第7話 初心者的自己紹介 その一
「それではまずギルドについて説明したいと思います」
内藤の呼びかけによりこの場にいなかったギルドメンバーたちが続々と集まってきた。
「ギルド名は『自由の翼』。メンバー数は新しく加わった人を入れてようやく十一人になりました。一応ギルドルールというものがあるので目を通しておいてください」
そう言って内藤は新規メンバーである私たちに羊皮紙を手渡した。
羊皮紙とは好きなことを書き記すことのできるアイテムである
そしてそこにはギルドルールが書き記されていた。
ギルドルール
1.ログイン、ログアウト時には挨拶をしましょう。
2.悪意のあるPK、MPK、または詐欺等の迷惑行為は禁止です。
3.ギルドハントには積極的に参加しましょう。
4.ギルドマスターは大切にしましょう。
「ふむ、これくらいならば簡単に守れそうだ」
「モモコさんに四番目は無理じゃないですか?」
「何を言うか妹の方。見てのとおり私は人を大切にする人間だぞ。とはいえこの四番目は恐らく冗談のつもりなのだろう。本来であれば『ギルドメンバーを大切にしましょう』と書くはずだったところを、場を和ませるためにあえてこのように書いているに違いない。実に難い演出ではないか。私はどうやらまだあの内藤という男を見誤っていたようだ。自分を犠牲にしてまで気配りのできる人間などなかなかいるものではない」
「そ、そうなのかな……」
妹の方が疑いの眼差しを向けてくる。どうやら私の言うことが信じられないようだ。仕方がない。詳しく解説してやろうではないか。
「当たり前だ。そもそも本気でギルドメンバーに自分のことを大切にしてくださいなどと言う人間がいるはずがない。いや、百歩譲ってそのような矮小な人間がいたとしても、そんな小者にギルドマスターなどという重責が勤まるはずがなかろう」
「そ、そう言われればそうかも……」
「あ、あの、モモコさん」
兄の方が遠慮がちに私の肩をちょんちょんと突付いた。
「なんだ。兄の方」
「内藤さんが……」
兄の方に言われて内藤に目を向けると、虚ろな目をしてどこからともなく取り出したロープで首を括ろうとしている。
「どうせ僕は生きる価値のないミジンコさ。ハハッ、そりゃあこんな小者じゃ大成できないし、彼女もできるわけないよね。もうゴールしていいかな」
「ちょっと待て!」
その言葉は聞き捨てならないぞ!
「モモコさん…………」
内藤がなぜか希望にすがるような目で私を見る。いや、ここは内藤のことを気にしている場合ではない。
「さすがにそれはミジンコに失礼ではないか?」
「…………欝だ、死のう」
「モ、モモコさんなんてこと言ってるんですか!」
「いくらなんでもそこまで言わなくとも……」
「いやいや、酷いのは内藤だろう。内藤に生きる価値があるかないかは私の知るところではないが、ミジンコに生きる価値がないという考え方は間違っていると私は思う。ミジンコは私たち人間からすれば確かに取るに足らない生物に見えるかもしれない。しかし、ミジンコと言えど自然界の中でしっかりと己の役割を果たしているのだ」
「そうだよね。モモコさんってそういう人だよね」
「つ、つまり俺はミジンコ以下ってことに……」
「何を言っている。私はお前のことを評価しているのだぞ。例え生涯恋人ができなくともお前にはその持ち前の謙虚さとユーモアがあるではないか。自分を卑下することもミジンコを卑下することもない。是非その心を忘れないで欲しい」
「忘れさせてください。4番目の項目を作った自分と恋人できない自分をどうか全部忘れさせてください……」
「マスター。いつまでも落ち込んでないでさっさと進行してください。わざわざ全員が集まってくれているんですから」
そう言ってにっこりと微笑む乙女の目は相変わらず笑ってはいなかった……。
「は、はい……。では気を取り直しまして、次は自己紹介に移りたいと思います!」
「わーぱちぱち」
