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嘘をつけば本音が“暴かれる”魔道具の前で、許嫁が私への十年分の悪意を晒しました 〜婚約破棄のつもりが、真の継承者は私だと国中にバレてしまったようです〜

作者: 妙原奇天
掲載日:2025/11/30

 「レアラ、お前のような嘘つきとは、もう共に歩めない」


 王太子ユリウスが吐き捨てたその一言は、

 まるで王城全体に冷たい斬撃を走らせたようだった。


 青いステンドグラスから差し込む光が、

 白い石床の上で細く揺れている。


 私はその光の中で、ゆっくりと息を吸った。


「……左様でございますか」


 十年。

 私は王太子妃としての教育を受け、王家のために尽くしてきた。

 幼い頃から、ユリウスの隣に立つ未来を当然のものとされて育った。


 けれど、彼の眼差しが私に向けられるとき、

 そこに温度を感じたことは、一度もなかった。


「本日、真実の間で“審問”を行う。

 お前がついてきた数々の“嘘”を、すべて暴き、正式に婚約破棄とする」


 ざわめきが、王城の通路を揺らした。

 扉の奥で兵たちがざくりと足を揃える音が響く。


 私はただ一礼した。


「承知いたしました、殿下」


 ユリウスの目がわずかに細くなる。

 “怯えもしないのか” と言いたげな目だ。


 けれど、怯える必要などどこにもない。

 私は――嘘をついたことがない。


 嘘をついていたのは、いつだってユリウスのほうだったから。



 「真実の間」。

 王城の最奥、巨大な魔術紋が刻まれた法廷に私は立っていた。


 中央には一枚の鏡が置かれている。

 “言葉の嘘を砕き、本音をそのまま響かせる魔道具”

――〈真語の鏡〉。


 王家の裁判でのみ使用が許される至高の真実検知器だ。

 魔国製であり、干渉不可能。


 ……干渉できるはずがない。


 なのに、ユリウスの口元には自信満々の笑みが浮かんでいた。


(……何を、するつもり?)


 視線の先、ユリウスの隣に控えるのは、

 妖艶なドレスを身にまとった少女――リリアナ。


 噂の愛妾であり、最近は王太子妃のように振る舞っている女だ。


 リリアナは、勝ち誇った笑みを浮かべて、囁いた。


「レアラ様。鏡は“真実”しか映しません。

 あなたの嘘が、ようやく皆様に晒されるのですね」


「嘘……?」


「ええ。十年間も殿下に取り入り、裏で他の令嬢を貶めてきたそうじゃありませんか。

 鏡の前では、ごまかせませんわよ」


 ……どれもこれも、初耳だ。


 私はそんな真似、したことがない。


 だが――

 ユリウスは続ける。


「レアラ。今日こそ、お前の虚飾を剥ぎ取る。

 これまでの悪行、本心、すべてな」


 拳を握りしめたユリウスが、

 鏡にそっと手を触れた瞬間――。


 青い光が、法廷全体を満たした。


「ではまず、俺から証言しよう。

 レアラ、お前は“嘘つき”で――」


 鏡が、光った。


『レアラは誠実だ。

 俺がついた嘘を、いつも黙って受け止めてくれていた』


 ――静寂。


 王族の護衛すら息を呑むほどの沈黙が、法廷に落ちた。


「は?」


 ユリウスが間の抜けた声を出す。


 鏡は続けざまに、彼の“嘘”を砕き続けた。


「レアラは陰で人を操り――」


『陰で人を操っていたのは俺だ。

 彼女を悪く見せれば、俺の価値が上がると信じていた』


「レアラは俺を欺き――」


『欺いていたのは俺だ。

 レアラを支配するために、劣等感から嘘を重ねていた』


 観客席から、抑えきれない笑いと動揺が入り混じった声が漏れる。


「なっ……なんだこれは!?

 鏡が壊れている!」


『壊れているのは俺の自尊心だ』


「だまれぇぇぇ!!」


 ユリウスが鏡に怒鳴る。

 だが鏡は魔道具だ。

 怒鳴られて止まるような柔な造りをしていない。


 鏡は光り続ける。


 ユリウスの口を通さない、

 “ずっと隠していた本音”を、


 すべて――暴き続けていく。


『レアラが優秀なのが怖かった。

 本物の王妃は彼女だと、ずっと分かっていた』


『だから価値を貶めた。

 俺に従わせるために』


『彼女を愛している自分を認めるのも、怖かった』


 震える声でユリウスが叫ぶ。


「ち、違う! 違うんだ!!

