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水の亡国  作者:
第三項: 水晶の都
4/46

二: 魔法使い ベルンミネクス・ヴィヴィー inハイロリア

自由を得たくば、自ら走れ。






 かぁ、という(カラス)の鳴き声が響き渡る。 

 その声は生気のない都に木霊し、ようやく生命の存在を認識させた。

 砂塵を舞い上げる風は、ひどく静かで冷たい。

 夜明けの薄靄(うすもや)色に沈む景色の中、その国は身じろぎひとつせずに佇んでいる。

 遥か昔、廃王によって失われた国だ。中心に巨大な城を抱き、その周りに城下町が広がる、美しかった国。

 かの国は王の狂気により“水”を溢れさせ、そして“水”に溺れたという。

 今は“水”によって変質した都は、今か今かと生者を待ち望んでいた。

 それは生命の源、“水”を得るため。

 魂から“水”をこぼれさせた異形の者たちは、空の器を満たすため、生者の魂を待ち望む。

 水の檻を纏った国の名は、人々の口にのぼらなくなって久しい。

 水の名を冠するその国の名は、




――亡国アクリアル。









――いにしえのハイロリア 入り口


 ベルンミネクス・ヴィヴィーの前には、底知れぬ水櫃が広がっている。


 一歩先すら見えぬ闇の中。だが彼女には、それが”水”だと分かる。光の差し込まない情景で、水櫃の中身だけが、透明な月色に煌めき揺れていた。

 ほの白い両手を伸ばし、水面に差し入れる。冷たいとも温いとも思わない、静謐な”水”。ヴィヴィーはそこに、暗く灯る「火」を視る。

「まどろみの中から、浄化の炎へと」

 この世の万象を含む”水”へと告げ――ヴィヴィーは、一気に手の中にそれを掬いとった。





 開けた目に、太陽よりも輝く炎が映り込む。

『焼き尽くせ!』

 魔法使いの裂帛の命令を受けた炎は、大蛇の姿をとると五匹の餓鬼を飲み込んだ。

「ギャッ!」

 餓鬼は大きく叫ぶために口を開くが、肉を溶かす炎に声が続かない。餓鬼たちは瞬く間に焼け焦げ、溶かされ、動かなくなった。

 残された死体を、ヴィヴィーは振り返らない。彼女はただ前だけを見据えた。

「あの鎖、何処から伸びてるのよ」

 その視線の先には、錆びた鉄の鎖が地から天を繋いでいた。



 全てを飲み込む、水の亡国。

 既に多くの騎士や戦士たちが檻へと挑んだらしいが、誰ひとりとして帰って来ず、“水”は広がりを続けるばかりだという。

 その話を聞いた際、ヴィヴィーの脳裏には「面倒」の二文字だけが浮かんだ。

 ヴィヴィーは北の森に住む、ごく平凡な魔法使いだ。魔法が邪悪と蔑まれる世で、森にある村は格別に住みやすい場所であった。魔物が跋扈(ばっこ)する森では、ヴィヴィーの魔法が欠かせなかったのである。



 村人たちはヴィヴィーを頼る。ヴィヴィーは住む場所を得る。まことに良い協力関係だった。

 ヴィヴィーは人付き合いの良い女ではなかったが、村人を害するものは積極的に排除した。だから村人たちはヴィヴィーの存在を黙認し、住むことを許し、時折食べ物のおすそ分けなどもしてくれたのである。

 それをぶち壊しにする”水”は、敵以外の何者でもない。

 近頃は“水”の出現により魔法を忌避する風潮が再燃し、聖者による魔女狩りなども行われるようになったのだ。

 ヴィヴィーには魔法と聖法の争いなどどうでも良い。だが彼女にとって魔法は彼女そのものであり、正直聖法より優れているとさえ思っている。

 自らの生活を脅かす者は、全て排除する。

「ちょっと蒸発させてきます」

 そう言ってヴィヴィーは、水の亡国へと殴り込みをかけたのだ。





――ハイロリア 西の発掘場


 白雪の街と呼ばれたハイロリアは、水晶の名産地だった。

 岩場から生える、不透明色の水晶。今はまだ濁った白だが、磨けばすぐに清冽な輝きを取り戻すだろう。

 数十メートル四方もある発掘場は、とりどりの大きさの水晶で美しく飾られていた。

 放置されたトンカチやピックルが、かつての大国の繁栄を思い起こさせる。


 その鈍い輝きの中、ひとりの魔法使いが黒のスカートをはためかせて立っていた。

 小さなモノクルを鼻にのせた、白い細面の女だ。切れ長の目は薄い茶色で、擦り切れた帽子からこぼれる長い髪は絹糸のような黒髪。スカート同様真っ黒な外套を羽織り、茶色の肩掛け鞄を無造作に掛けている。腰には小さな装飾剣を挿していた。

