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片恋の、その先へ  作者: 過去形
信彦の家族
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修羅場 side信彦01

「律子、どうして家出なんかしたんだ」


唐突に父親が律子に問いかけた。

家に着いてからは起こしていたがまだ律子は眠そうだった。

母親も同調する。


「そうよ、律子。お父さんも私もすっごく心配したのよ?」


律子は父親の問いかけに一瞬緊張して、そして目をこすってから言った。


「・・・だって。だってお父さんもお母さんも、りつがお兄ちゃんのげき、みにいきたいっていってもぜんぜんいうこときいてくれなかったから!いつもお兄ちゃんひとりぼっち!りつ、そんなのいやだもん!」

「リツ・・・」


目にうっすらと涙を浮かべて小さな手を握りしめて。


幼いながらも懸命に律子が訴えたのは、俺のことで。


まさか自分のことで律子が家出するなんてこれっぽっちも思っていなかったから。

俺は小さく妹の名前を呼ぶ以外にその瞬間何もできなかった。


律子に複雑な思いを抱いていた自分はなんて小さいやつだったんだろう、と。

自分の矮小さを噛み締める思いだった。


「そんなことか。律子、お父さんは仕事で忙しいんだ」

「我が儘ばっかり言ってはダメよ?」

「でも!だって・・・!!」

「律子」

「・・・良い子はねんねする時間よ。・・・初恵さん、お願い」


そんな律子の必死な訴えもこの二人には響かなかったようだった。

この反応も予想の範囲内だ。


俺は小さく息をついた。


(あとはどうやってこの場から消えるか、なんだけど)


そう考えていた俺は、隣の秋津の雰囲気の変化に気づくのが遅れた。




「・・・そんなことって、何ですか」


秋津の声は低くその場の空気に響いた。


「何だ、君は。もういいだろう。お見苦しいところをお見せしたね、そろそろ帰ってもらおうか」

「秋津?どうした」


もしかして、怒っている?


俺は問いかけたけど、秋津についた激情の火を消すことは不可能だった。


「そんなことっておっしゃいましたけど、どこが『そんなこと』、何ですか。・・・律子ちゃんは、河野のことを一生懸命考えてたのに、そんなことってどういう言い草かって訊いてるんだ!」


「な、なんだねいきなり。他人の家のことに口を出すのか。御宅は一体娘にどういう教育をしているんだ、こんな汚い言葉遣いをして」


「父さんは関係ない!あんたら河野の気持ち、考えたことあるのか!コイツはな、じぶっ」

「あら、申し訳ありません。ですが、教育がどうのなんて言われる筋合いは全くもってありませんね」


秋津の口を手で塞いで祐介さんがきっぱりと言った。


もがもがと苦しそうな秋津を俺が引き受ける。


「・・・もっと言いたいことあったのに、バカ親父め」

「もういいって。・・・ありがとな、秋津。そんで、ごめん。なんか巻き込んでさ」

「なんで君が謝るんだ」


秋津は憤慨していたけれど、俺は何も言わずに視線を戻した。

祐介さんの言葉に、俺の父親は眉間に皺を寄せていた。


「なに?」

「今少し聞いただけですけれど、河野さん、貴方の方が息子さんに対して酷い態度をとっていらっしゃるじゃありませんか。息子が主演の劇なんですよ?お忙しくて見に行けないというならまだしも、そんなことかだなんて、歯牙にもかけないような言い方。同じ親として見過ごせませんわ」


母親もヒステリックに叫ぶ。


「なんですって?!」

「それに律子ちゃんへの態度にしてもそうです。もっときちんと話を聞いてあげてください。・・・おふたりがそうじゃないから、律子ちゃんは家出なんて手段をとってしまったのではありませんか?」


「私たちが、悪いとでも言いたいのですか」

「端的に言うならそうですわね」

「なっ、他人がいきなり土足で踏み込んでいてよくそんなこと言えるな!」

「そ、そうよ!私たちの事情も知らないで!」


「貴方がたの事情は確かに知りません。ですが、親が子供を大切に育てることはある意味義務だと僕は思っています。それに関しての言い訳なんか一切認められないと。子供というのは、食べ物を与えておけば、お金さえ渡しておけば良いというものではないんですよ?」


真摯な態度で祐介さんは話してくれている。


俺のために。


なんだろう、この気持ちは。

じぃんと胸に染みるようなこの感覚は。


瞳を一度閉じて、強くつぶってから開けた。


もう、これで十分だ。


「祐介さん。ありがとうございます、もう十分です」


俺は割って入ってそう言った。


「信彦くん?」


両親に向き直って言う。

でもなるべく顔は見ないように。


「別に、劇には来てくれなくていい。律子には俺から言い聞かせておくから。俺何も気にしてない。あんたらは確かに俺にとっては良い親じゃないけど、律子にはあんたらしかいないし、律子にとってはまだマシな親だから。それでいいよ」


