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第三部 STILL LOVE HER

□序章

 世の中には、2種類の人間がいる。熱い人間と冷めている人間だ。

 熱い人間は、暑苦しいとか面倒臭いと邪見にされやすい。

 そう、熱い男ランキング上位ランカーのSHUUZOのように。

 しかし、不思議になことに熱い人間は、色々な意味で注目されるが、冷めた人間は注目されたことがない。

 これは、どういうことかというと本当はみんな熱い男に憧れているのだ。

 心の奥では、熱くなりたいと思っているのだ。

 しかし、熱くなることができない、繰り返される日常の中で心が淘汰されてしまい、熱い気持ちを忘れてしまっているのだ。

 だから、熱い男を邪見にして心をごまかしている。

 おれは思うんだ、幼い頃から冷めている人間なんかいないと。


 思い出して欲しい幼い頃、熱く夢を語っていた自分の心を。


□第九章 井村卓也

 今日も女達の視線を釘づけにしている大学生がいる。

 全国いい男ランキングを実施したとしても上位に食い込める程の本格派イケメンの大学生がいる。

 その大学生というのは、おれのことである。

 そう、おれはイケメンである。


 事故で自分の体を失ったおれと事故で脳を損傷してしまったイケメンくん。

 そんな二人がピッタンコである。

 決して「アッー」的な意味ではなく、双方の失った部位を補いあって1人の人間を構成しているのだ。

 その為、今のおれは、井村卓也として振る舞わなければならないのだ。

 しかし、おれは、卓也のことが嫌いである。

 どうしてかというと、こいつはとても冷めた性格をしているからである。

 ちなみにおれは、自称ではあるが、ファイト一発を信条にする男だ。

 心の中は、いつもファイヤーだ。

 ま、感情の起伏が激しいだけなのだけれど。

 しかし、卓也は、感情を殺して、ただ惰性のように生きている。

 これには、訳がある。

 卓也が心を閉ざしたのは、母親のせいなのである。

 卓也の本当の母親は、卓也が3歳のころ死別している。

 4歳のころ卓也の父親は、再婚をしたのだ。

 その新しい母親から10年以上虐待を受けてきたのである。

 なぜ、10年以上虐待に耐えてきたかというと、新しい母の連れ子、卓也より2歳年下の妹に虐待の手が及ばないように守っていたからである。

 その話を聞いた時、胸が熱くなった。しかし、そのあとがアカン。

 耐え切れなくなった卓也は、妹を見捨ててその母親から逃げ出したのだ。

 おれは、許せなかった。

 一度守ると誓った相手を見捨てて逃げるなんて、男のすることじゃねーよ。

 きっと卓也は、逃げ出した自分責めて、心を閉ざしてしまったんだと思う。

 だから、おれは、卓也のことが嫌いなのである。

 正直、卓也のふりをするのは苦痛だが、おれがヘタこいてオーシャンパシフィックピースになってしまったら、脳移植をしたミッテランや助手をしたメディアの身が危機にさらされてしまう。

 最初は、人体実験なんかしやがってとか思っていたのではあるが、今となっては、脳移植をしたミッテランやメディアに感謝しているし、2年半もの共同生活で情が移ってしまったのである。

 メディアは、あいかわらず毒ばかり吐くけど、それはきっと愛情の裏返しである。

 なんていうのツンデレというやつですよ。

 きっと、メディアは、おれのことが好きなんだと思う。

 そんなことを思っていると携帯が鳴った。

 メディアからである。

「そんなわけあるか!そんなわけあるか!」

 と同じことを2回言って電話が切れてしまった。

「心が通じ合うくらいおれのことが好きなんだな。しょうがない奴だな。しかし、おれには、ゆかりという心に決めた女がいるのだぜ。自重しろよ、メディア。」

 と独り言を言う。

 再び携帯が鳴った。

 今度は、メールだった。

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す・・・・・・・」

 画面いっぱいに「好き」と書かれてしまった。

 しかし、これではヤンデレですよ、メディアさん。

 もう少しマイルドな愛情表現が好きだな僕は。

 再々携帯がなった。

「今からそちらに息の根を止めに行きます。待っていてくださいね。」

 と電話越しからも一子相伝の殺気が伝わってきた。

「ごめんなさい、ごめんなさい。もう二度と下らない妄想いたしません。許してください。」

 メディアの本気度を肌で感じとったおれは、すぐに謝った。

「分かりました。では、海で死ぬか、山で死ぬか好きな方を選ばせてあげます。」

 

