Series-6「32」
夜の闇に、一気に吹け上がるエキゾーストノートがこだまする
第1第2コーナーあたりは抜けただろうか
あっという間に姿の見えなくなった2台の32を追って、俺たちは今、スタートする
「今から追っかけて追い付けるんすかね?」
服部が図々しく聞いて来たが、俺はその問いには答えなかった
アクセルを煽り、クラッチを蹴る
正直、とても追いつける気がしねー
俺たちがスタートして直ぐ、白いFCが上って来た
マツさんは道の右側の路肩に擁壁ギリギリで車を止めると、道を挟んで反対側のベンチに腰掛ける由衣の姿を見つけた
案の定、と言ったところか
由衣ちゃんの様子がおかしかったから後を追って来てみれば、何だこの嫌~な空気感は
とりあえず、話を聞いてみるか
「・・・降りられねぇ」
「チィッ」
コーナーの度に目の前をチョロつくテールライトに、岩田は苛立ちを覚える
今アイツが先行してるのは、このセクションが狭くツイスティで、ただ単に抜けるような隙間がないから、それだけだ
ドリフトなんて、所詮は子供のお遊びだァ
一番速い走り方はグリップしか考えられねェ
しかも、GT-RはグループAレースで「勝つ」ことを目的に日産が心血を注いだ車だ
どんなにチューンしてようと、廉価版のスカごとき、相手にもならねェんだよォ
確かこの後、バカデカいコーナーを抜けたら2車線のロングストレートだった筈だ
そこで一気に片を付けてやるぜ!
ミラーを見上げれば、32Rのヘッドライトが鋭く迫る
まだバトルは始まったばかりだというのに、随分とイラついているようだな
まぁ無理もない、これだけ曲がりくねった道じゃ、ご自慢の4駆も力を発揮できないからなぁ
しかし、ストレートまで勝負がもつれ込むと、明らかに不利なのはこっちだ
それまでにキッチリと突き放したいところだが・・
同じRBとは言え、向こうは天下のRB26、こっちはFRのNEO6、簡単に抜けると思っているだろうが、そうは問屋が何とかだぜ
あれ、何だっけ?
ま、いいや
「全然見えないじゃないすかー」
「うっせー、駐車場ブッチですぐ追いつくわ」
この峠には、丁度中腹辺りに駐車場があって、そこをぐるりと囲むようにRの大きな180度コーナーになっているセクションがある
そこを流しっぱで抜ける強者もいたりするけど、裏ワザとして、コーナー入り口にある分岐から駐車場に入り、これまた上手いことコーナーの終わりにある出口から飛び出せば、かなりのショートカットになる・・・筈だ
その頃、下の駐車場では、未来が皆を呼び集めバトルの行方について話し合っていた
「このバトル、皆さんははどう思うですか」
「和輝の速さはあたしが保証する
こんなとこで黒星付けてるようじゃ、あたしのカレシにはなり得ないって!」
「そう言っても、相手は4駆だし、わたしもGT-Rとバトルしたことあるけど、FRじゃ絶対にできないラインから踏んでくるから、でも、逆に言えばFRにしかできないライン取りをある訳で・・・」
「僕は車については詳しくないですけど、あのGT-Rの人、凄く自信ありげでした」
「感情論を抜きにしても、FRと4WD、この峠では右に出る者はいない和輝さんと、おそらくどこかの峠、もしくはサーキットで走り込んでいるであろう岩田さん・・・」
「どっちに転んでもおかしくはないわな」
FCの助手席側の窓から何とか抜け出したマツさんが、後ろから現れた
「まっ、マツさん、来てたんですか」
「女の子の話を盗み聞きとは・・・」
「話は大体呑み込めた、ところで、今スタートからどれ位だ?」
「そんなに経ってはない筈だけど」
「初めの低速セクションを抜けた辺りだと思う」
「じゃまだ駐車場んとこまでは行ってないか」
「マツさんもそこだと思うですか、今回のバトルのウィークポイントは」
「おお、流石颯田のお嬢!目の付け所が違うねー」
「その呼び方はやめてと言った筈です」
萌とキャシーはただただ困惑するばかりだった
クルマの話をしているときは、いつも通りなんだよな
やっぱり、アイツと何かあったのか
って、当の本人が居ないし
「それより、アキラの姿が見えねぇが」
「お兄ちゃんなら、2台を追っかけて今登ってったよ」
あちゃー、そりゃ由衣ちゃんが可哀想だわ
アイツはまだ恋よりクルマって訳か
マツさんは、タバコをふかした
「来た来たァ特大コーナー!」
前を走る32は、コーナー入り口からケツを横に向ける
流しっぱで抜ける気だ
「そっちがその気なら、こっちは外から行くぜェ!!」
「・・・ッ!」
ラインの変化でなんとなく見当は付いたが、やっぱり外から来たか
岩田のことだ、次のストレートをできるだけ長く踏むために立ち上がり重視のコーナリングをするだろうと踏んで、入り口を塞ごうと思ったんだが、4駆乗りってのは強引だねぇ
和輝は絶妙に32Rのラインをブロックしつつ、紙一重でドリフト状態を維持する
正直、これはキツい、ワンミスで壁に張り付きそうだ
その時、ミラーにもう1台のヘッドライトが映った
「アキラ、あれ!」
「追いついたァ、第3のレーンにチェンジ!!」
S15は駐車場に滑り込む
「服部、しっかり見てろ、岩田が大外から抜きにかかるぞ!」
「そこだァ!」
2台のラインがクロスする
こうなったら一切小細工ナシだ
力と力、どっちが強いか見せ付けてやんよォ!!
