Series-2「初バトル」
結局、その後も特に話し合うことなく、俺たちは解散した
今度の土曜に走りに行く打ち合わせをしようと思っていたのになー
それにしても・・・
今思えば陰口なんてほっときゃ良かったのに、俺が口を出したばっかりに、由衣とキャシーは「アキラとはそんな関係じゃない!」なんて言い出すし
もも姉は「あたしには愛する人がいるから」とだけ言い残して帰っちゃうし
萌は「お兄ちゃんとなら・・・」とか言い出すし
未来に至ってはなぜか顔が真っ赤だったし
集合場所すら伝えられなかった・・・
幸いなのは、今日が金曜じゃないってことだ
「最悪、LINEで送れば良いですし」
「だな」
「じゃあ、僕もこれで」
「おう、じゃあな」
さて、俺も帰るかな
俺の住んでいる街は、走り屋には夢のような街なんだ
と言うのも、この街にはあらゆるステージが揃っている
海に面していて半島があるんだけど、そこにつながる一本道が、長いストレートで5車線もあって、ドラッグレース、つまりゼロヨンにはもってこい
内陸の方は山がちで、良い感じの峠があるし、首都高とも繋がっちゃってる
豆腐屋のハチロクもミッドナイトブルーのS30Zもウェルカムってことよ
さらに、小さいながらもサーキットまであってまさに完璧な立地だ
電車に乗り、家路に就く
クルマは持っているけど、校則があるから学校に乗り付けたりはできない
そもそも運転免許証も取っちゃいけないことになっている
故に、俺ら走り屋は学校非公認
でも気にしない
「ただいま」
「あら、お帰り」
リビングの扉を開くと俺の母、多田恵美が出迎えてくれた
「あれ、親父は?」
「今日も飲み会だって」
「あの飲んだくれ・・・」
俺の親父、多田龍二は、今でこそどこにでもいる飲んだくれクソオヤジだが、昔は有名なラリーストだったらしい
銀色の初期型インプを振り回し、数々の賞を総なめにした、とか何とか本人は言っていた
実のところ、真相は誰も知らない
ただ、今はクルマの整備工場で働いていることと、親父の部屋に頭文字Dが全巻あることは知っている
時刻は既に23時を回っていた
「さて、そろそろ行くか」
ジャケットを羽織り、ガレージに続く階段を下りる
俺の家は、一階が丸ごとガレージになっている
良い子で待ってたかい?俺のシルビアちゃん♡
ガレージのシャッターを上げ、クルマに乗り込む
ヴォンッ
今日も一発始動、整備は完璧だ
基本的にS15の整備は自分でやっている
走り屋なら整備もできなくちゃね
「水温OK油温OKアイドルOK
OKシルビア!」
どこかで聞いたことがあるって?
気のせい気のせい
家の前の道を進むと、広い国道とぶつかる
左折し、さらにしばらくクルマを走らせると、ほら見えてきた
我らがホームコース、横寺峠
俺らの先輩も、そのまた先輩もこの峠を攻めてたし、この辺の走り屋たちにとっては、もう庭みたいなもんだ
少し上ったところにあるパーキングに向かうと、見慣れたクルマが視界に入った
道側の、1台だけ横向きに止められるところに、白いR32のGTS-t TypeMが堂々と止まっていた
「兄貴来てんのか」
そういえばガレージに車無かったな
俺には3つ上で同じく走り屋の、多田和輝という兄貴がいる
女の子によくモテる、いわゆるイケメンって奴で、尚且つ凄まじく速い
兄貴が出したこの峠のコースレコードはここ数年破られていない
俺が走り屋になったのも、兄貴の影響が大きい
どこをとっても非の打ちどころのない、高橋涼介さんタイプ
この32も、RB25のNEO6に載せ替えてあって、400馬力位らしい
パーキングに入り、クルマを止める
隣には、暗くても赫がハッキリと判るほど鮮やかなワインレッドのFD3S
間違いない、これはもも姉のFDだ
見たところ、それ以外にはクルマはなかった
俺がクルマを降りると
「お、来たなアキラ」
2つの影が近づいてくる
夜の11時ともなると、顔はほとんど認識できない、外灯の下に差し掛かると、ようやく顔が判る
といっても、クルマは2台しかなかったんだから、誰かは分かるけどね
その影の正体は勿論、兄貴ともも姉だ
そう、この2人、付き合っているのだ
「今日は和輝と2人きりの筈だったんだけど」
もも姉は不満そうな表情を浮かべる
「それは申し訳ないことをしたな」
「別に良いけど、ここは天下の公道だから、誰が来ても自由ってね」
おぉ、さすがお姉さん、器が広いです
3人で世間話をしていると、兄貴の32の話題になった
「和輝ってマニアックよね、GTの後何が付くんだっけ?」
「GTS-t TypeM、兄貴、何でGT-Rにしなかったんだ?」
「ただ純粋なFRが欲しかったのよ
GT-Rは4WDだから、ドリフトを多用するスタイルには向かないんだ」
「でもポテンシャルはRの方が上じゃないの?」
「そーそー、RB25じゃどんなにチューンしてもRB26には勝てないって」
「いや、意外とそうとも限らないぜ、Rは重いし、ツインターボだからかなりフロントヘビーで扱いにくいんだ、だから俺の32はシングルで、タービンも極力小さくて軽いものにしてる
それにアテーサは、基本はFRだから、4WDの状態からアクセルを抜いたときFRになっちまって挙動が安定しない
同じ4WDならフルタイムのインプやランエボのほうが良いしな」
「でもスカイラインって中途半端じゃないか?