 

 魔法使いの女は、小さく息をついて松明に火を点ける。

 ぼうと浮かび上がる水晶の発掘場。じゃり、と白砂を踏み締め、ヴィヴィーは周囲を見渡す。

 採掘途中だったのか、中途半端に開けられた穴、補強用に組み立てられた木々、休憩小屋の中に残された小さなカップ。

 ヴィヴィーはつかの間茫洋と佇んだ。

 頬を撫でる冷風が、空へと流れるのを感じた。

 うっすらとした霧が寂しげな家々を覆い、(カラス)の鳴き声が遠くから聞こえてくる。

 遠くに見えるガラクタのように積み上げられた家々。王城のある場所と橋で繋がれた街には、多くの石造りの家が建っている。中央の広場を円形に囲んで出来た街は、かつての白さなど見る影もなく、褪せた灰色を纏っていた。

 その場所にぽつんと立つと、途端に恐ろしい不安が襲ってくる。

 まるでこの世界に、一人取り残されたかのような感覚。ただ襲い来る餓鬼や罠だけが、皮肉にも心から孤独を取り去るのだった。



 音に聞きしハイロリアは、灰色の霧たなびく物寂しい場所であった。

 過去の繁栄など見る影もなく、時の残酷さを思い知らされる。

 いや果たして、この荒廃は時だけに因るものか?

 ヴィヴィーは頭上を見上げる。空を映さない水が、亡国を覆っていた。

「忌々しい水だわ」

 わざわざ出掛ける理由となったものを見つめ、ヴィヴィーの口から愚痴がこぼれる。薬士を目指すわけでもない、魔法の腕を磨こうとも思わない彼女は、基本的に出不精だった。


 それでも彼女は、挑まなければならない。宙に浮かぶ王城に。他人の手柄を待ち、事態をただ座って見守るのは、ヴィヴィーの本質に合わないのだった。


「にしても、誰にも会わないわね」

 噂によれば、この鉄壁の檻へ向かった人間は結構いるはず。ヴィヴィーは細い風の音だけを返す光景を見つめ、しばし逡巡する。

「中央に行けば、誰かに会うかしら?」

 数匹の餓鬼が、ヴィヴィーへと歩み寄ってきていた。餓鬼たちはいずれもこの世のものでない容貌だ。しかしその手に持った武器から、この街の住人だったのではないかと思われた。ヴィヴィーは頭上の”水”を一瞥する。あれが、全てを異形へと変えたのだ。

 生み出した炎で餓鬼を焼き払い、女は街の中央を目指した。





――ハイロリア 中央広場


 都の中心に位置する、白石を積み上げて出来た噴水。

 水の枯れた噴水の周囲には、死んだ人間しかいなかった。

 最も新しい遺体は金の鎧を身につけており、風貌からしても腕の立つ騎士であったことが窺える。手足を投げ出し事切れた兵士。ローブを引き裂かれた女性の死体。それらが静かに噴水を取り囲み、一種のオブジェのようになっていた。

 金鎧に結わえられたリボンが、ばたばた、と風に揺れている。

(いいえ、待って。ここでこんなに人が死んでいるのは何故?)

 金の鎧は所々が溶けかけている。ヴィヴィーははっとして、意識を深淵へと沈ませた。


 



