黒板
私にはどうしても気になることがあった。毎授業ごとの間に与えられる、10分間の休憩。そのときに誰から頼まれてもいないのに、また、その当番でもなければ日直でもないのに、黒板を消す人がいる。永井君という男子生徒だった。どうして消すのだろう。授業が終わったとき、ほとんどの教師は、黒板を消すことなく次の授業へ向かってしまう。だから、暗黙の了解として、①日直が消す ②次の先生がさりげなく消す のどちらかがあって、事は処理されていた。だから、そのどちらにも当てはまらない彼の行いは、不思議に思った。
私と永井君は同じクラスではなかった。私は5組、彼は2組。現代文などの一部の科目は移動教室の授業なので、私は2組で授業を受けることが多かった。最初のうちは、彼が気の利く人で、偶然私が2組で授業を受けるときに、彼が黒板を消しているのだと思った。けれど、どの日をとっても彼が黒板を消さないときはなかった。私は自分が移動する必要がない休憩の時間も、彼が黒板を消しているか否かを見に行くためだけに、2組の入口にまで行って、教室を覗き込んだ。そうすると、やはり、彼が黒板を消していた。例外はなかった。
私は彼と話したことはほとんどなかった。穏やかで、優しそうなことは見て取れた。一方で、容姿はというと、(彼には謝らなければいけない)あまり良くなくて、クラスの中でも疎まれる存在であることが次第にわかった。彼は疎まれる存在なりに、黒板を消すことに己の価値を見出しているのかもしれない、そう私は考えていた。数日の間、私は彼のことを気に留めなかった。ただ、授業の開始を知らせるチャイムの音と同時に、モンゴルの草原のような鮮やかな、深い緑が、私の視界に現れた。モンゴルの草原に白い雪は降らないし、降るわけにもいかない。それが道理なのだろう。草原の美しさは、私を魅了したのだった。
ある日、私は我慢ならなくなって、彼にその真相を問いただすことにした。真相というと大仰であるが、私にとってはそれくらい重大でかつ深刻な謎だった。道理に合わないことはしない。これは私が物心ついたことからの信条であって、彼はそれに逸脱する初めての人だった。私は昼休み、彼をあまり会話の聞かれない学校のしかるべきところに連れてきて、話を聞くことにした。(彼はいつも独りで食べていた。)彼は非常に驚いた様子であったが、このように食事に誘われることが嬉しかったのか、快諾してくれた。この人からの頼みにすぐ応じるところに、彼の素晴らしい性格の良さと、他人から舐められる危険性の両面を見た。彼は要するにお人良しなのである。食事を始めてから数分した頃に、私は例の謎を話題にした。
「君はいつも授業の休憩のとき、黒板を消している。毎日欠かさずだ。僕の知るところでは、あれは誰からも頼まれたことではないし、君はその当番でもなければ、日直でもない。もし、嫌でも引き受けていて、それが看過される環境に2組があるのであれば、僕はこれを弾劾したい。どうか、君の思うところを、話してくれないか。」
彼は、ずれたメガネを直して、答えた。
「いやぁ、別に、僕がやりたいからやってるだけだよぉ。誰も消さなくて、次の授業が始めるのはなんだか気持ち悪いし、性格の悪い先生だと上から被せるように書くから。」
「でも、2組には日直があるし、科目ごとの係だってある。だから、君が消す前に、日直やその科目の係に声をかけるべきだ。もしそれで彼らが動かないとして、君は屈してはいけない。それでは君がいつまでもいいように使われてしまう。優しいのと、都合が良いのは全く別の事柄だ。君がやりたくてやっていると言っても、そのような思いを抱かせたのは2組という環境なんだ。君は生まれつき黒板を消したい人間ではないでしょう?」
私はつい熱弁してしまった。彼も驚いている。それはそうだ。彼は「やりたくてやっている」のである。それが真実である。それ以上でもそれ以下でもない。だのに、「弾劾する」だとか、迷惑にもほどがある。それに、彼が日直や科目の係の人に黒板を消すよう指示できるほどの人物ではない、ということを今更思い出した。でも、もう引き返せない。
