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片恋の、その先へ  作者: 過去形
長い、夏休み
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花火大会 side祥花02

キリのいいところで、と思っていたら、いつもの倍ほどの量になってしまいました。

花火大会当日は、前日共々、嵐のような忙しさで始まった。


まず、材料を車に積んで運ぶ。

昨日運んでおいたテントを組み立てる。

ガスコンロをセットし、大会本部の人に安全管理のチェックを受ける。食中毒対策に、店で売るものの検体を作って提出する。


運搬とかの力仕事は私と父だけでは心もとなかったので、樹兄を緊急招集して間に合わせた。


「いつもごめんね?樹くん。ほんと助かるわぁ」

「いえいえ。気にせんといてください。俺まだ夏休みやし。母からもくれぐれもお役に立っておいでと言われてますんで」

「ふふふ。いい妹と甥っ子を持ったもんだわねー」


父と樹兄は顔を見合わせて笑っている。


それは別にいいが、今は殺人的に忙しいんだぞ?働け!

私は少しくさくさした気分になっていた。


「おーい。喋ってないで手も動かしてくれ。樹兄、ちょっとスーパー行ってきて。クレープの具材、買い忘れ発見したんだ」


私はレシートの裏に走り書きしたメモを渡した。


「リョーカイ。このメモの通りに買ったらええんやな?・・・よっしゃ。ほな、ひとっぱしりしてくるわ」

「あ、祥花ちゃん。僕も実行委員長にちょっと用事があるから」

「わかった。とりあえず、カルメ焼き量産しとく。いってらっしゃい」


二人がいなくなって、いきなり静かになった。


それでも、夏の日が沈んでいく中での、ある種独特の雰囲気。

何かワクワクするような、そんな空気を、私は感じていた。


「よしっ、作るか!」


袖を捲くって、私はガスに火をつけた。





金属製のお玉にザラメを量り入れ、ヒタヒタになる程度に水を加える。

それを水がフツフツとするまでかき混ぜる。


ここでなるべくなら温度計を入れて温度を見るほうがいいのだが、学校にあるような温度計が家になかった。

仕方ないので、ここは経験に物を言わせる。

ここに来るまでにしこたま練習してきたから、問題ない、はずだ。


なんにしろ、ちょうどいい具合になったら、卵白と重曹を合わせたものを少し加えて、一気にかき混ぜる。

すると、みるみる膨らんで、お玉いっぱいに盛り上がるようにして、カルメ焼きの出来上がりだ。

見た目は膨らんでやわらかそうに見えるが、実際はただの砂糖の塊なので固い。

割らないように気をつけてひっくり返し、袋に包む。

これで一人分の出来上がり。


作り方は簡単だが意外と手間がかかってしまうことに、カルメ焼きと決めたあとに気づいたが作り置きする作戦で乗り切るつもりだ。


ひたすら、ザラメを量り、かき混ぜる。

ザラメを量り、かき混ぜる。ザラメを量り、かき混ぜる。

量って混ぜる。量ってまぜる。

混ぜる。混ぜる。混ぜる・・・。


「・・・これぐらいで、まぁ、いいだろう」


少し疲れた。


次はクレープの生地だ。


粉を量ってかき混ぜるだけ。楽。

あとはお客が来た時にちゃんと焼ければいいのだが。


それに関しては、私は自信がない。

あの薄い生地を綺麗に裏返すのはなかなか難しいと思うのだ。

父はもちろん上手だ。

そして意外なことに(?)樹兄も得意だった。


「・・・ちょっとムカつく」


なんだか、こう、あの優男に負けたような気がして、何とも言えない気分になる。

普段ヘラヘラしているように見えて、やるときはやるし、実際、樹兄が結構有能であることは知っている。

でも。いや、だからこそ、ウチの店のことでは私が上で居たいのだ。

・・・上だとか、下だとか、考えてる時点でダメな気もするけれど。


「いやいやいや。もう余計なことはいいって」


無駄に独り言をつぶやきながらカルメ焼きの個包装に取り掛かる。


それが終わればもう一度量産するぞ。


袋の口をモールで止めつつ、人の流れに目をやる。


もうすぐ花火が始まる。

だんだん人通りも増えてきた。


そういえば、店側こっちから見るのは初めてだ。


立場が違うと見え方も少し違う気がする。

今の私は花火よりも、どちらかというとお客の入りを気にしているし。

売れたらいいなぁとか、美味しく食べてもらえたらなぁとか考えている。


でもやっぱり焼きそばとか、焼きとうもろこしとかに負けてしまいそうだな。

私ならソース系食べたいし。

ああ、でもりんご飴とかも捨てがたいな。

匂いの威力で言うと、ベビーカステラもなかなか・・・。


そんなことをつらつら考えながら、見るともなしに人の流れを見ていると、背の高い青年と小さな女の子の二人が目に入った。


なんか見たことがある気がするなぁと思って意識すると、それは河野だった。

女の子は買ってもらったばかりのりんご飴を美味しそうに食べている。


それを見ている彼は、愛おしげに笑っていた。



うわ・・・。


あんなふうに、笑えるんだ。



その笑顔はすごく優しくて、暖かくて、女の子(きっと妹かなにかだろう)を心底大事に思っていることが伝わってくるような、そんな笑顔だった。


ふと思い出したのは一色さんの言葉。


『彼がね、笑うところをさ、いつだったかたまたま見かけて、良い!と思ったんだ』


『ベルの心根に触れて変わっていく、その時の笑顔ってなんかさ、河野君が演っているのを見たいと思ったんだよ』


ああ、この笑顔のことかと、理解した。


学校でこんなふうに笑っているところはなかなか想像できなかったけれど、河野の滅多になかった笑顔、その一瞬でキャストに選んだ一色さんの眼力は凄い。


あ、河野がこっちを向いた。

咄嗟に仕事をしている風を装う。


家族といてリラックスしている瞬間を学校の友人に見られているって、恥ずかしいものだ。

少なくとも私はそう。


ひと呼吸おいて、声をかけた。


怖い顔のお兄さんが優しい笑顔とか、ギャップ萌えだと思います。

で、信彦くんは愛想は悪いけど、顔の作り自体は悪くない、はず・・・。

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