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蘇生令嬢はのんびり暮らししたい。

黄泉返った蘇生令嬢はのんびり暮らしたいのに、今度は第二王子が土下座してきました。

作者: 枝久

ありがたいことに、前作へたくさんの反響を頂き、このたび続編を書かせて頂きました。

恋愛糖度は極微糖……なんなら、ほろ苦さを感じるレベルですが、宜しければどうぞ。

 ガチャン!


 それは聞き覚えのある音。

ハッとして周囲を見回そうとするが、何かに縛りつけられているのか身体の自由が効かない。

それでも、なんとか首だけを左右に動かし……自分の目を疑った。


 私の視界に飛び込んできたのは、木枠に()められた己の両手首。


「こ、これは……」


 そう、まるで……()()()の再現。

私が断頭台の上で処刑された、運命のあの日⁉︎

 

 何? なぜ?? どうして???


 思考を巡らす(いとま)もなく……次の瞬間、無慈悲な鋼鉄の刃は私の首元へと落下した。


 ドンッ!



 ガバッ!


 ()()()()()()()()()、私はベッドから勢いよく飛び起きた。肩を大きく上下させ、荒い呼吸を繰り返す。


「はぁ……はぁ……はぁ……ゆ、夢?」


 カタカタと小刻みに震える身体を(なだ)めるように、両手でぎゅっと自分自身を抱き締める。


 その時、大窓から月明かりがすうっと差し込み、室内を薄ぼんやりと照らし出した。

見慣れた空間……あぁ、ここは私の自室。


 柔らかな光……これは、女神様からのお心遣いかしら?


 見えざる味方の存在を感じて安堵したからか、全身に入っていた力がふっと抜けた。

それにより緩んだ両手は、抱えていた二の腕を上へと這い、無意識に自分の首をそっと(さす)った。

指先や掌面に感じるボコボコと隆起した傷痕……この感触で、自分が今この世界に生きていることを再確認するなんて……なんとも皮肉な話だ。


「あの……悪夢、か……」


 薄闇の中、ようやく少しずつ頭が働いてきた。

……あの処刑自体が夢だったのなら、どれだけ良かっただろう?


 夢と現実の区別がつくに従い、冷え切った全身に向けて、心臓が熱を孕んだ血液を送り出す。


 ドクンッ……ドクンッ……ドクンッ……


「くしゅん!」


 身体がいつもの体温を取り戻すと、小さなくしゃみの後に、肌寒さを感じた。

当然か。寝巻きはじっとりと濡れ、それが冷えて皮膚にぺたりと張り付いていた。反面、水分を失った身体の内側は砂漠のようにカラカラ……全身の毛穴という毛穴から、汗として体外に吹き出したのだろう。