「永井君。よく聞いてくれ。僕はなにも君に黒板を消すな、と言ってるわけではないんだ。それはわかってくれるよね。でも、そこはある意味問題ではないんだ。2組の周囲の人間が、君が黒板を消すことが当然である、という風に思ってはいないか。そのような『環境』になってはいないか。担任の先生は、君が欠かさず黒板を消していることを知っているのか。いや、担任どころか、誰か君の粉骨砕身の努力を見ようとした人はあったか。誰も見てはいないのではないか。君の10分は本来どのように使われるべきなのだ?君がその身体をしっかり休息することのためにあるんだ。いいかい、永井君。僕は、君の黒板を消す努力と、誰からも言われずに動くその素晴らしい優しさと、見返りを一切求めない人格が、本当に信じられないんだ。そんな人間がいるとは、露知らなかった。どうか、お願いだ。担任の先生にでも話して、2組の黒板を消すシステムを改廃してほしい。こう言ってはあれだが、永井君が報われないことが僕には耐え難いんだ。僕が幾日、君が黙って黒板を消す姿を見てきたと思う?ざっと半年だ。半年だぞ!?僕なら、1日でやめる。いや、そもそもやらない。君は良くいえば優しい、品行方正な青年で、一方ではお人好しで、都合の良い黒板の『奴隷』なんだ。奴隷は解放しなきゃ。人間の理性に光をつける、それが”エンライトンメント”(enlightenment)、啓蒙じゃないか。今2組の人たちはきっとまだ啓蒙の光を浴びていないだけだ。西から光が差せば、きっと彼らだってわかってくれる。奴隷は解放されるんだ。今の2組はまさに資本主義の縮図だ。優しい人間ほど損をしている。虐げられてきた人々の叫びは聞こえない。社会の求心力の維持に貢献している、彼らの叫びは蒸留器に入れられ蓋をされてしまった。人類の歴史は欲望の系譜だ。誰かが、永井君。君に黒板を消してほしいと欲している。それに君が応えている。これはヒエラルヒーが形成されているれっきとした証拠だ。フランス革命前のフランスの社会を知っているか。98%が平民で、2%が貴族と上級聖職者だ。98%の人々が払った税金で、2%の人は良い思いをしているんだ。2%の人々は免税特権も持っている。これを『矛盾』と僕たちは呼ぶ。永井君。お願いだ。明日から黒板を消すのを辞めてくれ。まずはそこからだ。誰かが、やれと、無言の圧力を与えたとしても屈してはいけない。まずは君が制度に立ち向かうことからだ。革命はそこから始まる。毛沢東は言った。『鉄砲から政権が生まれる』と。もし、君が明日から黒板を消すのを辞めて、誰かが嫌がらせをしてきたり、誰も君に取り合わなくなったら、鉄砲でバスチーユを襲えばいい。そのときは僕も君の味方をしよう。そうして、新しい世界を。」
彼はすっかり参ってしまった。私は私で、昂奮しすぎた。
「じゃぁ、とりあえずぅ、明日から黒板は消さないことにするよ。でも、それだと僕の、こう、『良心』が痛むというか。また消しちゃうかもしれない。」
彼は笑った。次の授業の開始を知らせるチャイムが鳴り響いた。
私は彼に礼を言った。私たちは次の授業に向かった。次の授業は化学なのだが、2組なので、彼と一緒である。5限の化学が終わった。彼はその10分の休みに、黒板消しを手に取った。そして、丁寧に、力を込めて黒板を消し始めた。
ああ、いわんこっちゃない、と私は苦笑した。私は彼が黒板を消すのを、ただ眺めていた。あれだけ熱弁しておいて、今彼を手伝っては気恥ずかしかった。
彼は黒板を消し終わり、私に向かって微笑んで、自分の席に戻った。彼は甚だ満足そうだった。6限の開始時には、私の前にまた、あのモンゴルの大草原が開けた。彼は、その大草原を馬で駆け抜け、徒歩の私を追い越していった。彼は私を追い越すと、馬から降りて、私の隣を歩いた。私が先へ行けばいい、というと、彼は、それはできない、と言った。




