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Series-7「バッドエンド」

 アイドリング中、俺はダッシュボードに並んだ追加メーターと無駄ににらめっこしていた

「水温、油温、油圧、電圧、全てOK・・・」

 マツさんにメンテしてもらったばかりでナラシも終わっていないような状態だから、当然と言えば当然だ

 兄貴が窓から覗き込んでくる

「準備はいいか?」

「ここまで来たら、やるしかないっしょ」

「だな」

 兄貴はポンポンとルーフを叩くと、岩田の32の方へ歩いて行った

 兄貴がマツさんに連絡して峠の入り口を封鎖してくれたから、ダウンヒルは対向車を気にせず思いっきり攻められる

 てか、完全に公道を私物化してるけど・・・

「じゃあ、始めるぞー」

 兄貴の合図で2台は駐車場を出て、ゆっくりと走り出す

 先行は俺、といっても、今回はローリングスタートだからあんまり関係ないけど

 それでも好きなポイントでバトルを始められるアドバンテージは大きい

 このコーナーを抜けたら、始めますかね

 俺はハザードを2回点滅させる

 古典的だけど、一番わかりやすい合図

 バトル、開始だ!


「しっかし、下りをアキラにやらせるなんて和輝も鬼畜だよなー」

 マツさんが呆れたように言う

「やっぱり、S15じゃGT-Rには勝てないのかな?」

「マシンのスペックだけでいうと、その差は明らかですね」

「えーお兄ちゃん負けちゃうのー!?」

「オイオイ、俺は負けるなんて一言も言ってねーぞ」

 そう言って、マツさんはタバコをふかした

「それってどういうこと?」

「GT-Rがいかに大パワーだと言っても、平坦なサーキットじゃあるまいし、フルに加速できるところなんてそうそうない、踏めない500馬力より踏み切れる200馬力の方が、峠では速かったりするのさ」

「なるほど!」

 萌は納得したように手を打った

「負ける訳ないって、なんたって和輝の弟なんだから、現に上りでは勝ってる訳だし」

 もも姉は何故か自信満々だし

「やっぱり、お兄ちゃんのお兄ちゃんの弟はお兄ちゃんだもんね!」

 もはや意味不明だ

「でも、紙一重のバトルになることは確実です」

「なんだか嫌な予感がする、何も起こらなきゃいいんだけど・・・」

 由衣は心配そうに、胸に手を当てた


 コーナー入り口でステアを切り、アクセルを煽ってクラッチを蹴れば、目の前の景色が横に流れて行く

 今まで幾度となく繰り返したことでも、バトルでは神経をすり減らす

 兄貴曰く「ずっと気を張ってたら、俺だって疲れちまう、大事なのは休めるところで休むことだ」ということらしいが、技術の追い付かない今の俺じゃ、一瞬でも気を抜けばどこに吹っ飛ぶかわからない