 あの日あの瞬間(とき)はわからなかった。

だが、『恐怖』は時間が経ってから、私の前にその姿を現した。じわじわと体を蝕む遅効性の毒のように……。


「はぁ……さて、着替えと……お水が欲しいわね」


 そう独り言を溢し、私はベッドからのそりと立ち上がったのだった。



◇◇◇◇



「リノア嬢! 本当にすまなかったぁぁぁぁぁぁーーっ!」


 穏やかな日差しの降り注ぐ中庭に、男神の全力の謝罪が響き渡る。

ティーカップを持ち上げた私は、それをちらりと横目で見遣り、一言ぽつりと呟いた。


既視感(デジャヴ)……」


 そして、侍女のココが淹れてくれた紅茶を静かにす(すす)り、ふうっと溜息を吐き出した。


 クロスグロッド公爵邸中庭のガゼホ内、ガーデンテーブルに置かれた椅子は四脚……そのうち三席が今、埋まっている。

私の左隣の席には6つ年下の弟ヴェルムが綺麗な姿勢で腰掛け、彼の真向かいのテーブル上には四角い鏡が一つ置かれていた。


 その鏡に向かって、ヴェルムがにこりと微笑みながら言葉を掛ける。


「男神様、おはようございます。流石の僕も聞き飽きましたよ、その謝罪。で、今日もまた、姉上に何をやらかしたんです?」


 私に代わり、挨拶という名の尋問が始まる。

一応は敬称をつけているし、話し方自体は上品なのだが、発せられた言葉は冷たく刺々(とげとげ)しい。


 鏡の中には、姑息(こそく)にも全身がちゃんと入るよう計算したのか、少し下がった位置で綺麗な土下座をかましている男神の姿がはっきりと映っていた。



 私、リノア・クロスグロッドは二月(ふたつき)ほど前、斬首刑により一度この世を去り、そして男神(これ)によって蘇生された。

なんでも、女神様が私を処刑から助けようとしていたのを男神がうっかり邪魔してしまったらしく、その罪滅ぼし兼、愛しい彼女へのお詫び……とかなんとか。その為、私には男神の加護が付帯サービスされている。


 だが、『アフターフォロー万全』『24時間対応いつでも駆けつける』と言っていた、この男神……呼んでもないのに、ひょっこり現れる。

毎回、水鏡になりうる、スープやら紅茶やらに出てくる出てくる……ウンザリした私は、男神専用鏡を設けることにしたのだ。



 土下座している男神に向かって、私も静かにクレームを入れる。


「ねぇ、あの日にそっくりな悪夢を見たのだけど……貴方の言っていた『アフターフォロー』は一体どうなっているのかしら?」

「ゔっ! 誠に申し訳ございません……ここ最近ずっと口を聞いてもらえなかった女神と、久しぶりに会話でき、舞い上がってしまい……うっかり失念しておりました」

「……」


 そのうっかりのせいで、私、首を斬られて死んだんですけど?

どれだけうっかりすれば気が済むの? ポンコツなの? 脳内お花畑なの?


「じ、実は……眠りを司る神が有給を申請して、昨日から長期休暇(バカンス)に入ったのを忘れておりまして……」

「「は?」」


 瞬間、ガゼホ内の空気がピキッと凍り付く。


「へぇ……男神様は生命を司る神の分際で、他神に頼って姉上の悪夢を防いでいた、と。人間の生命活動にとって大切な睡眠を守ることすら出来ない『愚神』ということでよろしいでしょうか?」

「はうっ! ヴェルム殿、手厳しい!」


 強烈な殺気が込められた弟のイヤミに、鏡の中の男神がキューーッと小さく縮こまる。

さらに追い討ちをかけるべく、ヴェルムが何か言わんとするタイミングで、丁度、侍女のココが朝食を運んできた。

 虫ケラでも見るような眼差しを男神に向けつつ舌打ちした弟の横で、彼女がそっと頭を下げ、口を開いた。


「リノア様。男神様にはお食事、お出ししなくてよろしいんですよね?」

「えぇ。食べれないから食材が無駄になるわ。お水でも供えてちょうだい」

「かしこまりました。あら、でもそれだけではなんだか……あっ! 綺麗なお花を飾らせて頂きましょう! 鏡の(ふち)も寂しいので、シックなリボンの装飾を……はい! 出来ましたわ!」


 ………………


 どうしよう。

水と花瓶を手前に置かれ、四角鏡に白黒のリボン……男神の鏡がなんだか遺影みたいになってしまった。


 あの一件以降、世間だけではなく、公爵邸内でも変わったことがいくつかある。その一つがこれだ。

 私が貴族然とした格好をやめたことで、派手なドレスに着替えなくなり、侍女のココが『カワイイ』の摂取不足による禁断症状に陥ったのだ。

 私の首だけでは飽き足らず、隙あらば何にでもリボンを巻こうとする。そこで『この中庭だったら好きにデコレーションしていいわ』と、彼女に許可した。木々のあちらこちらにリボンが結ばれているのはそのせいだ。

 最近では、私の為にと、女神様に捧げる歌声リサイタル用のステージ作りに()っているようで、中庭の一角に景観を損ねる謎の建造物が出現している。

……うん。見なかったことにしよう。


 もう一つは、弟のヴェルムの毒舌に磨きがかかってしまったことだ。

 元々、私によく懐いており、天使のような少年だったのだが……一年前、元婚約者の第一王子の浮気が発覚した途端、ドス黒い言葉を吐き出すようになってしまった。そして、私の処刑から蘇生への顛末(てんまつ)を聞き、男神も彼の()()対象リストに加わった。