「・・・ふん」

「信彦・・・」


それじゃあ、と言って俺は踵を返した。

でもそれ以上前に進めない。



「ふざけんな・・・」


秋津が俺の肩を掴んでいたからだ。


そのまま秋津は俺の両親に向かって吠えた。


「ふざけんなっ!あんたらそれでも人の親か?!なに子供に気ぃ使わせてんだよ?!なにほっとした顔してるんだ?!河野が、こいつが普段どんだけ我慢してるか知ってるのかよ?!・・・ホント最低だ。こいつがどんだけ、どんだけ寂しい思いしてるか、考えたこともないのかよっ?!」


「っ!私は家族のために働いている!そのおかげで信彦だって好きな一人暮らしできるんだぞ?!」

「コイツが好きで一人暮らししてるだって?・・・ハッ。笑わせんな。だったらウチに来た時に嬉しそうに笑うもんか」

「本当に言葉遣いがなってないな。母親はどうしたんだ、母親は!」

「・・・随分前に亡くなりました。私の言葉遣いと、私の両親とは関係ありません。私を詰るのはお好きにどうぞ。ですが、私の両親を侮辱するのは相手が誰であろうと許しません」


息を整えた秋津の口調は慇懃無礼なほどに丁寧で、据わった目からは秋津の本気の怒りを感じた。


「落ち着きなさい、祥花」

「父さん・・・でも」

「いいから。この子の言い方はなっていませんでした、すみません。ですが、この子の言ったことは、間違っていないと思います。・・・信彦くんは本当にいい子です。素直だし、相手を気遣う優しさをちゃんと持ってる。でもどこか寂しげで。・・・これは親の愛情でしか埋められませんよ。ねぇ、道流さん?」

「わ、私?」

「ええ。やはり母親の影響は計りしれませんから。どうか、信彦くんと向き合ってもらえませんか」


「母親、だから・・・?」

「いけませんか?」

「そうだな。やはり教育は母親に任せなければ。今まで仕事させてやったんだ。これからは母親として」

「やめて!!」


耳を塞いで叫んだ。一瞬空気が止まった。

それほどこの母の叫びは予想外だった。



「どうしてなの?どうして女だからって、外で働いちゃいけないの?どうして結婚して子供を産んだら、一人の女じゃなくて『母親』にならなきゃいけないの?!」


「お、落ち着いてください。道流さん。仕事を辞めるなんて話ではないんですよ?・・・河野さん、貴方ね・・・」


祐介さんが睨むと、父親はふいと視線をそらした。

自分でも失言だったと思っているらしい。


「私だって幸せになる権利くらいあるわ!子供産んだら、私は私じゃなくなるの?『母親』だけなんて、私には耐えられなかった。・・・仕方、ないじゃない・・・」


そう言って、うなだれる母親の姿が見慣れなくて困った。


普段から忙しそうに、でも好きなことに打ち込んで輝いていた華道家としての姿しか知らなかったから、目の前の姿が同一人物とは信じられなかった。


「・・・いろんな、母親がいるってことなんだよな」


隣の秋津がつぶやいた。きっと自分の母と比べて思ったのだろう。


俺は目の前のひとりの女性を不憫に思った。

そう思うと、今まで言うつもりもなかったことが口からこぼれ出た。


「俺は別に、アンタに・・・母さんに、料理作って欲しいとかいつも一緒にいてほしいとか、そんなの思ってたわけじゃない。・・・してくれれば、そりゃあ嬉しいけど。そうじゃなくて」


そうじゃなくて。


そこまで言って、その続きを言うのには少し勇気が要った。


「・・・俺はただ・・・・・・俺のこと、諦めないで欲しかったっ・・・」


言ってすぐ、顔を伏せた。


こんなこと、言うつもりなかったのに。

高校生にもなってさ、こんな小さな子供みたいなこと。


少し体が震えた。

そんな俺の背中を秋津がとんとんと叩いてくれた。


俺が律子にしたように。

落ち着けと言うように。

良く言ったなと言わんばかりに。


それに勇気づけられて、俺は言葉を継いだ。


「でもさ。別にいいって。俺のことはどうでもいいよ。でもな!律子のことはちゃんと見てやってくれよ。頼むから。・・・電話くらい、すぐとってくれよ。分かるだろ?初恵さんからの連絡だったら、十中八九、律子のことだって」


ここからは、律子がこの場にいなくて本当に良かった。

今までの修羅場にもいて欲しくないけれど。


俺は息を吸った。




「・・・俺、知ってんだ。俺はあんたたちのホントの子供じゃ、ないんだろ?」


あぁ、なんかもう、泣きそうだ。


・・・シリアスが迷走しています・・・。

ちゃんと着地できるでしょうか・・・。


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