 闇に浮かぶ、透明な水櫃。

 しじまに満ちる中身は、温度のない”水”。

 水櫃の淵に立つヴィヴィーは、今度は「風よ!」と鋭く叫んだ。





 ベルンミネクス・ヴィヴィーは魔法使いである。

 そして水櫃から万物を取り出す業が、災禍の力と呼ばれる魔法の正体だ。


 水と火、風と大地、氷と雷、悲哀と喜び、怒りと幸福…。

 この世には分かち難い種々の性質があり、全てはそれらによって構成される。

 そして全てが集い混じれば、”水”となるのだという。


 深淵の水櫃とは、全てが生まれる場所のことだ。

 全てのものはそこから出づるが、稀に生まれ出る前、深淵に落ち戻ってしまう者がいるという。

 その者たちは生まれた後も深淵を訪れることが出来る。というよりも、ふとした瞬間に深淵へと意識が向く。

 そして気づくのだ。水櫃の中身がなんであるかに。


 水櫃の”水”は全てだが、それでも人間の認識には限界がある。だから大概は性質の中からひとつだけ見出し、それを認識とするのだ。

 そして水櫃の中に手が届く者は、”水”を掬いとることが出来る。

 掬いとった水は、大きな力となるだろう。単なる(いち)性質ではない、全てのものの集合体は、掬い手の糧となる。

 魔法使いは、そうして魔法を行使する。




 開いた双鉾に、荒れ狂う風が見える。

 実際には、掬いとれる”水”の量には個人差がある。ヴィヴィーは両手の平に入るほど。中には淵の外に落ちた者もいて、そういう人は深淵を訪れることは出来ても、魔法を使うことは出来ない。反対に完全に”水”の中に落ちてしまっている者もいて、無尽蔵に”水”を使える彼らは忌避され続けてきた。それこそが魔法が災禍とされる理由なのだ。

 幸運にもそうではないヴィヴィーは、魔法使いとしての格は中くらい。その昔賢者アムルが魔法の体系化を行ったらしいが、ヴィヴィーは寡聞にして知らない。興味もない。だから彼女はいつも得意の炎魔法を使い、全てを焼き払ってきた。



 ――しかし。

 嵐のような風音に、全くかき消されることのない羽音が混じる。

 真っ黒な影が地面を塗り潰すように広がっていく。ヴィヴィーは舌打ち混じりに空を見上げた。 

 視界を塞ぐ威容。まばたきを許さぬ圧倒的な存在感。翡翠の鱗は淡くきらめき、堅い筋肉に覆われた四肢は揺るぎない力強さを見せつけている。微かに開けたアギトからは鋭い歯が見え――咀嚼すべき獲物を探すかのように、白く細い息を吐く。

果たして、そこには、炎の化身たるドラゴンの姿があった。

「……最悪」

 死の危機を前にしてなお、賞賛したくなるほどに優美な生物だ。ドラゴンは美しく、戦闘能力が高い。そして誠に誠に喜ばしいことに、ヴィヴィーの十八番(おはこ)、炎魔法の担い手でもある。「炎」の性質から生まれたというその生物には、あらゆる炎の攻撃はきかない。つまりいつもの方法ではドラゴンを回復するばかり。

 仕方なしに風魔法を呼び出したが、餓鬼数匹なら軽く吹き飛ばせる風でさえドラゴンにはそよ風でしかない。

  


「冗談じゃない、逃げる!」

 即決。

 ヴィヴィーは風を操作し、先手必勝と空を飛び遠ざかろうとした。

 視界を掠める風にドラゴンは目を細め――不埒な侵入者を消し炭にしようと、大きな口を開いた。

 予想していた事態に、ヴィヴィーはなるべく自分を遠くに飛ばそうと風を手繰る。

 だがドラゴンの口から放たれた炎は、ヴィヴィーの予想を越えて広範囲へ広がった。

「なっ!」

 いにしえの地を守る炎の王者。そしてここは王者の住処たる都。ヴィヴィーよりも深淵の加護を受けていることは、間違いなかった。

 皮膚を溶かす熱波が迫る。ヴィヴィーは大きく目を見開いて無駄なあがきを続けようとし――宙を舞う細い身体を、逞しい腕が抱きとった。

 ヴィヴィーは瞠目する。ヴィヴィーを抱えているのは、紅の鎧をつけた男だった。

「案ずるな、私が助ける」

 緑がかった黒髪の男は、底抜けに明るい表情を浮かべると疾走を再開した。巧みに障害物を利用する男は、瞬く間にドラゴンの視界から逃れてしまう。

 