 でも……それも仕方がないことかもしれない。たった12歳で、実姉の処刑を目撃したのだから……。


 私は自分が死んだ瞬間、首が飛んだことにだけ気を取られていたが、どうやらこの両手首も同時にスパッと切断されていたらしい。そんな(むご)たらしい光景を見せつけられ、少年の精神が歪まない訳がない。

 

 ………………


 おえっ……あんまり思い出したくないわ。今朝の悪夢が鮮明に(よみがえ)り、私は傷痕を隠すチョーカーの上から首筋をそっと撫でた。


 眉間に皺を寄せたヴェルムが、サラダを食べながら、また向かいの男神に噛みつく。


「だいたい、クソ聖女は国外追放だなんて……やることが生ぬるいんですよ。姉上と同じ目に合わせてやればよかったのに……」


 若き次期公爵が恐ろしいことを口走る。


「駄目よ、ヴェルム。そんなことを言っては……こんなんでも、一応は生命を司る神だから……」

「そうですよ、聖女を処刑なんてそんな……不公平です。あの場に集まった全民衆も同罪なのだから、全員の首を斬り落とさないと……」


 (たしな)める私に同調するかと思いきや、侍女のココが笑顔でさらりと物騒なことを言い放つ。

……そんなことになったら、王都の人口が激減して、王国滅亡カウントダウンが再始動するわね。


「そういえば、クソ聖女はその後どうなったんです?」

「お食事中ですよ、ヴェルム様。あんまりクソクソおっしゃらず、これを期に(ののし)(そし)りの語彙力(ごいりょく)をアップさせて下さいませ」


 ココがやんわりと苦言を呈する……が、何かが違う気がする。


 それにしても……『転生者』と(おぼ)しき聖女……私を罠に()めた彼女の顔がふっと脳裏に浮かび、心臓がドクンッと大きく脈打った。

 次の瞬間、全身から血の気がさぁーーっと引く感覚。

 

 はっ、いけない! 


 皆にいらぬ心配はかけたくない。

己の顔色の変化を悟られぬよう、テーブルマナー違反な大口を開けて白パンを頬張り、誤魔化(ごまか)した。

……まだ駄目ね。完全にトラウマだわ。


 そんな私の心情に気づく素振(そぶ)皆無(かいむ)な男神は、ヴェルムの問いへ素直に言葉を返す。


「あれは、この近隣で一番過酷な刑罰のある迷宮国家へ罪人として送致したから、今頃は魔物に美味しく(かじ)られている頃だろう。そんなことより、今はリノア嬢の悪夢をどうにかせねば……」


 おや、急に男神が真剣モードか、珍しい……まぁどうせ、明け方に女神様からこっぴどく叱られたのだろう。


 私のことを見守って下さっている女神様のお顔を、私は知らない。

 以前『男神(あんた)なんかよりも百万倍、女神様に会いたいわ』と言ったら『それは無理だ、すまん』と半泣きで返された。なんでも、光を司る神のお姿はあまりの(まばゆ)さに、直視した人間の目が潰れてしまうのだそう。

 『せめて姿絵だけでも……』とお願いしたら、男神画伯のド下手な似顔絵を見せられたので、大人しく諦めた。



「リノア嬢。悪夢対策として一番手っ取り早いのは、あの日の記憶を消すことだ。よし、消すか?」

「軽っ! そんなノリで言わないでよ。それに……私は消したくないわ」

「へ?」


 私の返答が意外だったのか、驚きで彼の声が裏返る。


「もし、私が一連の記憶を無くし、ただの品行方正で美しい王国最高位貴族令嬢に戻ってしまったら……うっかり、他国のやんごとなき身分なパーフェクト美男子と婚約締結されてしまう。私は……もう、そういうしがらみなく、のんびり暮らしたいのよ」


