看病 side祥花
父はまだ店らしい。
今日の夕食当番は私だったから、事情を説明してそれから適当に食材を見繕う。
父は河野のことをとても心配して、あれを持って行けだのなんだの煩かった。
そのせいで予想以上に重くなった鞄を自転車の籠に入れ、河野の部屋へ急いだ。
鍵をかけ忘れていたのか、ノブを回してすぐ入れた。
「河野?生きてるか」
生きていてもらわないと困る。
呼びかけて返事がなかったので、寝室を覗くと、河野は眠っていた。
眉間に皺が寄って、寝苦しそうだ。
熱いからだろう。
家から持ってきたアイスノンをガーゼで巻き、取り敢えず首元に置いた。
本当は脇の下とか、足の付け根がより良いのだが、寝ているのだから仕方がない。
後で起きた時に渡せばいいか。
アイスノンの冷たさに河野は一瞬眉をひそめたが、起きずにそのまま眠りつづけている。
先ほどよりは眉間のしわは薄くなっていた。
それを見て少しほっとしたが、まだやらなければならないことがたくさんある。
私は勝手に台所を借りて、簡単にお粥と、ネギ味噌を作ることにした。
普段から自炊しているからか、台所は使い込まれた感がある。
小さい一人用の土鍋に米と水をセットし火にかけ、ネギを刻む。
ついでにもっと胃に溜まりそうなものでも用意しておいた方が良いだろうか。
でもさすがに肉とかはなあ…。そもそも持ってきていないし。
「やっぱこういう時は卵、か?」
物価の優等生、更に栄養もあるし調理しやすい。
無難に卵焼きを作ろう。
アレルギーじゃない限り食べられるだろう。
無理だったら私が食べる。
そうこうしている間に土鍋から湯気が出てきた。
もうすぐか。
炊き上がったら、更に水を足して米を柔らかくして塩で味付け。
その間に湯も沸かしておく。
卵はとりあえず醤油で味付け。甘い卵焼きなんぞ、卵焼きとは認めない。
米の炊けるいい匂いがする。
ああ、私もお腹すいてきたな。
「………あ、きつ?」
「っうぉ!なんで起き上がってるんだ?!寝とけっていったろう!」
いつの間にか台所の入り口に河野が立っていた。
「寝起きのままの恰好でうろうろするな!」
「っあ、ごめん……っ」
河野の体がふらりと傾いだ。
「っちょっ!!」
とっさに支えたが、男女の体格差ゆえ、私までが倒れそうになる。
「馬鹿!熱と水分不足で体力なくなってるのに!…お、重い!!おい、どっかに掴まって早く離れろ!」
「…あ、ああ」
私が言った通り、近くの柱につかまって体を離した。
ふと見ると、顔が真っ赤になっている。
また体温が上がったのか。
「いったい何度だったんだ?」
「…8ど9ぶ」
「っ!だったら早くベッドにもどれ!!あとで、ていうかすぐ食べるもの持っていくから!」
かなり高い。そんな熱でよく動けるものだ。
壁に手をつきながら足を引きずるようにして戻っていく河野。
そんな状態なのにどうしてここまで来たんだか。
早く作って持っていかないと…。
手早く土鍋を火からおろし、ネギをいれたコップに味噌と湯をいれかき混ぜる。
卵焼きも少し焦げたがまあいいだろう。
盆に載せて急いで、かつ慎重に寝室へ持っていく。
眠ってはいなかったようで、河野は私が入ると身を起こそうとした。
「いい。そのままで」
サイドテーブルに盆を置き、リビングからクッションを数個持ってきた。
「ちょっと身を起こせるか?うん、それでいい。この姿勢で大丈夫か」
少し身を起こした河野とベッドの間にクッションを挟み込む。
河野は黙って首を縦に振った。
喋るのも辛くなったか。
私は近くの椅子を持ってきて座り、お粥の匙を取った。
「食べられるか?というか、食べてくれないと困るんだが」
「…だいじょう、ぶ。なに、して?」
河野の声はかすれていた。
「何って、熱いから冷ましてる。フーってされるのは河野も嫌だろうから自然放熱だけど。まぁ、やらないよりはましだろう。…はい、口開けろよ」
「………」
戸惑ったような様子の河野だったが、逡巡した末、口を開けた。
匙をゆっくりその口に入れる。
看病なんて父にされるばかりで自分は誰かにしたことなどないから、なかなかに難しい。
「どう?味は」
ゆっくり咀嚼している河野に聞いた。
「…しお、たりない、かも」
「そうか、なら大丈夫だ。問題ない。ほら、ネギ味噌。飲めるか」
コップは小さいものを選んだから持てるとは思うが。
河野は頷いてコップを手に取る。
「…ごめん、めい、わくかけ、て」
「気にするな、乗りかかった船だ。いや、毒を食らわば皿まで、か?」
私の言葉に微かに河野は笑った。
それは、薄く儚く少し悲しげで。
「…ありがとう、あきつ」
こんなことで、切なげに礼を言う彼はどんなふうに育ってきたのだろうかなんて、柄にもなく考えたりした。