 街の南側の住宅街で降ろしてもらい、ヴィヴィーはほっと息を吐く。広場上の空でドラゴンが旋回しているのが見えた。

 荒れた石造りの部屋の椅子に腰掛け、ヴィヴィーはしどろもどろ頭を下げた。

「あ、ありがとう…なんと礼を言ったら良いか」

「気にするな、私が勝手にしたことだ。それに、お互い助け合わねばならんからな」

 あはは、と照れ臭そうに笑う男は、クレスランスと名乗った。街を転々として生きてきた、流浪の戦士だという。

「心の清い人ね。でも、見返りは欲しいんじゃなくて?」

「そういうつもりで助けたのではない。だが強いていえば…そうだな、今度私が困っていたら助けてくれるくらいで構わない。勿論そちらの命を優先してな」

 詮索するつもりで言えば、汚れを知らぬ眩い笑顔が返ってくる。何故か己の荒んだ心を急に認識したヴィヴィーは、軽く口を引き攣らせながらクレスランスに訊ねた。

「クレスランス、貴方は何をしにここに来たの? まぁ私も大した理由じゃないんだけど」

「皆を守るためだ!」

「はぁ?」

 思わず眉根を寄せ、馬鹿にするような声音を出してしまったヴィヴィーは、慌てて表情を取り繕った。クレスランスは大して気にした様子もなく頷く。

「クレス、またはランスと呼んでくれて構わないぞ。私は皆を守るためここに来た。行く街行く街皆不安そうでな。だから皆を元気付けるため、元凶たる亡国を倒そうとここまで来たのだ!」

 前言撤回。こいつはただの馬鹿だったようだ。



 早速男を『馬鹿』と心の中で呼ぶことにしたヴィヴィーは、ざっと魔法で彼を治療することにした。

 治癒の魔法は、『慈愛』などの性質を取り出さなければならない。自分とはかけ離れた性質は取り出しづらく、ヴィヴィーは悪戦苦闘しながらも男の傷を癒す。

「……こんなもんかしら。悪いわね、治癒は苦手なのよ」

「そんなことはない。有り難いぞ、私に魔法は使えないからな!」

 およそ負の感情をもたない笑顔に、さしものヴィヴィーも毒気を抜かれてしまう。

 ひどく調子が狂うが、まずは当面の指針を考えなければならない。

「で、問題はどうやったらあの鎖に辿り着けるかなんだけど。街の北側から伸びてるみたいだけど、そこに行くには必ずドラゴンの視界に入らなきゃいけないのよね」

「そのようだな。ちなみに聞くが、ドラゴンと戦ったことは?」

「ないわよ」


 彼女の住む森に現れる魔物は、巨大な狼や蛇ばかりだった。火力だけはあるヴィヴィーの敵ではなかったが、戦闘技術という点では目の前の男に一歩も二歩も劣るだろう。

「こっそり行く、これしかないだろう。なに、ヴィー殿の魔法と私の剣があれば、何でも出来る!」

 まるで幼児のような答えだが、ヴィヴィーもそれ以上の策を思い付かない。時間がないのだ。一日でひとつの国を飲み込んでしまう亡国は、もう一月もあれば大陸全てを飲み込んでしまうだろう。一年もすれば、世界はすっぽりと“水”に覆われる。

 多少の無茶をしても、素早く王城を目指さねばならない。

「私は近接に向かないから、サポートに回るわよ」

「では私が前衛を。一刻も早く敵を倒し、皆の笑顔を見たいぞ!」

 自覚のない馬鹿は始末に終えない。頭は悪くないのだろう戦士を見上げ、ヴィヴィーは無言で部屋の温度を下げた。きらきら笑顔が煩わしい。

 男はすぐに笑顔を引っ込め、くしゃみをした。




 餓鬼が溢れる暗い路地を、紅色の鎧が疾走する。その周囲を風で守ってやり、ヴィヴィーは後ろから炎の矢を放った。

 鋭く形成された矢が餓鬼へと突き刺さる。標的に刺さった瞬間矢は燃え上がり、餓鬼の歩みを止めた。とどめとばかりにランスが首を斬り飛ばし、戦士は低く姿勢を保ったまま他の餓鬼に斬りかかる。