 コーナーを抜けると、後ろからのプレッシャーをひしひしと感じる

「・・・ッ!」

 4連ヘアピンはなんとか耐えきったが、ここで並ばれるかよ

 開けっ放しの窓から、排気の生暖かい空気が流れ込む

 元々先行させて後ろに着くつもりだったけど、抜きに掛かるならこの先のショートストレートだと思ってたんだけどなー

 兄貴は言った、このバトルのカギは兄貴と俺のバトルだと

 だとすれば、考えられる方法はひとつしかない

 俺が兄貴に置いて行かれた、ルーキーキラーコーナーだ

 岩田はこの峠のダウンヒルを攻めるは初めての筈だ

 先行で突っ込ませれば、見事に引っかかって勝手に失速してくれる

 それだけ、あのコーナーの攻略は難しい


 突然、ポケットが震えた

「もしもし、おうマツか」

「どうよアキラの様子」

「初めはうだうだ言ってたが、いざやるとなったら諦めたみたいで、元気に飛び出してったぜ」

「まぁアイツは基本的に走るの好きだからな、それで、勝てそうか?」

「五分五分だろうな、でも一応ヒントは与えといたから」

「・・後はどれだけ間を開けられるか、か」

「あぁ、テールトゥじゃ押し負けるだろうからな」


 我慢できずに抜いちまったが、結果的には早めに前に出て正解だった

 いつまでも後追いで様子を見る必要もないだろう

 ルームミラーの中のヘッドライトが大きくなる

 抜き返すタイミングを窺ってるようだが、お前は2度と俺の前を走ることはねェ

 ヒルクライムじゃ相手がFRだってナメてかかってただけだ

 今回だってGT-Rに負ける要素はひとつもねェが、ドライバーのウデがどれ程のモンかわからない以上、全開に攻めといて損はねぇ筈だ

 っしゃあ次のコーナー行くぜェ!


「・・・もらったな」

 思わず口元が緩んでしまう

 岩田の奴、予想通り入り口の曲率だけ見て突っ込みやがった

 こうなるとコーナー中盤でブレーキングして体勢を立て直すか、そのまま失速もしくはスピンするかだ

「おっ先!」

 俺はとっ散らかった32をアウトから抜き去り、いち早く加速体制に入る

 作戦通り、これで勝てる!!


「さてと、俺たちも行くか」

「へい」

 兄貴と服部が32に乗り込む

「てか、和輝さんって何モンなんすか?」

「別に、親父が昔ラリー屋やってて、いろいろ仕込まれてるだけさ」

「ラリーすか、だから速いんすねー」

 服部は妙に納得したように何度も頷いた

「なぁ服部、走るの好きか?」

「生憎、運動は苦手で・・・」

「そっちじゃねーよ、むしろこの状況で陸上競技思い浮かべるのお前位だわ」

「この状況・・・男同士2人っきりで」

「お前ちょっと黙れよ」

「好きっすよ」

「止めんか気色悪い!」

「じゃなくて車で走るの、俺にはこれしか熱くなれるモン、ないすから」

「そうか・・でも不思議だよなー、バトルって言ったって、イニDみたいにオーバーテイクできる訳でもないし、結局は地道な練習とセッティングの繰り返しだろ、勝ち負けがはっきりしないことも多いし」

「・・和輝さん、なんか冷めてますね」

「お前や岩田や、それにアキラが熱すぎんだよ・・・」


 ・・・てか

 全然差が広がらないんすけどー!!