 この身体に残した首の傷痕と同様、私の身に起こったこと全て……記憶に刻みつけ、忘れはしない。

同じ(あやま)ちを繰り返さない為に……。


「悪夢は、眠りの神が休暇から戻られるまで辛抱するわ。メンタルトレーニングね。それよりも、今はもっと厄介な悩みが……」

「リノア様〜〜!」

 

 その時、いつも冷静沈着な執事のディオルが真っ青な顔で中庭に駆け込んできた。

……少し前にも、似たようなことがあった気がする。


「分かった……今行くわ」



◇◇◇◇



「お断りします」

「リノア様〜〜! まだ何も申しておりませぇ〜〜ん!」


 公爵邸来賓(らいひん)室の絨毯(じゅうたん)上で土下座をしていたのは……この国、ジャルディノン王国第二王子、ルバァージ殿下。私の元婚約者の弟だ。

ヴェルムとは同い年、二人は幼馴染で親友……だった。第一王子が浮気をするまでは……。


 本来、王族自らが我が家に足を運ぶことなどあり得ない。所用があれば王城に召集をかけるからだ。

だが、前代未聞の不祥事をやらかした王家が私を呼び出せるわけがない。

 その事情をご存知の彼が、朝食の時間帯で突撃訪問してくるとは(いささ)か非常識……何かあったのか?


「ルバァージ殿下、お立ち下さい」


 だが、私の言葉とは反対に、彼は頭を再度下げ、震える声で懇願(こんがん)した。


「こ、こんなことを言える立場ではないのは、重々承知の上で申し上げます。あ……兄上を……助けてください……」

「え?」


 差し出すように揃えた彼の手には、一通の手紙が握りしめられていた。

それは、私の悩みの種……毎日届く、元・第一王子からの謝罪の手紙だった。



◇◇◇◇



 カタカタッ……カタタンッ……カタカタッ……


 王城へと向かう馬車の中は、重苦しい空気に包まれていた。

 私、ブチ切れ寸前な弟ヴェルム、真っ青な顔で(うつむ)く第二王子の三人が狭い室内に集結しているのだから、まぁ仕方ない。


「姉上……お人好しにもほどがあります! こんなヤツの話を聞いて……しかも、あのゲス野郎の元へ向かう⁉︎ 助ける⁉︎ あり得ない!」


 隣の席のヴェルムが叫びに似た声を上げる。それを諭すように、私は静かに言葉を返した。


「ヴェルム……もしも、私が目の前で悩み苦しんでいたら……貴方はどうする?」

「そりゃ、全力で助けます! 僕の命を懸けてでも!」

「い、命は懸けて欲しくないけど……つまり、そういうことよ」

「?」


 苦悶するルバァージ殿下の姿に、ふと、この子が重なった。


 私の死が、どれほど弟の心を深く傷つけてしまったか、生き返って思い知った。ヴェルムだけじゃない。お父様、お母様、ココ、ディオル、使用人の皆……私の死を(いた)む者達がいることにまで考えが至らなかった。

聖女の罠に嵌められる前に、やれることはまだあったはず……なのに、それを怠り、まんまと殺された。

これは……贖罪(しょくざい)だ。


 目の前では、相手を射殺しかねない眼光を向ける弟と、睨まれ縮まる殿下。

 空気の悪さになんだか()(たま)れず、視線を窓の外に向け、通過する街並みを眺め……二度見する。


「えっと……ヴェルム。あの子供達……あれは何かしら?」

「あれが今、市政で流行りの遊びです!」

「……」


 最近、(ちまた)では首無令嬢(デュラハン)ごっこや、人形の首をむしり取って、それを裁縫で縫い直すリノア人形なるものが爆発的に大流行している……らしい。

 ちらりと話には聞いていたが……怖っ!

