翌日 side祥花 02
その日から、河野は時々話しかけてくるようになった。
大抵は周りに人がいない時を狙ったように。
周りなど気にすることもなかろうが、本人が決めることだろうから何も言わなかった。
というか、よりによってなんで私なんだ?
もっと社交的で気のいいクラスメイトもいるかもしれないのに。
このクラスは人材が不足しているのだろうか。
「そういえば、さ。秋津」
今日も私が放課後教室で授業の復習をしていると、居残りが終わったのだろう河野が、話しかけてきた。
たわいない話だ。
半分くらいは耳を貸して、返事をする。
「…ん~?」
いつもこんな風な返事をするので、ちゃんと聞いていないと思われているようだ。
まぁ、実際そうなのだが。
あくまでも視線は今日のノートの上。
あ、ついでに宿題もやってしまおう。
「前にもらったチョコあるだろ、あれ、秋津のお父さんが作ったのな」
忘れてしまいたい話を振ってきた。
思わずノートを繰る手を止め、じとりとした目で見返す。
「……なんだ、蒸し返すのか。良いって言ったの君だろ」
「いや、そういうわけじゃなくて。あれ、普通のはすごくおいしかったからさ。凄いなと思って」
「そうか?」
「ああ。俺の父親は仕事人間で料理なんかこれっぽっちもできねえし」
「そうなのか。うちは店をやってるからな。料理は好きなんだろ」
「へぇ?」
河野の目が興味深そうに見えたので、釘を刺しておく。
「でも良いことばっかじゃないぞ?試作品の味見を強要される」
そうそう良いことばかりじゃない。
思わず息をつくと、河野が笑う気配がした。
「笑い事じゃないだろう、河野。被害者だろ」
「その話はもう終わったんじゃなかったのか?」
「……はっ、しまった!」
図らずも自分であの話を蒸し返してしまった。
慌てて口を押さえても後の祭りだ。
河野が我慢しきれずといった様子で吹き出した。
声を上げて笑う。
…そういえば河野が声を出して笑うのを見るのは初めてだな。
とはいえ、目の前で笑われるのは面白くない。
「おい、そこまで笑うことないだろう」
「…っごめんごめん。…あんまり秋津の反応が面白くて」
明らかに笑いすぎだ。
まだ顔が笑っている。
いい加減にしろ。
「もう、河野が邪魔するから全然進まないじゃないか。これ以上邪魔するならいい加減に帰れ」
そう言ってノートに集中した。
これでまだ何か言ってくるようなら容赦なく追い出すつもりだった。
しかし河野はあっさりと引き下がった。
「ごめん、長々と邪魔して。気を付けて帰れよ」
そう言って帰っていった。
こういう引き際を心得ているところは、嫌いじゃない。
私は宿題を最終下校時刻までにやり終えることに集中した。