 今のところ、現れる敵は餓鬼だけだった。理性を失くし、人に襲いかかるばかりとなった人間のなれ果て。

 街の住人が魔物となったのだろうが、それならば騎士や聖者が多く存在する城は、更に過酷な場所となるだろう。その時を想像し、ヴィヴィーは盛大に溜息をつきたくなった。

「どうしたヴィー殿、元気がないぞ。そうだ、私の冗談話でも聞くか…」

「いえ結構。もう元気が出ました」

 神速で首を振り、弾幕代わりに炎を撒き散らす。たじろいだ餓鬼がたたらを踏んだ。

「そうか、残念だ。でも良かった」

 ヴィヴィーの拒否に気付かない戦士は、炎の切れ間から踏み込んで餓鬼を袈裟切りにする。

 ところどころ崩れ落ちた家々は、だが千年の時を経た割には小奇麗に見えた。水の檻の中では時が澱むという話は本当なのだろうか。

 


 ふと隣の戦士を見て、気付く。この男は、ヴィヴィーの魔法を気味悪がらなかった。この世界の人間は、魔法を蛇蝎の如く嫌ってるというのに。

 魔法と聖法の違いは、物体か事象か、だ。魔法は“水”の性質を取り出して物を作り出すが、聖法は“水”の性質を理解することによって奇跡の事象を起こす。それらは全て慈愛に満ち、人を助け、邪悪を打ち払う業。邪悪な魔法に対するため、神が人に遣わしたものが、奇跡の聖法なのだという。

 現象なんかより物の方が大事だ。そういう考えのヴィヴィーにとっては理解し難いが、学者などに言わせると“水”から性質を取り出すだけの魔法は、凡俗にして邪道らしい。

「…まぁ、私は私の道を行くだけだけど」

 ぽつりと独りごち、外套を翻して風の刃で餓鬼を切り裂く。





――いにしえのハイロリア 北の大門


 こそこそと物陰に身を隠しながら走り、件の鎖が見える位置までやって来た。

北の大門に程近い見張り台に背を押し付け、様子を窺う。ランスはしばらく遠くを見つめた後、小さく舌打ちした。

「向こうに誰かがいる。餓鬼じゃないやつだ」

「え、なに?」

「恐らく…街の警備を務めていた騎士ではないだろうか? 鎧を身に着けている」

「ああ…それなら『白銀の騎士団』ね。ハイロリアの自警団よ」

 昔読んだ文献を思い出し、ヴィヴィーは頷いた。ぎりぎりの距離まで近付き、大門とこちらを繋ぐ橋に立つ人影を確認する。数は八人ほど。六人が褪せた白銀の鎧をつけ、二人は弓を構えていた。

「弓兵が厄介ね。先に落とすわ」

「分かった。騎士がすぐ反応するだろうが、任せておけ」

 ヴィヴィーは意識を深淵へと送り、しばし思案する。ヴィヴィーたちと騎士らの距離は結構ある。炎の矢では届かないし、風では威力が足りない。

『砕け…』

 細い右手を空へ掲げ――、一挙動に振り下ろす。

 視界を灼く雷光が、はじけるように弓兵の頭上へと落ちた。



 音に反応して振り返る騎士たちに、じりじりと近付いていたランスが小型ナイフを投擲する。

 ランスの作った隙にヴィヴィーも駆け寄り、ありったけの炎の矢を騎士へと飛ばした。六人いた騎士たちは為す術もなく燃え上がる。

 底抜けに明るい笑顔でヴィヴィーに頷いてみせる男を見、確かに彼は背中を預けるに足る相手だ、と不承不承ながらもヴィヴィーは頷き返した。

 肉の焼け焦げるにおいが充満する中、ヴィヴィーはそびえ立つ大門を見上げる。

 王城と街とを繋ぐ橋からは、大門と王城庭園との間の中継所から鉄鎖が伸びているのが確認出来た。

 ひとつひとつの輪が人間ほどもある鎖だ。淡い灰色の光に包まれた鎖は、王城を戴くように下から縛り上げている。


「あそこが、鎖の始まりね」

 ふとヴィヴィーは、幼い頃に虹の始まりを追いかけたことを思い出した。小さい頃は本当に不思議だった。虹は何処から始まるのか。結局虹の始まりはヴィヴィーが想像したような劇的なものでなかったが、探している最中は本当に楽しかったのだ。

 今の状況とそれを重ね合わせ、小さく微笑む。鎖の始まりを探す作業は面白くもなんともなかったが、その正体はきっと、彼女を満足させることだろう。

「準備はいいか?」

 今更な確認。ヴィヴィーは不敵に微笑んでそれに応え、深淵から『火』を見出すのだった。


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