もう一度、兄貴の32が、前に出る
インから真っ直ぐに、まるで白い矢の様に、一直線に加速する
駐車場ブッチした俺たちは、兄貴たちよりも3車身程前を走り、一足先に山頂に到着した
その後すぐに、兄貴の32が登ってきた
結局2台共走り切ったが、岩田が再び兄貴の前を走ることはなかった
3台しか止められない小さな駐車場に車を止めると、兄貴はタバコに火をつけ、窓枠に肘を置いた
すると、岩田の32Rがゆっくりと登ってきた
兄貴は面倒臭そうにドアを開け、降りてきた岩田に声を掛ける
俺たちは、少し離れたところでその様子を見つめる
「大悟、相当ヘコんでるみたいっすね」
「そりゃそうだろうよ、言い訳できない負けな訳だから」
言い訳できない、自分の一番得意とするセクションで、はっきりと格の違いを見せ付けられたんだ
FRならではの、後ろ脚を蹴る加速・・・
兄貴ほどの腕があれば、ドリフト中にアクセルで自由に車の向きが変えられる
一瞬のトラクション回復で、一気に加速する
そういえば、俺と走ったときにも使った技だ
対して、4WDのグリップ走行は、目一杯アウトにいたら、もうそれこそ何もできない
傍から見たらテールトゥのバトルだっただろうが、当事者からすれば、勝敗は明らかだ
ま、かく言う俺も一度同じ技を食らってるから状況が分かったんだけどね
突然、ドリンクホルダーに放っていたスマホの着信音が鳴った
画面を見ると、未来からだった
「あ、もしもし、バトル、終わったですか」
「おぅ、たった今な」
「そうですか、スキール音が止んだので
どっちが勝ったですか?」
「もっちろん・・」
「和輝さんですか
恐らく、途中の駐車場のところのコーナーで決着が付いたと思うです」
「何故わかった!エスパーかヨ!?」
「相手が4WDであることと、和輝さんの走りのスタイルから・・・」
「アキラ!」
急に呼ばれて、俺は兄貴の方を見た
「じゃ、次はお前な」
「へ?」
「へじゃなーよ、岩田とダウンヒル走んの」
「俺が?兄貴の32貸してくれんの?」
「な訳ないべ」
「てことはS15で?」
「そ」
静寂が辺りを包む
アフターアイドルだろうか、岩田の32Rの排気音が、ひどく悲しげに聞こえた
・・・いやいやいやいや
ムリムリムリムリムリムリムリムリ、絶対無理!!
泣きたいのはこっちだよ!
だって向こうはRだよ?あのGT-Rだよ?
兄貴のスカなら同じRBだしパワーは腕でカバーできるかもだけど、こっちは2リッター直4のへっぽこ純正タービン仕様・・・
どうしろっていうのさーっ!
きっとこれは兄貴のイジメだ、岩田に花を持たせる為の・・
と、俺が弱音という弱音を吐きまくってCO2で大気を汚染していると
「アキラさん、アキラさん!」
あ、衝撃のあまり忘れてた
「ごめんごめん」
「話は大体聞こえてきたです」
「そっか」
「・・・女の子との電話を放っておいて・・とんだブラコン野郎です」
今、物凄い罵倒された気が・・・
「今マツさんに変わるです」
マツさん、来てたんだ
「よーアキラ、お前GT-Rとバトルすることになったんだってなー」
ヒャハハと笑う声が聞こえてきた
「そうなんすよー勝てる訳ないじゃないすかねー」
「ん、まさかお前負ける気でいる?」
マツさんは急に真面目な口調になった
「俺が笑ったのは、面白いバトルになると思ったからだ、ちょっと和輝に変わってもらえっか?」
車から降りて、兄貴にスマホを手渡すと、何やらしばらく2人で話していた
意見を交換しているというより、お互いが同じ意見であることを、確認しているように見えた
「アリガトな」
兄貴が差し出したスマホからは
「胸張って逝けよ少年!」
一際大きなマツさんの笑い声が響いていたが、俺はそれに答えず、通話を終了した
「今マツとも話してたんだが、お前が本気で走れば、岩田は勝てない相手じゃない
大体、GT-R乗ってる時点でレベルが知れてるんだっつの」
結局はソレかよ
「なぁ兄貴、何かねーのか、勝つ為の秘訣とか・・・」
「強いて言うなら、俺とお前のバトルがヒントだ」