第8話 初心者プレイVS直結厨
時計回りの順番だとまずは兄の方、妹の方、そして大取は私が務めることになる。
私はこの自己紹介の重要性をよく理解している。
ギルドの自己紹介では性格というものが如実に現れてくる。
例えば面白い系を狙っている者はウケを狙った自己紹介をする。消極的な者は他の人と同じ内容の自己紹介をする。自己主張の強い者は誰も聞いていないこと、誰も興味のない内容をペラペラとしゃべる。
「ええっと。一応レベル七十四のナイトをしている『山田』です。これからよろしくおねがいしますね」
兄の方は実に詰まらない自己紹介をした。なんと愚かな…………、そのような在り来たりな自己紹介で他人の興味を惹けると…………。
「「「「「おぉー」」」」」
「ナイトで七十越えは凄いな!」
「これでギルドハントでも二パーティー結成できますね」
「むしろもう内藤さんいらないんじゃないっすか」
「あははっ、このやろう!」
盛り上がっている……だと!?
そんな馬鹿な!今のどこに盛り上がるような要素があったというのだ!
私の驚きを置いて次は妹が自己紹介をした。
「レベル3メイジの『藍』です。今日からお兄ちゃんに誘われてレガリアオンラインを始めました。既に知ってる人もいるとは思いますがこの『山田』が私のお兄ちゃんです」
この妹の方…………できる!
自己紹介にさりげなく初心者アピールするだけでなく、中身の性別アピールまで盛り込んでくるとは……、私のやろうとしていたことが全て取られてしまったではないか!
くっ!このまま二番煎じになってしまっては印象が薄く消極的な人間と思われてしまう!
す、少しでも時間を稼いで考え直さなければ……。
「し、しかし『山田』に『藍』か……。まさかとは思うが妹の方の本名が山田藍ということはないだろうな?」
私は咄嗟に苦し紛れな適当なことを言った。
ネットゲームの世界ではリアルネームをキャラクターネームにする者はほとんどいない。
特に日本では匿名性が重要視されているからだ。
それが兄妹揃ってリアルネームをそのまま使っているわけがないのだ。
しかし、事態は私の予想を大きく裏切る事となった。
「え?そうだけど?」
「「「「「!!!!!!」」」」」
なん……だと……!?
この女、どれだけネット初心者なのだ!
ネットの世界で不特定多数に向けて実名を出すなど今の日本では考えられないぞ!
咄嗟に兄の方を見ると「しまった」という表情をしている。
馬鹿なのか!もしかしなくともこやつら馬鹿なのか!
しまったではないだろう!気づけ!そんなものはゲームを始める前に気づいておけ!妹の方ならまだしもお前は一体何百時間このゲームをやってきたのだ!
暢気に胸を押し付けられて鼻の下を伸ばしている場合ではないだろう!
「ねぇねぇもしかして学生さん?ネットゲームとか初めて?」
「俺関東だけどどこに住んでるの?」
「いつでも声掛けてくれたら狩りとか手伝うよ」
「え、あの……」
さっそく妹の方へと男たちが蟻のように群がっていた。
なんと欲望に忠実な者たちだ。
いや、恐るべしは本物の初心者といったところか。
しかしこれほどに女を求めておる者たちならば、私でもちやほやされることは容易だろう。
クックック、むしろそれが分かっただけでも今回のことは好都合ではないか。
よし、今こそ妹に便乗するときだ!
「奇遇だな!実は私も今日はじめたばかりでモモコという名前は本名なのだ!」
もちろん全部嘘ではある。
しかしそんなことは分からない!こういうものは言った者勝ちなのだ!
私がそう言うと妹を取り囲んでいた男たちが一斉にくるりと私の方を振り向いた。
「「「「あ、そうですか」」」」
そして再び男たちは妹の方へ向きなおして話しかけはじめた。
関心を惹けない、だと!?
なんということだ……。
やはり私では本物の初心者に勝つことはできないのか……。
まさか本物の初心者と一緒に入ってしまったのが最大の過ちだったとでもいうのか!!!
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「あ、あの、モモコさん」
「何だ。山田」
「その、モモコさんも(あざとすぎるくらい)可愛いと思いますよ。」
山田の背中に後光が輝いて見えた。
神は私を見捨てたわけではなかった!