 確かに岩田の32はコーナー中盤で大きく減速したからその分離れてはいるけど、ストレートに入ったら簡単に抜き返される距離だ

 兄貴はコーナーで抜いた後に随分差が開いていたのに、これがテクの差なのか

 ヒジョーにマズイ・・・

 この後は例の駐車場コーナーだが、下りでは見晴らしもいいしエスケープゾーンが広いから、上り程難しくはない

 というか、どう考えても後追いが有利になる

 ここで並ばれるわけにはいかない

 俺はギアを落とし、力一杯サイドを引く

 駐車場に2台のエキゾーストノートが響く

 なんとか耐え切った

 でももう後がない

 次のコーナーを抜けたら、魔のロングストレートだ


 由衣がベンチに腰掛けていると、マツさんが缶コーヒーを2本持って寄ってきた

「あ、マツさん、ありがとう」

 マツさんが由衣の隣に腰掛ける

「おぅ、それよりお前どうしたよ、工場の時からなんだか様子がおかしいが」

「何でも、ないですよ」

「そうは見えねぇがな、悩み事だったら、オジサン相談に乗るよ?」

「それセクハラです」

 何処からともなく未来が現れた

「へいへい、セクハラオジサンは退散するよ」

 マツさんが頭をかきながらふらふらと立ち上がると、代わりに未来がベンチに腰掛ける

「由衣さん、もうすぐ夏休みですね」

「そうだね」

「高校生活最後なんですから、たくさん思いで作るです」

「うん・・・」

 由依はゆっくりと、けれど大きく頷いた


 さっきから目の前をチョロチョロと小賢しい

 低速コーナーじゃグリップに近いライン取り、高速コーナーじゃオーバーなカニ走りでブロックしてきやがる

 イヤミったらしい走り方は兄貴そっくりだぜ

 しかもそのペースに合わせてこっちもステアをこじる走り方をしたせいで、フロントの応答性が悪くなってきやがったァ

 上りではストレートまで待ったせいで負けちまったから今までコーナーでも全開で攻めてきたが、それがアダになったってか

 悩ましいぜ、このまま攻め続けるか、いったん退いてから一気にブチ抜くか・・・


 2台のエキゾーストノートが、一層大きく峠に響き渡る

「入ったか、ストレートに」

 マツさんはタバコを吐き捨てると、峠を見上げた

「今までの排気音からして、2台の差は広くはない筈です」

「だとしたら、まだアキラが先行してるってことか」

「何でわかるの?」

 萌とキャシーが首をかしげる

「GT-Rが先行してるとしたら、S15が喰い付いて行けるとは正直思えない、もっと差が開いている筈だ」

「でも、アキラにとってはキツイでしょうね」

「お兄ちゃん遂に抜かれちゃうの?SRってホントにパワーないから・・・」

 萌ががっくりと肩を落とす

「さっきも言ったろ?手に余る大パワーは時に足を引っ張るもんよ」

「・・そうかタイヤか!」

 もも姉が声を上げる

「その通り、重い車重と大パワーは、全てタイヤの負担になる、だとすれば、パワーは無くても車重の軽いS15の方が有利だろうな」

「だったら、あーたんにも勝算があるんじゃ!?」

「いや、最初からそう言ってんべ、でも2台共かなり熱ダレしてるだろうから、ストレートで乗った車速を、最終コーナーでいかにして殺すかがカギだ」

 由依がベンチから立ち上がる

「じゃあみんなで最終コーナーまで行かない?」

「だな」

 マツさんが歩き出すと

「マツさん、タバコは拾って捨てて来るです」

「相変わらずお嬢は厳しいねー」

 マツさんは腰をかがめ、タバコを拾い上げた


「くぉーっ!」

 ギアを5速にねじ込み、スロットルを目一杯開ける

 メーターの針が跳ね上がり、視界が猛スピードで流れて行く

 バックミラーを見上げれば、後ろの32も加速体制に入るのが見えた

 ミラー越しでも確認できる程の豪快なアフターファイアと共に、俺のS15の音をかき消すようなRBサウンドが響く

 32が反対車線にはみ出し、俺を抜きにかかる

 このままだと完全に並ばれちまう

 こんな速度域、今まで体験したことがない

 それに、思ったより直線が短い

 この後は、決して緩やかとは言えないコーナーだ

 しっかりとスピードを殺さなければ、壁に張り付く

 ブレーキングに入るが、ここからじゃ曲がり切れない

「だったら・・・」

 兄貴にできるなら俺にもできる筈だ

 ステアを切り、サイドを引く

 このまま、フルアクセルフルカウンター!!

 ボディは軋み、リアタイヤはグリップを失う

 よし、インは取った!

 けどダメだ、スピードにリズムが食われちまって思ったラインに乗せられていない

 Gに負けてS15のラインが膨らむと、32がアウトにラインを取り、インに飛び込もうとする

 岩田はアクセルベタ踏みで、ブレーキとステアだけで強引に32を曲げる

「よく見てろ、クサレFRにはマネできねェこれが4WDの走りだァ」

 4WDは全てのタイヤが駆動するから、FRでは不可能な速度で曲がることができる

 それでもこれは明らかにオーバースピードだ

「バカヤロー死ぬぞ!」

「ここで退く訳にはいかねェんだよォ!」

 32のノーズが強引にインに飛び込む

 クッここまでか、やっぱり俺は兄貴に追い付けないのか・・・

 瞬間、ミラーに写る32のライトが揺れる

「クソがァステアが利かねェ」

 32のタイヤは熱ダレでグリップ限界を超えようとしていた

「こんなときにアンダー出しちまったァ!」

 32が路面から剥がれる

「ダメだァ曲がれねェ!!」

 32がS15のリアに接触する

 トラクションの抜けたS15はいとも簡単にスピン

 激しいスキール音と共に、弾かれたように宙を舞う

 成す術もなく擁壁にフロントをヒットし、S15はコーナー出口を塞ぐように停まった

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