遭遇そして side信彦 02
秋津の家はレストランではなく、喫茶店だった。
しかも珍しいことに、紅茶専門の喫茶店だ。
俺は紅茶を御馳走になったら帰ろうと思っていた。
「ごちそうさまでした。おいしかったです」
秋津父、裕介さんの淹れた紅茶は本当においしかった。
砂糖も何も入れなくても、紅茶って美味いんだなと初めて思った。
「美味しそうに飲んでくれてこちらこそありがとう。信彦君、ついでに夕食も一緒にどう?」
カウンターの向こうでカップを片付けながら、裕介さんは何気なく言った。
「え、いや、そんな…」
俺は戸惑った。
紅茶をご馳走になっただけでも、もう十分だ。
いくらなんでも厚かましすぎるだろう。
「親御さんにはこちらから連絡するから」
「あ、俺、一人暮らしなんでそういうのは大丈夫なんですけど…」
「あ、そう?それならなおさら食べていきなさい。今から作るの大変でしょうし。うちは今夜は大根と鶏肉の煮物だけど」
大根と鶏肉の煮物。
それを強調されると弱い。
うん。
だって本当に食いたかったんだ。
くそ、想像するだけでよだれが…。
裕介さんはにこにこしている。
「……すみません、御馳走になります」
「うん、素直でよろしい」
とうとう俺はその誘いに屈してしまった。
秋津家で食事をすることの意味をよく考えもせずに。
******
秋津家の台所で裕介さんを手伝う。
最初、裕介さんは手伝わなくていいと言ってくれたが、ただ待っているだけというのは気まずい。
普段一人暮らしで自炊もしているから、おそらく邪魔にはなっていないだろう。
「信彦君、大根お願いできる?隠し包丁入れてね」
「はい、わかりました。面取りしますか?」
「うーん、もったいないからそのままでいいわ」
「はい」
大根を切る。
裕介さんは他のおかずを作っているようだ。
なんか、いいな。
誰かと台所に立つっていうのは。
実家では初恵さんのテリトリーで、下宿では一人だけの場所だったし…。
切り終わった大根を鍋に入れ、ひたひたになるぐらいまで水を加え、粉末だしをいれて蓋をして火をつければ、あとはただ待つだけだ。
「…そういえば、粉末だしなんですね」
「え?ああ、店やってるのにって?…もしお店に出すならちゃんと鰹節でだしは取るだろうけど、家だからねぇ。手抜きしちゃうのよ」
まだこの口調に慣れないが、裕介さんはとてもいい人だと思った。
普通に接してくれるし、こういうところは、秋津の父親なんだなと思う。




