嘘をつけば本音が“暴かれる”魔道具の前で、許嫁が私への十年分の悪意を晒しました 〜婚約破棄のつもりが、真の継承者は私だと国中にバレてしまったようです〜
「レアラ、お前のような嘘つきとは、もう共に歩めない」
王太子ユリウスが吐き捨てたその一言は、
まるで王城全体に冷たい斬撃を走らせたようだった。
青いステンドグラスから差し込む光が、
白い石床の上で細く揺れている。
私はその光の中で、ゆっくりと息を吸った。
「……左様でございますか」
十年。
私は王太子妃としての教育を受け、王家のために尽くしてきた。
幼い頃から、ユリウスの隣に立つ未来を当然のものとされて育った。
けれど、彼の眼差しが私に向けられるとき、
そこに温度を感じたことは、一度もなかった。
「本日、真実の間で“審問”を行う。
お前がついてきた数々の“嘘”を、すべて暴き、正式に婚約破棄とする」
ざわめきが、王城の通路を揺らした。
扉の奥で兵たちがざくりと足を揃える音が響く。
私はただ一礼した。
「承知いたしました、殿下」
ユリウスの目がわずかに細くなる。
“怯えもしないのか” と言いたげな目だ。
けれど、怯える必要などどこにもない。
私は――嘘をついたことがない。
嘘をついていたのは、いつだってユリウスのほうだったから。
◆
「真実の間」。
王城の最奥、巨大な魔術紋が刻まれた法廷に私は立っていた。
中央には一枚の鏡が置かれている。
“言葉の嘘を砕き、本音をそのまま響かせる魔道具”
――〈真語の鏡〉。
王家の裁判でのみ使用が許される至高の真実検知器だ。
魔国製であり、干渉不可能。
……干渉できるはずがない。
なのに、ユリウスの口元には自信満々の笑みが浮かんでいた。
(……何を、するつもり?)
視線の先、ユリウスの隣に控えるのは、
妖艶なドレスを身にまとった少女――リリアナ。
噂の愛妾であり、最近は王太子妃のように振る舞っている女だ。
リリアナは、勝ち誇った笑みを浮かべて、囁いた。
「レアラ様。鏡は“真実”しか映しません。
あなたの嘘が、ようやく皆様に晒されるのですね」
「嘘……?」
「ええ。十年間も殿下に取り入り、裏で他の令嬢を貶めてきたそうじゃありませんか。
鏡の前では、ごまかせませんわよ」
……どれもこれも、初耳だ。
私はそんな真似、したことがない。
だが――
ユリウスは続ける。
「レアラ。今日こそ、お前の虚飾を剥ぎ取る。
これまでの悪行、本心、すべてな」
拳を握りしめたユリウスが、
鏡にそっと手を触れた瞬間――。
青い光が、法廷全体を満たした。
「ではまず、俺から証言しよう。
レアラ、お前は“嘘つき”で――」
鏡が、光った。
『レアラは誠実だ。
俺がついた嘘を、いつも黙って受け止めてくれていた』
――静寂。
王族の護衛すら息を呑むほどの沈黙が、法廷に落ちた。
「は?」
ユリウスが間の抜けた声を出す。
鏡は続けざまに、彼の“嘘”を砕き続けた。
「レアラは陰で人を操り――」
『陰で人を操っていたのは俺だ。
彼女を悪く見せれば、俺の価値が上がると信じていた』
「レアラは俺を欺き――」
『欺いていたのは俺だ。
レアラを支配するために、劣等感から嘘を重ねていた』
観客席から、抑えきれない笑いと動揺が入り混じった声が漏れる。
「なっ……なんだこれは!?
鏡が壊れている!」
『壊れているのは俺の自尊心だ』
「だまれぇぇぇ!!」
ユリウスが鏡に怒鳴る。
だが鏡は魔道具だ。
怒鳴られて止まるような柔な造りをしていない。
鏡は光り続ける。
ユリウスの口を通さない、
“ずっと隠していた本音”を、
すべて――暴き続けていく。
『レアラが優秀なのが怖かった。
本物の王妃は彼女だと、ずっと分かっていた』
『だから価値を貶めた。
俺に従わせるために』
『彼女を愛している自分を認めるのも、怖かった』
震える声でユリウスが叫ぶ。
「ち、違う! 違うんだ!!
