六: 騎士 キルファ 02
「普通少数派って、数が少ないことを言いますよね。でもわたくしは思うのです。受け入れてくれる人数が少ない者たちのことを、受け入れてくれる声が『小さい』者たちのことを――…少数派というのではないかと」
わたくしたちの数は多かったが、それでもわたくしたちは『少数』だった。
灰の城の女主人はそう呟き、並ぶ棺を見渡した。
――灰の城 外周
霊廟をなぞるように伸びる道は、細く長い。
キルファは後ろの女を気にしつつ、狩人の青年に言われた場所へ向かっていた。人ひとり進むのがやっとの道幅であり、すぐ右手は奈落の底である。霊廟の壁から申し訳程度に生えた道は頼りなく、だがここを通るより他はない。
前から来る骸骨を盾で崖下へ落としつつ、キルファはアルレへと訊ねた。
「王子は荒事に長けているのか?」
「霊廟の中は退屈でしたから、殿下はよく鍛錬に励んでおられました」
「盲目だと言っていたが」
「殿下にとって霊廟内は庭も同然ですし、なにより天性の才能をお持ちです。例え光を失おうと、殿下の剣の腕は王の騎士にも劣りませんでした」
「王子は剣士なのか」
やや驚いて問い返すと、アルレは心外だというように眉を上げる。
「意外でしょうか」
「いや、王女は水櫃から力を得ていたと聞いたからな」
「ああ、そういうことですか。そうですね、殿下は水櫃を視し者ではありません。王が様々な品を授けたので、『水櫃の旅人』たちの対処法も心得ていましたが」
「『水櫃の旅人?』」
聞き慣れない単語に眉根を寄せれば、逆にアルレが首を傾げた。
「はい。あれ、他国では違う名称でしょうか?」
「聞いたことがない」
「水櫃から力を得る者たちのことですよ?」
「聖職者や魔法使いのことか?」
昔は総称のようなものがあったのだろうか、と聞いてみるが、アルレは不思議そうな表情のまま。
「分かりませんが、時代の差でしょうね。ともかく、殿下は時々クレトス王にも稽古をつけてもらっていたので、そう侮らない方がよろしいかと。従者の中には…その、水櫃の旅人もいますし」
そうか、と短く返して会話を打ち切る。なんにせよ、覚悟して行かなければならないということだ。
砂利が足をとる、やや不便な道。
それまですいすいと墓内を歩いてきた女は、段差のある曲がり角をよたよたした足取りで降りようとしていた。キルファは苦笑し、アルレへ手を差し出す。
「ほら。疲れたら遠慮なく言いなさい」
アルレが面目なさそうに眉を下げ、白い手を重ねた。
「申し訳ありません。わたくしは案内人ですのに」
「いいや、騎士の役目だからな。…しかし、この辺りの道は慣れていないのか?」
目標の場所はだいぶ近付いてきている。アルレはキルファの問いに頷いた。
「ええ。というより、これまで此処を訪れた人間の戦いの痕により、地形が変わってしまっているのです。こんな段差、少し前までありませんでしたわ…」
「そうなのか。そういえば、貴女は訪問者全てに導きを与えているのか?」
「出来得る限り。先程の狩人らは見ていませんが、賞金稼ぎや学者、騎士らがここを訪れました。まだ残っている者もいるんじゃないかしら」
「だがその全てが失敗していると? 余程の手だれのようだな、貴女の主は」
そう言うと、アルレは不思議な微笑を浮かべた。主人を誇っているようにも、別の意図が見えるようにも感じる、何処か遠くを見つめた微笑。
「……ええ。覚悟してお往きなさい、歴戦の騎士よ。わたくしが出来るのは、導くことだけ。誰よりも終わりを望んでいるのは、殿下その人です…」
アルレは華やかに笑い、目的の場所を指差した。
