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Series-3「整備工場のオヤジ共」

 いつか必ず夜は終わり、いつもの日常はやってくる

 俺は、昨日そうしたように、朝の満員電車に揺られている

 カタンコトン

 カタンコトン

 心地良い揺れに、思わず声を漏らす

「だりぃ・・・」

 あれ?昨日も同じこと言った気がする

 というか、いつも言っている気さえする

 夜中に峠を走り回っているせいで、正直、朝はかなりキツい

 毎回うとうとして、電車に乗り遅れそうになったり、降りそびれそうになったりする

 と、俺がデジャブを感じていると、

「ちょっと、アキラ君」

 と不機嫌そうに声をかけられた

 俺が声の主を探していると、人の波をかき分け、サトーちゃんが現れた

「どうして昨日来なかったんですか!?」

「昨日?」

「約束したじゃないですか」

 ・・・あ、そうだった

 サトーちゃんは車持ってないから、いつも俺が一旦峠に顔出してから、また戻ってサトーちゃんを迎えに行くんだ

 昨日は兄貴とバトルすることになって、すっかり忘れてた

「わりぃわりぃ、お詫びと言っちゃなんだが、今日、松田自動車行くから、今度こそ一緒に行こうぜ」

 松田自動車とは、俺たちこの辺の走り屋が、よく利用する整備工場だ

「わかりました、で、いつ行くんですか?」

「今から」

「え?」

「冗談冗談マイケルジョーダン!」

 と、俺が渾身の一発を披露すると、一瞬の沈黙の後、くすっと笑う声が聞こえた

 声のした方に目をやると、そこには由衣がいた


 時は進んで、今は放課後

 俺はS15に乗り、サトーちゃんの家へ向かっている

 途中、パールの16アリストに抜かされた

 それはもう、綺麗にかわされた

 ツインターボだもん、勝てる訳ないよ

 ま、俺は場所をわきまえて、無理に張り合ったりしないけどね

 走り屋ならけじめが大切だ・・・負け惜しみじゃないからっ

 佐藤家に着くと、サトーちゃんが今か今かと待っていた

 昨日の夜も、きっとこうして待っていてくれたのだろう

 ごめんよ、サトーちゃん・・・

 俺がS15を道路に横付けすると、サトーちゃんは助手席に乗り込もうとして、躓いた

 ロールケージが組んであるから、サイドバーをまたがないと乗り込めない

 何度も乗ったことがあるはずなのに、ほぼ必ず躓く

 普段乗り慣れていない人なら、こんなもんなのだろう

 サトーちゃんが何とか体を滑り込ませたところで、俺は車を発進させる

 だだっ広い国道をしばらくひた走り、横寺峠を通り過ぎると、左手に松田自動車はある

 建物自体はプレハブ小屋みたいな工場だが、規模は割と大きい

 駐車場に入ると、さっきの16が停まっていた

 俺は車を降り、16のドライバーに話しかける

「さっきすれ違ったよな」

「あ、やっぱりさっきのシルビア、アキラだったんだ」

 16のドライバーは、由衣だ

 この細い腕で、2JZ搭載のモンスターセダンを振り回すんだもんな、素直に凄いと思う

 3人で事務所に向かうと、工場の方から、この店の店長である、松田洸平、通称マツさんが現れた

「よー久し振りだなお前ら」

「久し振りっす」

「由衣ちゃん相変わらず可愛いねー、前より大人っぽくなった?」

「そんなことないですよ」

 由衣は、少し照れたようにはははと微笑んだ

 マツさんは、今でこそただのエロオヤジだが、昔はラリーでメカをやっていたらしい

 しかもかなり凄腕の

「FCの調子どうすか?」

 駐車場の奥に止まっている半目の白いFC3Sは、マツさんの愛車だ

 ツインターボで500馬力位らしい

「調子?絶好調よ、なんたって俺の愛車なんだから」

 そう言って、マツさんはかっかっかと笑った

「それよりアキラ、今日はどうしたんだ?」

「どうもアイドルが不安定なんですよ」

「アイドル?アイマスの話か?」

 40歳過ぎのおっさんなのに、よくアイマスなんて知ってるな

「そうじゃなくいて、シルビアの話ですよ」

 マツさんはこれまた笑いながら、事務所を出て、S15の方へ近づく

 その後に俺と由衣も続く

「分かってるよ、ボンネット開けろ」

 S15の整備は、できることは自分でやっているが、今回みたいにどうにも手に負えない時や、定期点検のときはマツさんに任せている

 俺はボンネットを開けようと、コラム下のレバーに手を伸ばす

「そっちじゃねーぞ」

 そうだった、カーボンボンネットにしたときボンピンにしたんだった

 またやっちまった、何度目だろう

 由衣がくすりと笑う

 エンジンルームを覗き込み、マツさんは

「インジェクターかな」なんて呟く

 道の向こうから、耳を劈く凄まじい爆音のエキゾーストが響く

「お、あいつら帰って来たか」

 川上タイヤと書かれたボロバンが、結構な勢いで駐車場に突っ込んできた

 今フロア擦ったぞ

 松田自動車の隣には、タイヤ屋がある