私はそんな――」
「干渉の可能性はない」
低く、重い声が背後から響いた。
玉座から静かに歩み出たのは、現国王。
王の権威を象徴する金の杖を手にしている。
「〈真語の鏡〉は、王国最高の真言魔術士が管理している。
その真言士が……そなたの隣に立っている彼だ」
王の横で控えていた人物が歩み出る。
銀髪の青年。
淡い青の瞳が、私を優しく見つめる。
隣国の筆頭魔導師にして、“預言師”と呼ばれるエルディオ。
「レアラ殿。
私はあなたの動向をずっと見ていました。
あなたは――“真言士”。
言葉の魔力が、世界を動かす希少な力を持つ方です」
「……私が?」
衝撃で、思考が一瞬止まる。
「王家は、その力を恐れ、同時に欲した。
だが“自由なあなた”に出て行かれると困る。
だからユリウス殿下を焚きつけて、あなたを貶め、縛り続けたのです」
ユリウスの顔色が、紙のように白くなった。
「う、嘘だ!
父上、私はそんな――」
鏡:
『レアラが光なら、私は闇。
彼女と並べば、私の小ささが露呈する』
鏡:
『だから価値を奪った。
彼女を“自分より下”に置くために』
「や……めろ……!」
ユリウスは床に崩れ落ちた。
鏡は止まらない。
本音は次々と、空気を震わせながら暴かれていく。
『本当は、ずっとレアラを愛していた』
『でも、愛していると認めたら、
彼女を自由にしてしまいそうで……怖かった』
――暴かれた“愛”は、
誰よりも醜く、誰よりも哀れだった。
◆
王はゆっくりと杖をつき、ユリウスを見下ろした。
「レアラは十年、黙ってお前を支えてきた。
だがそれは、彼女が嘘つきだからではない。
優しすぎたのだ」
王は玉座の前に立ち、広間全体へと告げる。
「王太子ユリウスを、本日限りで廃嫡とする。
すべての罪は彼にあり、レアラには一切ない」
どよめきが爆発した。
騒がしい声が、巨大な屋敷を揺らすように渦巻く。
「レアラ殿」
エルディオがもう一度、私に向き直った。
「あなたの言葉は、世界を変えられる。
どうか、我が国に来てほしい。
あなたを“価値ある者”として扱う国へ」
私は少しだけ、目を閉じた。
十年。
私は、誰かの期待の中で生きてきた。
誰かの嘘を飲み込み、誰かの都合で生きてきた。
でも。
(もう……いい)
私は静かに言った。
「ユリウス殿下」
床に崩れた姿の彼が、かろうじて顔を上げた。
「……すまな、かった……レアラ……」
鏡が、青く揺らめく。
『愛していた。でも高すぎる光で……
怖くて、逃げて、嘘を重ねてしまった』
私は首を横に振った。
「その愛で、誰かを縛るべきではありません」
それだけ告げて、私は前へ一歩進んだ。
「エルディオ様。
そのお言葉……本音であってほしいと願います」
「もちろんです」
エルディオはそっと手を差し伸べる。
「あなたの言葉も、涙も、笑顔も。
そのすべてを尊重する国に、どうか来てください」
私は――その手を取った。
「……はい」
鐘の音が鳴った。
まるで、私の選択を祝福するように。
◆
王城の石段を降りると、
夕方の風が、頬を優しく撫でた。
青い空に、新しい星がひとつ輝き始めている。
(もう、嘘に怯えなくていい……)
私はエルディオの横に立ち、
新しい未来へと歩き出した。
彼の言葉が、風の中で小さく響く。
「レアラ。
あなたは“誰かの影”で終わるような人じゃない。
あなたこそ光であり――世界を動かす言葉そのものだ」
私は小さく笑った。
「……そうでしょうか」
「ええ。私は、ずっと見ていましたから」
その言葉が、胸にそっと落ちる。
やわらかい。
温かい。
押しつけがましくない“本音”。
長い影の中で生きてきた私にとって、
それは初めて触れる、まっすぐな光だった。
(私も――誰かの光になっていいのかもしれない)
そう思えた瞬間、
私の中で何かがすっとほどけた。
〈真語の鏡〉が暴いたのは、
ユリウスの本音だけではなく。
――私自身の、
“縛られていた心”だったのだ。
だから私は、もう迷わない。
(これからは、私の言葉で生きる)
夕暮れの空へ、そっと呟いた。
「私は、自由です」
その言葉は、魔力を持たないただの音だった。
けれど、不思議と世界が少しだけ明るく見えた。
私の本音を、
誰かが大切にしてくれる場所へ。
私は歩き出した。