市政の情操教育は一体どうなってんのよーーっ⁉︎


「男神自らが神殿改革に乗り出して『リノア嬢の名誉を回復せよ!』って信託下ろしたらしいですからね、はい」


 そう言って、ヴェルムが一冊の本を取り出した。


◇◇


『蘇生令嬢リノア物語』


 王都の中央広場は、とある罪人の斬首刑を一目見ようと、群衆で埋め尽くされていた。

 断頭台の木枠にうつ伏せで拘束されていたのは……聖女暗殺計画の首謀者、リノア・クロスグロッド公爵令嬢。


 最期まで罪を認めなかった気高き令嬢は、頭上から落とされた鋭利な刃に、その華奢(きゃしゃ)な首を切断され、胴体から切り離された美しい頭部は壇上に転がった。


 処刑台を囲う民衆達は、それを見て、悪女の死に歓喜した。


 しかし……神々は全てを見ていた。

冤罪によって命を落としたリノア嬢を……非道なる聖女を、愚かなる王子を、救いようのない民衆達を……。


 彼女の死を嘆き、光を司る女神は悲しみに暮れた。空は途端に闇に覆われ、陽の当たらぬ王国は滅亡への道を辿る……はずだった。


 だがそこに、愛する女神の涙を止めんと、生命を司る男神が立ち上がった。

聖女の叛逆(はんぎゃく)を暴き、闇に心を染められた王子を裁き、曇った民衆達の目を覚まさせたのだ。


 そして非業の死を遂げたリノア嬢は、男神の祝福により、現世への蘇生を果たしたのだった。


 神の奇跡をその目で見た者たちは皆、涙を流し、この話を後世まで語り継ぐのであった。

 

 おしまい


◇◇


「……と、いうのが、神殿の聖教者共が急ピッチで創作し、流布した『蘇生令嬢リノア物語』です」

 

 ……………


「は?」


 お前の仕業か、男神! 

自分に都合悪い部分は端折(はしょ)って、美化してんじゃないわよ!

聖教者達もプロパガンダが必死すぎる!


 私が首に傷痕を残して貰ったのには、いくつか理由がある。その中には、処刑を喜んだ民衆への私なりの復讐心だった。なのに……流行ってる⁉︎


「はぁ……世の中って本当、よくわからないものね」


 頬杖をつき、深々と溜息を吐き出したのだった。



◇◇◇◇



 それは異様な光景だった。


 城の敷地内で最奥にある塔は王族用の牢屋、その薄暗い塔内で鉄格子の向こう側……小さな格子窓からしか陽の入らない空間に、見覚えのある執務室が丸ごと設置されていた。

 その山積みされた大量の書類の中央に座し、ひたすら執務作業に追われる者……それは骸骨のように痩せ細った元・第一王子ゴルドール、その人だった。


 元々、彼は非常に有能な人物だ。代わりになる人材は国中を探しても、すぐに見つけるのは難しいかもしれない。

 だからといって……王太子を廃嫡にしても、仕事は変わらずにやらせているのか? それこそが刑罰なのか、それとも……本当に大丈夫なんだろうか、この国は。


「あ、兄上……」

「……」


 第二王子の呼び掛けは彼の耳に届いていないのか、返事も無く黙々と紙上にペンを走らせている。

 

「リノア様をお連れし……」

「リノア⁉︎」


 ガタッ!


 私の名前を聞いた途端、彼が椅子から勢いよく立ち上がった。


「リ……リノア……」


 顔を上げ、私の姿を窪んだその瞳に映すと、ヨロヨロ前に進み、両手で鉄格子を掴んだ。


 ガシャンッ!


「リノア……ほ、本当に生き返っていたんだな……よ、良かった……」


 そう言って元王子はボロボロと涙を流し、真下の床に沈み込んだ。その姿に、私の知る彼はどこにも見当たらなかった。

そして……その場で静かにゴルドールが土下座をする。


 ………………


 どいつもこいつも、そんな簡単に頭を下げて……男共よ、プライドというものはないのか?