 一応別の店だが、パチンコ屋と換金所の関係だと思ってもらって差し支えない

 バンから二人の男が降りてくる

 一人は川上タイヤの店長、川上義明

 親父やマツさんと同じ位の歳だと思うが、黄色いEK9に乗っていて、現役でレースのメカとドライバーをやっている

 昔は親父とマツさんとラリーのチームを組んでいたらしい

 タイヤ屋なのに、エキマニやロールケージといったパイプ工作も得意としていて、このボロバンのマフラーや、シビックのアーム類も、川上店長のワンオフだ

 そしてもう一人は、松田自動車で働いている、俺の親父だ

「ちゃんと働いてるか親父」

「働いてるよ、今部品屋行ってきたとこだ、それよかお前こそ来てたんだな」

「今来たとこよ、兄貴とバトルしてから、どうもエンジン不調で」

「そういやそんなこと言ってたな」

 なんて会話をしていると、どこからともなくサトーちゃんが現れた

 どうやらそろそろ帰りたいようだ

 就職希望の俺と違って、良い大学に入りたいと思っているサトーちゃんは、日々勉強漬けだ

 きっと今日も塾なのだろう

「マツさん、直りそう?」

 俺はサトーちゃんと共に、点火系の配線と格闘しているマツさんに話しかける

「んーよくわかんねぇ、今日は預けてけ」

 マツさんはスパナをツールボックスに放り、腰で手を拭う

「俺ら今日どうやって帰るんすか」

「じゃあ私が送っていくよ」

 そうだ、由衣がいたんだった

「助かった、頼むよ」

「その代わり、アキラ君が運転してよね」

 そう言って、由衣は16の助手席に乗り込んだ

 俺たちも車に乗り込む

「じゃ、マツさんS15よろしく」

「おぅ、気ィ付けて帰れよ」

 駐車場を出て、俺は車を走らせる

 車内での俺たちは、他愛もない会話をしていたが、何気なく由衣が

「一度でいいからやってみたいことは?」

 って聞いてきたから

「やっぱり彼女を助手席に乗っけて、海岸線とかをドライブかな」

 なんて答えた

 ちなみに俺、生まれてこの方彼女ができたことがない

 無論、チェリー

 サトーちゃんを降ろし、俺の家に向かおうと再び車を進ませる

 そういえば、由衣と2人きりで車に乗るのは、これが初めてかもしれない

 みんな2シーターに乗っているから、セダンに乗っている人は大抵アッシーになる

 由衣も例外ではなく、だから俺に運転させたんだろう

 しばらくすると、妙にメーターが賑やかになっていることに気付いた

「お、エンプティ付いてんじゃん」

「あれ?本当だ、家出るときはまだガスあったのに、アリストの大食い」

 由衣は、漫画みたいに頬を膨らませる

「あっはは、何その顔

 よっしゃ、遠回りになるけどガソリンスタンド寄ってくか」

「うん」

 この辺にガソリンスタンドは、海沿いに一軒しかない

 今走っている道を右に折れて、一本海側の道に移る

 堤防の上の広い道に出ると、傾いた日に、海面が真っ赤に燃える河口が見えた

 由衣と2人、16で、誰も居ない一本道を進む

「夢、叶った?」

「何の話?」

「さっき言ってたじゃん」

「あぁ、ロケーションは完璧だな、でも、今だと由衣が彼女ってことになっちゃうけどね」

「わたしじゃ不満?」

「不満っていうか、好きも言ってねーし」

「え?それってどういう意味?」

「ホラ、着いたぞ」

 やっと到着したガソリンスタンドは、軽トラなどでごった返していた

「混んでるね」

「まーこの時間だしな」

 すると、1人の従業員らしき人影が近づいてきた

「すいませーん、今ちょっと混み合っててお時間が・・・って、お、カップルさんですかい!」

 どうもこの店員、随分とチャラい

 つんつんくりくりとした茶髪に、黒縁ピンクラインの眼鏡で、常に薄ら笑いを浮かべている

 このガソリンスタンドはよく利用するが、こんな奴いたっけか?

 反論するのも面倒くさいので

「まーそんなとこっす」

 とテキトーに流しておいた

「じゃあ、しばらく待っててもらえませんか、恋人同士なら、きっと時間がいくらあっても足りないでしょ」

 そう言うが早いか、チャラ店員は戻っていった

 本当のカップルだったらそうだろうな

 そんな訳で、俺たちはスタンドの隅の方に車を止めた

「恋人同士だって、とんだ勘違いだよな」

「・・・うん、そうだね」

「どうする?缶コーヒーでも買ってこようか」

「ううん、もう少しこのままで」

「そんなに車の中が好きか?」

「そうじゃないよ、ホラ見て、すごい綺麗な夕日だよ」

「じゃ堤防でも上るか」

「このままが良いの!」

「お前変わってんなー」

 と俺が言うと由衣は、俺に聞こえるか聞こえないか位の小さな声で

「アキラが鈍いだけだよ」

 と呟いた

「ん、なんか言ったか?」

「なーんにも!」

 エアコンが無いので開け放っていたS15の窓から、柔らかな風が吹いて、2人をそっと包み込んだ

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