緩やかなカーブを曲がり、やや広い空間に出る。
キルファとアルレは、道の終わりに辿り着いていた。空間の右には奇妙な石板があり、その横に中途半端な長さの橋が空に向かって伸びている。どうやら、跳ね橋のようだ。
「向こうと同時に石板を操作すれば、橋が降りて向こうの橋と繋がるようになっています」
「何故こんな仕掛けが? 予備か?」
「実はこちらの橋は、王族の霊廟に直接通じる橋なのです。向こう側の橋は、殿下やその従者らが普段生活する場に繋がります」
「そうか…しかし、こう言っても良いのか分からんが、墓で生活するというのは想像がつかんな」
「ふふ、常人には気味が悪いでしょうね」
アルレは声を立てて笑い、蒼の目を細める。慌てて謝罪しようとするが、良いのです、と女は首を振った。
「流石に生活の場にまで棺桶は置きませんでしたが、それでも死体に囲まれて生きていたのには変わりありません。……わたくしたちは、常に忘れないようにしていたのです。わたくしたちは、生者から排された、闇で生きるしかない者なのだということを」
てらいなく明るく笑う女に、どう返したものかとしばし逡巡する。だが結局当たり障りなく「大変だったな」と言うと、アルレは苦笑いを浮かべた。
「あまり重く捉えないで下さい。確かに国を恨んだ者もおりましたが、わたくしは既に整理をつけています」
「…王子の従者は、貴女と同じような境遇の者か?」
「今も残っている殿下の従者は三人ですが、一人はそうですね。殿下と同じ剣士です。後の二人は水櫃の旅人。目の見えぬ殿下を心配なさった王が、城より送った腕ききの者です」
あどけない笑みを浮かべる女。彼の愛娘とそう変わりない年齢だろう。キルファは隣国に避難させた自分の娘を思い浮かべ、ままならぬ人の生に溜息をついた。
空気を重くしたことに気を遣ったのか、アルレは男に国の話をするようねだった。狩人の青年はまだ来ていない。
「女王の国ですか。わたくしの時代では殆ど見ませんでしたね」
「今も慣例的に女王をたてない国も多いが、俺の国では昔から女王がたつこともあった。アクリアルとは違い、だいぶ小さな国だな」
「それで貴方様ほど力のある騎士がいれば、大したものだと思いますわ」
「おだてても何も出んよ。我が国レヴァーンは疑似聖具の名産地でもあるから、小国なりにやってこれている。…小国ではあるが、ここに来たのは女王の命ゆえだな」
聖具のように聖者の加護を受けたものではないが、その仕組みを学問的に解釈し、技術へと応用して出来たのが疑似聖具だ。キルファが持っていたものでいえばモノクルが該当する。
他にも交易で得た多くの聖石があり、レヴァーンは少数精鋭の国として有名であった。
「女王の命で。主に忠誠を誓っておられるのですね」
アルレはやや嬉しそうに、白い両手を胸の前で組む。
「忠誠か…。そう言葉にすると何かむず痒いものがあるな。女王のことは赤子の頃から知っている。ほとんど後見のようなものだ」
「では国に忠誠を誓っておられるので?」
「俺が騎士となったのは、女王が生まれる少し前だ。あの頃は若造でな。国に仕えるという気持ちを全く持ち合わせていなかった。だから国に忠誠を誓っているのかと言われれば、そうでもないな」
キルファは目を細めて遠くを見る。女王が生まれた時は継承争いの真っ只中であり、王族にとって最も苦しい時代であった。平民出身であるキルファは、剣の腕を認められ城に上がり、数年の後に騎士の位を叙勲された。ただ家族を養うためだけに騎士を目指したのだが、存外騎士の職は彼の性に合い、新しく生まれた姫を女王にすべく様々に奔走したのである。
