら直接会って謝るべきなんすけど、向こうも仕事とかあるんで

 だから僕が、代わりに謝りに来たんすよ」

「そっか、向こうは社会人だし忙しいだろ、それに事故ったのはテクの未熟だった俺の責任でもある訳だし」

「そう言ってもらえると、僕も気が楽っす

 じゃ、俺はこれで」

 そう言って、服部は立ち上がり、ふらふらと病室を後にした

「・・・結局、アイツは何しに来たんだ?」

 誰に問うでもなく、俺はつぶやいた

 何故かと言えば、未来が読書に集中していたからだ


 今日は木曜、退院する日だ

 俺は鉛筆で額をつつきながら、うんうんと唸っていた

 昨日、未来に「何か必要なものはあるです?」って聞かれたから、ドリ天を頼んだら買ってきた「クロスワード天国」に視線を落とす

 最初の2ページくらいを未来が数分で解いていたから簡単なもんかと思ったが、初級でも結構難しいぞ、コレ

 時計の針が午後6時を指した頃、親父と母、由依が来てくれた

 たかだか4日間なのにとんでもない金額になっていた治療費やら入院費の会計を済ませ、ガラスの自動ドアをくぐると、7月の生ぬるい空気が頬を撫でた

 勾配が緩やかでやたら長いスロープを下り、俺たちは由依の16に乗り込んだ

 うちのクルマ、基本どれも2シーターなんで、こういう時はいつも由依に頼ってしまう

 駐車場の出入り口、歩行者用のスロープとは対照的に、スゲー急なシャコタン泣かせの坂を下り、16は大道りに出る

 ビバ、ノーマル車高

 運転は親父、助手席に由依、後ろのシートに俺と母が乗ってる

「親父、母さん、いろいろ迷惑かけたな」

「それがオトナの仕事だ、ガキは気にすんじゃねーや」

 親父はひらひらと左手を振った

「それに由依も、色々ありがとな」

「良いって、それに、わたしがあんなこと言ったから・・・」

 あんなこと・・?

 あー、何か俺スゲー大事なこと忘れてた気がする

「そ、それは関係ないって、気にすることないから」

「・・うん」

「てか、さっきからどこに向かってんの?」

 病院から家に向かうとしたら、なんとなく遠回りのような・・・

「ん?あぁ、マツんとこ」

「それってさ」

「そ、お前のS15」

「当然、お前も会いに行くだろ?」

 俺は無意識に、生唾を飲み込んだ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