「許すと言う選択肢はないのでしょうか?」


「頭おかしいのですか?私があなたを許して、なんのメリットがあるのですか。」

 ちくしょう。調子こきやがってこのアマ。

 いつか、デレさせてやる。

 そして、こう言わせてやる。

「ずっと前から卓りんのことが、シュ、シュキなのぉぉ。」

 それから、散々コキ使ったあげく、ボロ雑巾のように捨ててやるぜ。

 

「ずっと前から卓りんのことが死ねばいいのに!!」

 なんとメディアがおれの妄想どおりの台詞を言い出したのだ。

 語尾が若干違うんだけどね。

 しかし、なぜ、おれの考えていることがわかるのだろう?

「言い忘れていました。あなたの脳の状態を監視する為に頭の中にマイクロチップが埋め込んであります。そして、あなたの脳波を常にデータ化し送信するようにしています。早い話、あなたの考えていることが手に取るようにわかるということです。」

 おっと、もっと早く言って欲しかったゾと。

「やれやれだぜ。それじゃあ、迂闊なこと考えれないじゃないか。例えば、メディアは、なぜ、黒ベースのパンツが好きなんだろうとか。」


「な、なぜ、私の下着の色を知っているのですか?プッチンしますよ。」

 おっ、メディアが珍しく動揺を見せた。

「2年も一緒にいたんだぜ?おまえのことならだいたいわかるさ。スリーサイズもな。あと、タンスの奥にニーソが・・・っ」

 すると、突然、頭痛に襲われた。

 こ、後遺症なのか?

「違います。あなたの頭の中のマイクロチップは過電圧を印加すると、リーク電流が発生します。それを利用して、わざと過電圧を印加し、電流を流すことであなたに頭痛を与えることができるのです。」

 ひ、ひどすぎる。

 電話越しのメディアは、きっと抜群の笑顔をしているのだろう。

 あいつは、おれをいじめることが楽しくて仕方ないのだと思う。

「ち、違いますよ?楽しいとか、そういう問題ではありません。私は、あなたに苦痛を与えることに人生を懸けているだけです。」

 ど、どんだけぇぇ。

「以後は、発言などに注意してもらいます。もし、あなたが卓也らしくない行動をした場合は電流を流します。それ以外では、電流を流さないので・・・あっ」

 いててててて・・・。

 わざとやりやがったな・・・。

「いえ、わざとではありません。手がすべりました。」


「いーや、わざとだ。」


「かみまみた・・・とでも言って欲しいのですか。あなたは、真性の変態ですね。」


「ちがうな、間違っているぞ、メディア。おれは、変態ではない、変態紳士だ。」


「どうでもいいです。それより、一度、研究室に来て下さい。通信手段が携帯では不便なので小型の通信機を用意しました。これにより、常にあなたとリンクすることが可能となります。」


