第5話 貴腐人の乱
「「「「「…………え?」」」」」
さきほどまで大人しくニコニコしていたヒーラーの女が突然豹変して大声をあげたのだ。
そしてまるで人を殺せそうな目で私を睨みつけたかと思うと、ふっと思いだしたかのようにまた笑顔へと戻った。
「あ、いえ、すみません。突然大声を出してしまって。でもごめんなさい。それだけは宗教上の理由から認めることができないんです。モモコさん……でしたか。今のような軽はずみな発言は二度としないでくださいね」
そう言ってニッコリと笑う女の目は全く笑っていなかった。
「そ、そうか。宗教上の理由であれば仕方がない。以後気を付けよう……。いや、気を付けさせてください」
しかしなんだ、このじわじわと込みあげてくる恐怖心は……。まるで真夜中の古い校舎にひとり取り残されたかのような怖気が……。
「マスターさんも……分かっていますよね?」
ヒーラーの女……キャラクターネーム『乙女』の恐怖を煽る笑顔に、内藤はガクガクと首を縦に振った。
「他のギルド探そうか…………、お兄ちゃん」
「そうだね…………」
兄妹たちが遠い目をして言った。
しかし……。
「逃がしませんけどね?」
まるで淀みのない熟練された動きで乙女が兄の方の腕に絡みついた。
両腕でがっちりを抱え込んで抱き締めているため、胸の形が変形するほど押し付けられている。
「え!?あ、あの!あ、ああああああ、当たってます!」
「申し訳ありません。こんな無駄な脂肪を押し付けてしまって。しかも私は中身も男ではないので不快極まりないですよね」
「そ、そそ、そんなことは…………」
「分かっています。本来であればあなたの腕は逞しい大胸筋に抱かれるべきだということは」
「は…………?」
「あなたのような逸材を逃してしまっては生涯の汚点となることは明白です。どうか何も言わずにギルドに入ってください」
「ええっと……」
「大丈夫です。うちのギルドの男たちは優しい人ばかりですから。きっと大事にしてくれます」
「それはギルドメンバーとして…………ですよね」
「…………………………………………もちろん」
「なんですか今の間は!!!」
「大丈夫です。最初は私も立会いますから」
「それは紹介するときの話ですよね!?」
「さぁ、さっそくマスターにジョイン…………ゴホン、マスターからの入団申請に承諾してギルドにジョインしてください」
「今物凄く怖い言葉が聞こえたんですけど!?」
「それはもしやご自身の持つ期待が幻聴となって聞こえてきたのでは?」
「さらっと怖いこと言わないでください!」
唐突に物凄い勢いで勧誘を始める乙女。含みを持たせた言い方が気になるが、悪手ではないだろう。実際に男を勧誘する場合、女プレイヤーが勧誘した方が成功率が跳ね上がるという統計結果が出ている。なぜか私には当てはまらなかったが。
「そうです!うちの兄はただでさえ二十歳超えても童貞なのに、初体験がお、おお、男の人とだなんて…………ふ、不潔です!!!」
妹の方は相変わらず兄のとんでも情報を暴露しながら、乙女を兄から引き離して庇うように立ちはだかった。
そしてその様子を傍観している内藤を睨み付けて一言。
「私たち、ホモのいるギルドには入りません!」
「え…………え!?お、俺!?」
内藤が不名誉な称号を与えられ慌てふためいた。
可哀相に。これだからすぐに感情的になる女はダメなのだ。私のようにもう少し客観的に物事を見れるようになれば落ち着きも出るだろうに。
ふぅ…………仕方がない。ここまで関わってしまった手前、私が内藤の不名誉を返上してやろうではないか。
「おい、妹の方」
「な、なんですか?」
妹が私に対して身構える。ふむ、一応警戒心があるのか。
「もっと良く観察しろ。この男はホモではない」
そう言って私は内藤を指差した。
「モモコさん……」
内藤がまるで感激したかのように目を輝かせながら私を見る。大丈夫。私はお前の味方だ。
「見てのとおり謙虚であること以外に誇るものがない平凡な男ではないか」
「え゛」
「確かに若くもなければ、恋人と呼べる女がいるようにも見えない。しかしこのように平凡な男がホモであるはずがなかろう。未だに同性愛に対する世間の認識は厳しい。そのような困難な道のりを歩めるような大それた男に見えるか?見えないであろう?心の底では恋人が欲しいと願いつつも行動を起こすことができない。この者はそんな憐れな男なのだ」
「うわああああああああああああああああん!!!」
内藤が感激のあまり涙を流しながら走り去っていってしまった。
私は妹の方へと振り返る。
「分かってもらえたか。妹の方」
「う、うん。分かったからそのどや顔やめよう?可哀相だから。ね?」
「誤解が解けたようで何よりだ。では二人がギルドに入るということで問題はないわけだな」
「問題……ない……のかな?」
「確かに表面上はないような気もするけど……、乙女さんの視線を受けているとなぜか寒気が……」
「あー、それは深く考えない方がいいっすよ」
「「…………………………………………誰だ?」」
私と兄の方の言葉が重なった。
いや、ちょっと待て。そういえば妹の方をギルドに勧誘していたのは最初三人だったような……。一人はナイトの内藤。一人はヒーラーの乙女。そしてもう一人は確かアタッカーらしき男……。
「ひ、酷いっす…………。俺ずっとここにいたっすよ…………」
プレイヤーネーム『影無』
「すまない。あまりにも存在感がなさ過ぎて私の認識から抜け落ちていた」
「鬼っすか!」
「しかしそれもお前を見れば納得できる。熟練されたアサシンクラスであれば、存在感を消すアクティブスキルを持っていてもおかしくはない」
「何で勧誘中にそんなスキルを使うんすか!」
「なに?ならばパッシブスキルだと言うのか。しかしそんなスキルは聞いたことが…………ゴホンッ、いや、ゲームを始める前に初心者として攻略wikiを見たのだが、そんなスキルはどこにも載っていなかったとおもってな」
「スキルじゃないっすから!」
「ならば装備か?それにしても凄まじい効果だな。こうやって目の前にして話をしていても、時折認識から外れる。まるで背景に溶け込んでいくかのようだ」
「背景に溶け込むような平凡顔で悪かったっすね!」
「そうなんですよ。ギルドハント中もすぐに認識からいなくなってしまって、誰にも守られず回復魔法もかけられなくていつの間にか死んでるんですけど、誰もそのことに気づかないからそのまま解散したりなんてことが良くあるんですよ。あははっ」
と、心底おかしそうに笑う乙女。そしてそれにドン引きする兄の方。
「それ……笑いながら言うことじゃないと思うんだけど……」
「あんたいい人っすね!」
「なるほど、ここで愛が芽生えるわけですか。ご馳走様です」
そう言って乙女は舌なめずりをした。
その瞬間兄の方が影無と距離を取る。
「ごめん、半径二メートル以内には近づかないでくれいなかな」
「酷いっす!?」
完全に打ちのめされた影無は地面に項垂れてしまいさらに認識しずらくなった。
「いいんすよ……。いつかきっとそんな俺のことを分かってくれる優しい女の子が現れてくれるはずっすから……」
「影無さん……」
「藍さん……」
「その現実味のない妄想が生涯実現されないことを悟るときが来てしまったとしてもお兄ちゃんには近づかないでくださいね」
「あんまりっす!」
お気に入り登録と評価ありがとうございます。
一人称にしては少し分かりにくい文章かもしれませんが、雰囲気を楽しんでいただけたらと思います。