どうせFRなら、スカイラインより軽いシルビアの方が有利だと思うけど」
「ほーう、俺よりお前の方が速いと、そう言うんですな?」
兄貴が不敵な笑みを浮かべる
「いや、そう言う訳じゃ・・・」
「よっしゃ、頂上からのダウンヒル一本勝負だ!」
兄貴はクルマに飛び乗り、頂上に向かって走り出した
もも姉の方に目をやると
「行ってきな、あたしはここにいるから」
どうやら行くしかないようです・・・
俺も慌ててS15に乗り込み、後を追う
お恥ずかしながら俺、今まで本気でバトルしたことがない
込み上げる不安の中、頂上に着いた、着いてしまった・・・
「よーし、久し振りにコースレコード塗り替えてやるかー」
兄貴はやる気満々だよ
うわーやべー
ちなみに、この峠には3つの注意すべき関門がある
1つ目は走り出してすぐの4連ヘアピン、ここでしくじるとなかなか追い付けない
2つ目は途中のスピードの乗るストレートの後のコーナー、ここは入り口から見るより曲率がキツいんだ
そして3つ目は、馬力が物を言うホームストレート、ここはSRじゃどうにもならない相手にはどうにもならない、パワーの足りないシルビアちゃんがちょっぴり恨めしい
「じゃ、0時ジャストにスタートな」
どうやらやるしかないようです
こうなったら、開き直ってベストを尽くすしかない、見てろ兄貴!ブチ抜いてやるからな!!
ピ、ピ、ピ、ピーーーン
スタートで置いて行かれてたまっかよ
トルクバンドで飛び出してやんぜ
抜群のクラッチミートで、俺のS15は矢のように進む
よしっ、ほぼ同時だ
最初のストレートは短く、一つ目のコーナーが迫る
ここで兄貴の32が前に出て、鋭い突っ込みで鮮やかにコーナーを駆け抜けて行く
どうやらさっきは余裕をかましていたようだ
このコーナーの次は、また短いストレートの後、第一関門、4連ヘアピンだ
兄貴より早く立ち上がり、ヘアピンに先に飛び込むしかない
目一杯アクセルを開けてヒール&トウでシフトダウンしてドリフトに入る
若干オツリが出たが、素早く加速体制に入る
2台並んだところでヘアピンが来てしまう
思いの外ストレートが短い
その時、前を走る32のリアが大きく揺らいだ
そういえば、さっきから兄貴は全てのコーナーを大胆なカニ走りで攻めている
おそらく、俺にとって初めてのバトルだということを考慮して、わざとロスのある走りをしているのだろう
それでも付いて行くのが精一杯だ
ヘアピンを抜け、中盤の勾配のキツいストレートに入る
ここからは軽量なシルビアが最も得意とするセクションだ
素早いシフトチェンジで一気に4速までブチ込む
加速にとても目が付いて行かない
でも確実に、32との差は縮まる
GT-Rと比べれば軽いとはいえ、1.5トン近い32ではブレーキングのことを考え、コーナーが近付けば早めに速度を抑えるのがセオリーなんだ
なんだが、兄貴の32は再び加速を始めた
アキラのS15を軽々とかわし、途轍もないスピードで次のコーナーに飛び込もうとする
「やめろ兄貴!曲がれっこねぇ!!」
そう、このコーナーこそ、曲率の錯覚を起こす第二関門だ
ストレートでスピードが乗るだけに危ない
初心者の事故が多いため、ルーキーキラーコーナーと呼ばれている
兄貴は素人じゃないからわかっていてのことだろうが、それにしてもオーバースピードだ
32は身を捩るようにリアを滑らせコーナーに向かう
「死ぬぞォ!!」
・・・一瞬、何が起こったのかわからなくなった
さっきまで目の前にいた32が、消えた?
S15を抜いた時から察するに、俺の倍近いスピードで侵入した筈、しかもほぼノンブレーキで
どんなに走り込んでも、反射的にブレーキは入れてしまうものなのに、あまりにもテクの次元が違いすぎる
命知らずな訳じゃない、自分のウデに自信があるからこそ踏んで行けるんだ
3つ目の関門まで行くまでもなく、勝敗は明らかだった
アキラがコーナーを抜けると、ずいぶんと先の方に小さく32のテールがあった
だが、そのテールは「お前はまだまだだな」と言わんばかりに、大きく見えた
「ははっ、負けたよ
兄貴は化け物だ・・・」
張りつめた緊張の糸が、ゆっくりと途切れるのが分かった
ふもとまで降りると、兄貴と32の姿はもうどこにもなく、駐車場にはもも姉の姿だけがあった
「お、帰って来た、おかえり」
「あぁ」
「まぁ事故らなかっただけ上出来じゃない?」
「それもそうだな」
こうして俺の初バトルは、完敗に終わった
でも、なんか忘れている気がするんだけど・・・