やはり分かる人は分かるのだ!!!
「そうか!ついに私も直結厨の関心を惹くことができたのだな!やはりこの姿にして本当に良かった!ネットゲーマーにロリコンが多いという情報は間違いではなかったのだ!」
顔を上げるとみんながぎょっとした顔で山田のことを見ている。
その隙に男たちから抜け出してきた妹がこちらへと駆け寄ってきた。
「お、お兄ちゃん……、オタクだとは思ってたけどまさかロリコンだったなんて……」
「ち、違うんだ、藍!そういう意味で言ったわけじゃ……」
「ところでモモコさん、そのチョッケツチュウとは何ですか?」
妹が山田と距離を取りつつ、聞いてきた。その距離約二メートル。
「ふむ。直結厨とは漢字で直結接続の直結に厨房の厨と書く。言葉から意味を察するのは難しいが、要はネットの世界で過剰に異性との出会いを求め、交流しようとする者がそう呼ばれておるのだ。その手の者たちはあまりにも行動が露骨であるため、一般のプレイヤーから毛嫌いされる傾向にもある」
「お兄ちゃん、いくら現実で恋人が出来ないからって…………」
妹が山田とさらに距離を取った。その距離約四メートル。
「違うよ!僕はネットで異性との出会いなんて!」
山田が必死になって否定した。
「そうか。もし直結厨であるならば山田と相性の良い女を見つけたときには仲を取り持ってやろうかとも思っていたのだが、無用な気遣いであったようだな」
山田は良い奴だ。
私は男たちにちやほやされることを目指している。が、それと同じくらい山田は彼女を欲しているのかと思っていた。
それに今まで彼女がいなかったというあまりにも不憫な歴史を聞いてしまっては、同情するなという方が無理な話だ。
しかしどうやらそれも私の考え違い……
「全く求めてないかと言われたら否定することはできないけど……」
「お、お兄ちゃん……」
ではなかったらしい。
そしてさらに妹との距離が開いた。これ以上は計測するのも酷というものだろう。
しかしそこへ待ったを掛ける人間がいた。
「では私はそれよりも早く攻め側の男性を見つけて山田さんとの仲を取り持ってみせます!」
そう、乙女である。
「やめてください!本当にやめてください!」
山田が必死になって懇願するが、乙女は完全にそれを黙殺する。
「ふむ、では私と勝負するというわけだな」
「ふふっ、いいでしょう!モモコさんであれば相手にとって不足はありません!」
乙女の目を見る。本気だ。ちょっと怖い。ふぅ……、落ち着け私。
「ここは潔く負けを認めよう」
「モモコさん!?あ、諦めないでください!お願いします!このとおりです!」
泣き喚きながら山田が足にしがみ付いてきた。
「ええい離さんか!乙女が人生を捧げている目標に勝てるわけがないだろう!私は山田に彼女ができるかどうかを第一目標にするわけにはいかんのだ!」
私の第一目標はあくまでも私がちやほやされることなのだから!
「そんな!それじゃあ僕の貞操は!?」
「何を言っておる!そんなもの自分で彼女を作れば良いだけの話ではないか!」
「二十二年間掛けてできなかったものがどうして今になってできるんですか!」
山田は二十二歳|(童貞)であることが判明してしまった。
この兄妹は自分たちの個人情報を露呈するのが趣味なのか!?
しかしそれでも私は情けをかけてやるわけにはいかない。
「道理だな。諦めて乙女の夢の餌食となるがいい」
「いやだあああああああああああ!!!」
「ほれパスだ」
私は足を巧みに操って、乙女に向かって山田を蹴り飛ばす。
そこへ待ち構えていた乙女が山田を捕獲する。
「さぁ山田さん。その類稀なる受け役としての才能を開花するときが今来ました。是非みんなの夢であるBLの三次元浸食を……」
ふぅ……。これで厄介事は片付いたか。
そして山田が十分に離れたのを確認した妹が、再び近くに寄ってきた。
「しかしモモコさんって初心者の割に色々と詳しいですね」
「…………た、たまたま今回の事はウィキペディアで読んで知っていたのだ!私も初心者だからな!初心者ならば前もって勉強しておくのが当然であろう!妹よ!お前も自らが初心者であることを自覚して勉強に励むのだ!!!」
「え、う、うん……………………うん?」