「あ、謝って許されることではないが……それでも、どうしても謝りたかった……リノアを信じることが出来ず、本当にすまなかった……」


 えぇ、聖女の言葉を鵜呑みにした貴方に、処刑を命ぜられましたからね。『すまなかった』では済まない。


 8歳で引き合わされ、丸10年。国を背負う立場に生まれた彼の婚約者として、常に傍で寄り添うように共に学び、笑い、生きてきた。王子としての自覚を持ち、陰ながら誰より努力してきたところも知っている。


 本当に好きだった。

ゴルドールがいたから、私は頑張れた。そして、彼も私だけを愛してくれていた……『ヒロイン』の聖女が学院に入学するまでは……。


 男神によれば、彼女は『魅了(チャーム)』の魔法具をどこかから入手したらしく、それを使ってやりたい放題……そして、あの騒動に発展したそう。聖女ならぬ傾国の悪女だ。



 コツッ……


 一歩前へと進み、私は努めて冷静に彼へ告げた。


「もう、手紙は送ってこないで下さい」

「な、なぜ⁉︎ 今まで受け取ってくれていたじゃないか!」

「手紙を持参した使者を拒否したら、その者がどんな目に遭うか……想像したら、受けざるを得ないでしょう? だいたい、幽閉の身のくせに、なんで手紙を送ってこれるんですか?」

「一日の執務ノルマをクリアすれば、食事か、欲しい物を選ばせてくれる。私は……貴女へ送るレターセットを選んでいた」


 え? 国王夫妻、なかなか酷くない? サイコパス? 元王子飼い殺し状態?


 あぁ、だからルバァージ殿下が私のところへ助けを求めに来たのね。このままだとゴルドールは栄養失調で狂ってしまう……ん? もう遅い?


 ブチッ!


 その時、私の背後でイライラしながらも口を(つぐ)んでいたヴェルムが、とうとう爆発した。


 ガシャンッ!


 鉄格子に足を掛け、ゴルドールを見下ろしながら、ヴェルムが怒鳴りつける!


「悲劇の主人公ぶんじゃねえよ、被害者は姉上だ! 僕はクソ聖女の『魅了』には掛からなかった! あんたに浮気心があった証拠だ。姉上への愛が足りなかったんだよ!」

「そ、それは……」


 『魅了』の魔法具は増幅の効果らしく、聖女をカリスマアイドルのように拝する王都の民衆には絶大な効力を発揮した。

 だが、ヴェルムのように好感度ゼロもしくはマイナスな相手には無効だ。それゆえ、公爵家の面々は掛からなかった。

 それにしても恐るべき威力……もしかしたら、他にも何かの要因が相乗効果を生んだのかもしれない。


「わ、私は王子だ。誰に対しても平等であろうと……」

「はいはい、皆の王子様は博愛精神に富んでいらっしゃる。で、見事に聖女にハマっちゃったわけですね」

「…… 心の隙があったのは……間違いない」

「心のどこかで、思ったんでしょう? 『俺を心から愛しているリノアなら聖女暗殺を()()()()()()』って……」


 お茶会で、何者かに毒を盛られ倒れた聖女……今思えば、状態異常に耐性がある聖女に、毒は効かない。自作自演だったのだろう。

 だが彼女が発した『リノア様にやられた』その一言で、彼の中の天秤が傾いた。

 そして、私は捕えられ、命も尊厳も奪われた。


 でも……私も愚かだった。聖女と急接近したゴルドールをまだ信じていた。なぜなら、彼女との仲が深まっているのに、()()()()()()()()()()()()()()()()

『魅了』に打ち勝つくらい、私への愛情があったとも捉えられる……が、違う。


「正妃と側妃、どちらも手に入れたかったのよね? そうでしょ?」

「わ、私は……どちらも本当に愛していたんだーーーーっ!」

「二股だ」

「二股ね」


『もうお前のことは愛していない』……そう冷たく言って、乗り換えられた方がまだマシだった。中途半端に期待を持たせるほど残酷なことはない。


「私はね、ゴルドール……貴方の特別になりたかった」

「リノア……」

「 好きだったわ。でもね、いい男は浮気しないの。互いに辛いこの恋は……もう終わりにしましょう」


 そう言って私は、懐から取り出したコンパクトミラーをパカッと開き、鏡の中でゴロ寝していた男神に告げた。


「ねぇ男神……お願いがあるの。記憶を……消して欲しいの……」

「は、はい! 喜んでーーっ!」


 ようやく私から頼られて、張り切る男神の場違いな声が牢内に響き渡ったのだった。



◇◇◇◇



 帰りの馬車に揺られながら、車内でヴェルムが深い溜息を吐き出した。


「全く、姉上は人が良すぎます!」

「ははは。だから、リノア嬢のことをうちの女神(ハニー)が推すんだよ」

 