「了解。」

 携帯を切ったおれは研究室に寄り道することになった。

 こんなやりとりが最近のおれの日常である。

 後日談になるのだが、実は、卓也が心を閉ざしたのは別の理由があったのだ。

 その理由を知るのは、もう少し後の話になる。


□第十章 アリサ

 完全無欠にして、鉄壁のイケメンがいる。

 THEワールドのイケメンがいる。

 つまり、おれのことある。

 そう、おれはイケメンである。


 秋も深まる晩秋、大学の研究室に向かっていたおれに声を掛けてきた女がいる。

 遠巻きで黄色い歓声を挙げているモブたち違い、その女は、おれの名を呼んだ。

「卓、久しぶり。あいかわらずの人気ね。」

 なんと、このおれに・・・。

 イケメンであるこのおれに声を掛けて来た・・・だと。

 なんて厚かましい奴なのだ。

「自重して下さい。」

 とメディアの声が小型のイヤフォンマイクから聞こえてきた。

 その声と同時に、頭痛に見舞われた。

「・・・・っ。」

 おれは、痛みに耐えているため声を出すことが出来ない。

「声も出なくなる程、私に逢えてうれしいのね。分かります。」

 なん・・・だと。

 メディアから大体の情報は聞いていたが、ここまで残念な奴だったとは・・・。

 ここは、だめだこいつと言ってやりたいのだけれど、卓也はそんなことは言わない。

 今こそ、二年半に及ぶ修行の成果見せてやる。

「・・・ああ、そうだな。」

 どうだ、この少し間を空けて肯定する仕草。

 それは、まさにあっちゃん、カッコいい、カッキーンである。

 もう完璧ではないでしょうか。

 これは、白い影の主人公を模倣している。

 クールと言えば白い影という思想を元におれは教育された。

 多分、メディアの趣味だと思うが本人は絶対に認めないのだ。

「フッ、あいかわらず、お上手ね。そうだ。今夜、再開のお祝いでもどう?」

 か、軽くスルーされた・・・だと。

 さすが、自称キャンパスの女王と勘違いしているだけのことはあるね。

 残念すぎるぞ、アリサ。

 そう、アリサとは、イケメンのこのおれに声を掛けて来た女の名である。

 卓也とは、上品な言い方をすれば友達以上恋人未満の仲である。

 早い話がセフレである。

 卓也のセフレだけあって、結構な美人である。

 エリート大学の地味な印象はなく、肩まである茶髪にピアス。

 それとパッチリとした大きな目とモデルのようなスレンダーな体が特徴的である。

 しかし、大学の女王と自分で言う時点で、色々と残念な奴なのである。

「・・・ああ、そうだな。」

 おれは、クールに返事をする。

「じゃあ、今夜、いつものバーで。」

 と言って残念王は颯爽と去っていった。

 

 再び研究室へと歩き始めたおれの前に、地面に這い蹲っている男がいた。

 その男は、黒縁のメガネと小太りとバンダナと・・・テンプレートなのか。

 俄然、その男に興味の沸いたおれは声を掛けることにした。

「どうかしたのか?手伝うよ。」

 

「うっ・・・。た、確かに一人で片付けるのは大変だよお。・・・だが、断る。」

 自信が確信に変わった。

「遠慮しなくていいよ。ほら、さっさと片付けようぜ。」

 おれは、地面に散らばったチラシを拾い上げる。

「ら、らめぇ。そのチラシ見ないでくれよ。」

 

「もう、遅いよ。」

 おれは、チラシを読み始める。

 どうもサークル募集のチラシのようだった。

 サークル名は、「妹とニーソとサークルと」だった。

 内容はというと。

「妹について討論し検証することを柱に様々な幼女と交流を深めるとともに幼女とニーソのマッチングについて検証することを目的に活動していきます。」

 おれは、あまりの衝撃に震えが止まらなかった。

 こ、このお方は、よもやニュータイプではなかろうか。

 そう、まさに人類の革新である。

 過去のおれなら喜んで参加しているが、今のおれはイケメンである。

 イケメンのおれは、この手のタイプとは対極のポジションにいなければならない。

 間単に言えば、NTDである。

 そう、ニュータイプとニュータイプデストロイヤーの関係である。

「チラシ全部拾い終わったよ。サークルの参加者の募集頑張ってくれ。」

 爽やかに微笑んだ。

「くっ、ただ拾ってくれただけなのに、この敗北感はパネェ。チラシ・・・み、見たね。幼女にも見られたことないのに。」

 と言って走り去っていった。

 しかし、なんて後ろ髪引かれるサークルなのだろう。

 あの男は神ってレベルじゃねーぞ。

 そのとき、おれは思っていた。

 心底、あのサークルに入りたいと。

 まあ、今のおれでは到底ムリな話だというのはわかっている。

 イケメンになることで、何か大事なものを失った気がした二十一歳の夕暮れ時だった。

 

 大事なものを失ったおれは、アリサとの待ち合わせ場所に向かった。

 都会のお洒落なバーへと。

 夜の十九時を少し回ったところで、おれは目的のバーへ到着した。

 店内はシックでとても落ち着いた雰囲気のある店だ。

 いかにも、世のスイーツどもが好きそうな場所である。

 アリサとの待ち合わせに使っている、いつもの席に向かった。

「卓、どうしたの?いつも、大概遅いくせに、今日は早いのね。」


「今日は、お祝いなんだろ?だからさ。フッ」

 いててて・・・。

 なぜ、頭痛が?