「ふふ、女王のことを大切になさっているのですね」
「そう聞こえたか? まぁ、彼女は唯一無二の主だが」
アルレは悪戯っぽく笑い、「そういえば、遅いですね」と跳ね橋の向こう側を覗き込んだ。
「…そうだな。向こうが屋内を通ることを考慮しても、少し遅すぎる」
「まさか何か…」
あったのでは、という言葉は、突如響いた轟音にかき消された。
咄嗟にアルレを背に庇い、盾で小石を弾く。――左側の壁が、もうもうと煙に包まれている。
「清らなる霊廟を穢す咎人よ。尋常なる勝負にてお前を粛正しよう」
突然壊された壁から響くのは可憐な女の声。それを聞いたアルレが「シルファーナ…!」と絶句した。
「…知り合いか?」
「殿下の剣士にございます。お気を付け下さい。公明正大な性格ですが、腕は確かで、容赦もありません」
「ふむ」
やや迷うそぶりを見せれば、再び轟音が響く。今度は青い魔法の残滓が見てとれた。どうやら何処かから魔法使いが狙撃しているらしい。
「では行ってこよう」
「わたくしは助けにはなれませんが…御武運をお祈りいたします」
「ああ」
背に挿した大剣を抜き、盾の握り心地を確かめる。
不安げな女に口角を上げて見せ、邪魔な布袋を彼女に預け、キルファは闇の巣食う穴の中へと入っていった。
――白の貫き手 シルファーナ
穴の中は、存外広い空間が広がっていた。
元々なにかの為の場所だったのだろう。壁や床が綺麗に手入れされている。等間隔に松明が設置され、歩くのには支障がなさそうだ。
数十メートルはありそうな洞穴の中で、その女は待っていた。
地面に突き刺した刺突剣に両手を乗せ、仁王立ちで佇む女の姿は、闇の中にあってさえ美しい。
上半身から太ももまでを包む鎧の色は純白。肩の部分がやや横に突き出し、まるで羽根のようである。鎧はスカートのように太ももを覆い、動きやすいようにか前だけ左右に分かれている。鎧の下に着ているのは白いレースドレスで、細やかな刺繍の縫われた裾は、微かな風に揺らめき女を令嬢のように見せていた。
両手両足には白銀の装甲を纏い、闇に溶け入るような黒髪は後ろでひとつに三つ編みに。
だが何よりも目を引くのは、女の顔の右半分を隠す仮面であった。
「よく来たな。墓を暴く不届き者ではあるが、礼節はあると見た」
女が笑うに合わせ、純白の仮面が松明に煌めく。その異様さが凛とした美貌とよく合い、女の姿を凄絶なものにしている。晒された左目は深い森のような緑で、瞳の中心にゆらゆらと燃える松明を映していた。
そして――女の横には、一匹の巨大な犬が背を低くして座している。人の数倍ほどもある犬だ。全身が真っ黒の毛に覆われており、細く長い耳だけが赤い。どうやら魔犬のようである。
「別に墓を暴こうとしていた訳ではないが、客観としては間違いではない。貴女は霊廟の守護者か?」
「わたしは殿下の盾。この霊廟をお守りになっている、尊き方のための盾だ。さぁ、その役割を果たそう」
赤く薄い唇を綻ばせ、手の甲を固定する湾曲した金属飾りに手を滑り込ませ、女は刺突剣を優美な所作で引き抜く。
レイピアのように細い剣身ではなく、花の意匠が施された柄から伸びる剣身は、逆さにした円錐のような形であった。先の尖りはレイピアと同じで、なるほどこれに貫かれれば大怪我は免れ得まい。
女が剣身に手を滑らせれば、いにしえの文字が青く浮かび上がる。放たれる冷気からして、氷の聖具なのだろう。
主人が戦闘状態に入るのに合わせ、黒い魔犬がのっそりと起き上がる。
「『白の貫き手』シルファーナ。お覚悟願おう」
純白の女剣士は淡々と口上を述べ――一挙動に、鋭い突きが放たれるのだった。