「では俺から右回りに行きましょう。まずは俺から……、ギルド『自由の翼』のギルドマスターをしている『内藤』です。レベルは六十三で職業はナイトをしています。まだまだ及ばないところも多々ありますが、これから皆さんと共に少しずつ強くなっていけたらと思っています!」
「謙虚だな」
「謙虚ですね」
「謙虚です」
「謙虚だけです」
「うるさいよ!次!」
そして次は乙女の番となった。
「では次は私ですね。不本意ながらギルドのサブマスターをしている『乙女』です。レベルは六十でプリーストをしています。特技は『生かさず殺さず』です」
そう言って乙女はにっこりと笑った。
なんだ『生かさず殺さず』とは。長年このゲームをプレイしているが、そんなスキルも技術も聞いたことがないぞ。
私が乙女の発言を考え込んでいると、妹の方が手をあげて聞いた。
「あの…………『生かさず殺さず』って何ですか?」
「ああ、それはね……」
内藤がとても暗い顔をして説明を始めた。
「乙女さんはほら……その、アレだから……、死ぬ寸前にならないと回復してくれないんですよ……」
な、なぜそんなことを……。
「だって男の人たちが瀕死になったりすると、お互いに庇い合うBL的恋愛イベントが発生するかもしれませんでしょう?ですから常に瀕死の状態を維持するようにしているんです」
「ないから!そんなイベント!」
「えー」
と、つまらなそうに口を尖らせる乙女。
「つまりそれが『生かさず殺さず』か……。ある意味凄い技術だな」
レガリアにおいてデスペナルティは決して軽いものではない。経験値が下がってしまうのはもちろんのこと、最悪装備品をドロップしてしまう可能性すらある。
つまり仲間を死なせてしまえば、ヒーラーとしての信用を失い、恨みを買う可能性さえもある。
そのような状況で自分の欲望のためにあえて瀕死を維持するなど、よほど自分の技術に自信がなければできないことだ。
しかし、この私の考えを内藤は苦笑いをしながらあっさりと否定した。
「とは言っても乙女さんも操作ミスすることがあるみたいで俺とかときどき死ぬんですけどね」
「…………ダメじゃないか!」
「だって今際の際には感動で泣けるようなBL的恋愛イベントが発生するかもしれませんでしょう?」
全員(((((か、確信犯!?)))))
自分のやっていることに何の迷いもない笑顔で言いきりおった!
お、恐ろしい女だ……。
自身の目的のためならば仲間さえも犠牲にする。
しかしその貪欲さは私も見習わなければならない!
手を緩めたところで初心者としてちやほやされなければ何の意味もない。
そう、例え何を犠牲にしたとしても!
「じゃあ、次は剣太かな」
「いやいや、今俺の順番が飛んだっす!」
と、どこからともなく声がした。声のしたところを目を凝らしてよく見てみるとそこから影無の姿がうっすらと浮かび上がってきた。
「「「「「「あ、いたんだ」」」」」」
「最初からずっといるっすよ!」
「影無さんは名前のとおり影が無ければ花もないアサシンです。レベルは七十と無駄に高いですが、みんなに忘れられてよく死体になって転がっています。そして私はそれに気付いたとしても見なかったことにしています」
「気づいてたんすか!せめて生き返らせて欲しいっすよ!」
さすがに自前のステルスもモンスターは見逃してくれないか。とは言え恐らくステルスを無効化する魔法も発動したところで影無には効果あるまい。まさに対人に特化したプレイヤースキルと言えるだろう。
しかしその代償も計り知れないようだ。
「そろそろ認識できなくなってきたので次にいきましょう」
「あ、あんまりっす。せめて自分で説明したかったっす……」
可哀想に…………。しかし私もそろそろ認識できなくなってきた。
認識されなければちやほやされることもないだろう。私にあのプレイヤースキルがなくて本当によかった。
そして自己紹介は着々と進み、ついに新人である私たちの番になった。