 すると、イヤフォンマイク越しからメディアの声が聞こえてきた。

「なんとなく、気に入らないからです。」

 ど、どんだけぇぇ。

 頭痛と闘っているおれにアリサがとても残念な発言をしてきた。

「ふ~ん、珍しいわね。卓のくせに。でも、少しだけ喜んであげてもいいわよ。」

 このアマ、このおれに対して上から目線・・・だと。

 しょうがない少しだけ自重してもらうことにしよう。

 おれは、少しキツイ言い方で意見をしようとした刹那、アリサの携帯が鳴ったのだ。

「はい、うん。うん、ち、違う。そうじゃないよ。」

 アリサの悲痛な声が聞こえる。

 そう、電話越しの相手は、アリサの彼氏なのである。

 その彼氏は、妻子持ちでアリサとは不倫の関係にある。

 その為、アリサは彼氏に大事にされていない。

 その寂しさを埋める為に卓也と関係を持ったのだった。

「いやだよ。そんなぁ、別れるなんていやだよ。」

 アリサは、泣いていた。

 卓也の前で彼氏がらみのことで泣くことは多々あったらしい。

 その時、いつも卓也は黙ったまま成り行きに任ているだけだったらしいのだ。

「ご、ごめん。卓、私行くね。」

 彼氏との会話を終えたアリサはそそくさと席を立ちその場を去ろうとしていた。

 卓也ならここは傍観するのがセオリーだろう。

 しかし、アリサの頬に伝う涙を見ているとおれは我慢できなくなったのだ。

「待てよ。」

 おれは、アリサに声を掛けていた。

「どうしたの。わ、私、急いでいるんだけど。」


「もうやめろよ、そんな男に振り回されるのは。お前はキャンパスの女王なんだろ。都合のいい女してんじゃねーよ。」

 

「あんたに私の何がわかるの?私が誰を好きでも関係ないじゃない。」


「ああ、そうだよ。関係ねーよ。でもな、今のお前、見てらんねーんだよ。泣いてばかりの恋してんじゃねーよ。」

 おれは、ゆかりと一緒だった頃のことを思い出していた。

 春の陽だまりのようなやさしい時間が流れていたあの頃のことを。

 春の日差しのような暖かい恋のことを。

 だからこそ、おれは、悲しい恋ばかりじゃないことをアリサに教えてやりたかったのだ。

 それは、明らかに卓也を逸脱した行為だった。

 しかし、メディアは、なにも言わずただ黙って聞いてくれていた。

「だから、もう行かなくていいよ。もう、行くな、そんな男の所へ。」

 ソゲブしながら、おれは、無性にゆかりに会いたくなった。

 無性にゆかりを抱きしめたくなった。

 ゆかりのことを思うと不思議と泣きそうになった。

 おれの気持ちがあの頃と一ミリたりとも変わっていないと確信したからだ。

「もう悲しい恋しなくていいよ。泣いてばかりの恋もしなくていい。だからよ、一歩踏み出そうぜ。そうすれば、いい思い出になるからよ。だから、もう泣くな。」

「た、卓の分際でなに言っているの。誰にものを言ってるかわかってんの。私は、女王アリサだよ。それからそういうの似合わないからやめなよ。」

 アリサは、まくし立てるように言いいながら席に戻った。

 残念王、完全復活ですか。

 まあ、いいんじゃねーの。

 これはこれで、な。


 あのあと、アリサは不倫相手と別れた。

 秋が終わり街がクリスマスの準備で賑わう初冬、おれがイケメンになってから三回目のクリスマスを迎えようとしていた。

 いつものように大学の研究室に向かっていると。

「お兄ちゃん。」

 と言う声が聞こえてきた。

 その声におれの意思とは関係なく体が勝手に動いたのだ。

 振り返ったその先に、卓也の妹が立っていた。

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