神話について
割り込み投稿です。
古い古い時代のこと。世界は神々の場所であった。
ただひとつの性質を体現するのが神であり、例えば『慈愛』の性質であれば、その神は生来の気質として『慈愛』を持つ事になる。
その単純な世界に、複雑な性質を持つ者が生まれた。
その生物は無数の性質を持ち合わせ、無限の変化を遂げる者だった。
それが、人のはじまりだという。
「レヴァーンに伝わる神話の始まりは大体こうだ」
「魔法や聖法が盛んな国はそんな感じの信仰でしょうね」
焚き火の炎が、時折小さな火の粉を散らす。
火の中に刺した串に通された魚が、じりじりと良い匂いを漂わせた。
「私は見ての通り、火の神を信仰している人間だ。私が元いた国は日の大半太陽が隠れるような国でな。寒さを和らげる火は命を守るものだったんだ」
「だからそんなに鎧が赤いのか。趣味かと思ってたわ」
「赤色は好きだぞ?」
噛み合わない会話を諦め、黒髪の女が串を引き抜く。それに倣って若い青年も串を抜き、息を吹きかけながら魚に口をつけた。
「私にとっては、神なんて形式的なものだけどね。魔法や聖法があまり知られてなかった時代は、不思議な現象はそのまま不思議なもので、神と名をつけ祈るか願うかして、宥めたり請うたりしていたんでしょう。でもいつの間にか神は人々の心の中心になって、精神的なより所になってしまった」
「殺伐とした考えだな。魔法使いってのは、もっと水櫃を信仰してるもんじゃないのか」
口を挟む青年に、そうだと言わんばかりに金髪の女が頷く。
「水櫃は世界の礎なのだ。良いか…」
それはまだ、世界に人が生まれる前のこと。
世界にはただ、すべてを満たした水櫃だけがあった。
はじめに水櫃より飛び出したのは、光と闇であった。
世界に光と闇が生まれ、象徴のように太陽と月が生まれた。
次に飛び出したのは、水と火であった。
世界は火に焦がされ、水に癒された。
このようにして世界には様々なものが満ちていき、最後に生まれたのが人である。
「人の中で水櫃に触れられる者が聖職者と魔法使い、だな?」
「その通りだ、狩人よ。聖職者は先人の知恵に従うが、魔法使いらは水櫃から特に己の性質に近いものを見出す」
「あら? 確かにそういう側面はあるけど、私たちが水櫃から見出すものって、自分の価値観の反映であることも多いわ」
「何が違うんだ。魔女らが異端とされるのも、その手繰る魔法のおぞましさにもあるんだぞ」
「いや価値観っていうのは、自分の性質でもあるんだけど…いや良いわ。水掛け論になりそう」
肩を竦めて黙り込む黒髪の女を、金髪の女が訝しげに見遣る。だが諦めたのか、すぐに魚串に手を伸ばした。常は無愛想な顔がほくほくと綻ぶ。
「まぁなんにせよ、鎖はあとひとつ…」
狩人の言葉で、全員が空を見上げる。
終着点への道を遮るものは、後少しだった。