 やっと、神らしいところを見せられたからか、上機嫌な男神が鏡の中から私達の会話に参加してきた。


「あれ? 女神様とそんな感じで呼び合う仲だったの? じゃあ、男神はダーリンって呼ばれているの?」

「そ、そ、そ、そんな風に呼ばれたら私の心臓が止まってしまう!」

 

 男神キュン死? 女神様は即死攻撃も可能なのか。


「ま、とりあえず、目下の悩みも片付いたし……」

「そうですね。鬱陶しいクズ野郎の脳内から姉上の記憶が消えて清々しました。不快な手紙もなくなり、今度こそ平和にのんびり暮らせますよ」


 そう、男神にはゴルドールの中から、私と聖女の記憶を消してもらった。もう、彼が私のことで思い悩むことは無い。

……これでいい。本当に、私達は終わったのだ。


「それにしても『魅了』の魔法具って……一体何だったのかしら?」

「王族が『魅了』の加護を持つ国があるって聞いたことがありますが、それと何か関係が……」

「あのぅ……」


 そこに申し訳無さそうに、男神が口を挟んできた。


「実は……非常に言いにくいんだが……どうやら転生を司る神が一枚も二枚も噛んでいたらしく……なんでも『真実の愛』を見てみたかった……と」

「「?」」


 男神が何を言わんとするか、よく分からない。


「リノア嬢が処刑され、女神が荒れに荒れた時…… ボコボコにされた転生の神が泣いて白状したんだ」

「え⁉︎ 女神様、そんなにお強いの⁉︎」

「彼女、光を司る神だからな。放った閃光で目眩ましさせた瞬間、皆が派手に吹き飛ばされちまう。大勢で協力し、時を司る神と眠りを司る神の連携であの時はどうにか収まったんだが……」


 天界大乱闘⁉︎ 女神様は無双状態⁇


「転生を司る神が、亡くなった人間の魂をこの国に転生させる際、主要キャラポジションに置き、あとは各々が勝手に動く……だが、なにやら刺激が欲しくなったのか、テコ入れを……」

「……まさか?」

『魅了』の魔法具を与えたのは……ヤツだ」

「「⁉︎」」


 台本無しの恋愛リアリティショーがお好きな神からの追加アイテム⁉︎

……つまり、神の悪戯で私の人生が、めちゃくちゃに振り回されたってこと⁉︎


 私よりも向かいに座るヴェルムが今まで見たことのない鬼の形相で怒りに震えている。


「何で今まで黙っていたの?」

「知らない方が幸せなこともある……だが……」


 口籠(くちごも)る男神……何か、まだ彼の中で懸念事項があるのだろう。


「いいから言ってみて」

「城を出る際に、挨拶をした者達を覚えているか?」

「えぇ、皆、学院からの知り合いや世間のご令嬢達に人気な騎士団……まさか」

「たぶん、転生の神の新企画かもしれん。リノア嬢に詫びたいと言っていたから、関わりのある殿方の中から真実の愛を掴んでほしい……とか?」


 新キャラ投入? 懲りないな、転生の神! 大迷惑よ!


「私、のんびりしたいんだけど……はぁ……まぁいいわ。考えても仕方ない。フラグは叩き折ればいい」

「フラグ?」

「何でもないわよ、ヴェルム。さぁ帰って、歌の練習でもしましょうか」


 ふっと、私の頭に、ココが作ってくれた中庭のデコラティブなステージが思い浮かんだ。

……あれは、ちょっともう少し控えめな形に作り変えてもらうおうかしら?


 おしまい

最後までお読み頂き、ありがとうございました!

お暇つぶしになりましたでしょうか?

評価、感想、いいね等、頂けると幸いです。


前作に頂戴した感想から発想を膨らませてみました。お声を下さった全ての皆様に、心より土下座を捧げます。

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