 私はそんな――」


「干渉の可能性はない」


 低く、重い声が背後から響いた。


 玉座から静かに歩み出たのは、現国王。

 王の権威を象徴する金の杖を手にしている。


「〈真語の鏡〉は、王国最高の真言魔術士が管理している。

 その真言士が……そなたの隣に立っている彼だ」


 王の横で控えていた人物が歩み出る。


 銀髪の青年。

 淡い青の瞳が、私を優しく見つめる。


 隣国の筆頭魔導師にして、“預言師”と呼ばれるエルディオ。


「レアラ殿。

 私はあなたの動向をずっと見ていました。

 あなたは――“真言士”。

 言葉の魔力が、世界を動かす希少な力を持つ方です」


「……私が?」


 衝撃で、思考が一瞬止まる。


「王家は、その力を恐れ、同時に欲した。

 だが“自由なあなた”に出て行かれると困る。

 だからユリウス殿下を焚きつけて、あなたを貶め、縛り続けたのです」


 ユリウスの顔色が、紙のように白くなった。


「う、嘘だ!

 父上、私はそんな――」


鏡:

『レアラが光なら、私は闇。

 彼女と並べば、私の小ささが露呈する』


鏡:

『だから価値を奪った。

 彼女を“自分より下”に置くために』


「や……めろ……!」


 ユリウスは床に崩れ落ちた。

 鏡は止まらない。

 本音は次々と、空気を震わせながら暴かれていく。


『本当は、ずっとレアラを愛していた』


『でも、愛していると認めたら、

 彼女を自由にしてしまいそうで……怖かった』


 ――暴かれた“愛”は、

 誰よりも醜く、誰よりも哀れだった。



 王はゆっくりと杖をつき、ユリウスを見下ろした。


「レアラは十年、黙ってお前を支えてきた。

 だがそれは、彼女が嘘つきだからではない。

 優しすぎたのだ」


 王は玉座の前に立ち、広間全体へと告げる。


「王太子ユリウスを、本日限りで廃嫡とする。

 すべての罪は彼にあり、レアラには一切ない」


 どよめきが爆発した。

 騒がしい声が、巨大な屋敷を揺らすように渦巻く。


「レアラ殿」


 エルディオがもう一度、私に向き直った。


「あなたの言葉は、世界を変えられる。

 どうか、我が国に来てほしい。

 あなたを“価値ある者”として扱う国へ」


 私は少しだけ、目を閉じた。


 十年。

 私は、誰かの期待の中で生きてきた。

 誰かの嘘を飲み込み、誰かの都合で生きてきた。


 でも。


(もう……いい)


 私は静かに言った。


「ユリウス殿下」


 床に崩れた姿の彼が、かろうじて顔を上げた。


「……すまな、かった……レアラ……」


 鏡が、青く揺らめく。


『愛していた。でも高すぎる光で……

 怖くて、逃げて、嘘を重ねてしまった』


 私は首を横に振った。


「その愛で、誰かを縛るべきではありません」


 それだけ告げて、私は前へ一歩進んだ。


「エルディオ様。

 そのお言葉……本音であってほしいと願います」


「もちろんです」


 エルディオはそっと手を差し伸べる。


「あなたの言葉も、涙も、笑顔も。

 そのすべてを尊重する国に、どうか来てください」


 私は――その手を取った。


「……はい」


 鐘の音が鳴った。

 まるで、私の選択を祝福するように。



 王城の石段を降りると、

 夕方の風が、頬を優しく撫でた。


 青い空に、新しい星がひとつ輝き始めている。


(もう、嘘に怯えなくていい……)


 私はエルディオの横に立ち、

 新しい未来へと歩き出した。


 彼の言葉が、風の中で小さく響く。


「レアラ。

 あなたは“誰かの影”で終わるような人じゃない。

 あなたこそ光であり――世界を動かす言葉そのものだ」


 私は小さく笑った。


「……そうでしょうか」


「ええ。私は、ずっと見ていましたから」


 その言葉が、胸にそっと落ちる。


 やわらかい。

 温かい。

 押しつけがましくない“本音”。


 長い影の中で生きてきた私にとって、

 それは初めて触れる、まっすぐな光だった。


(私も――誰かの光になっていいのかもしれない)


 そう思えた瞬間、

 私の中で何かがすっとほどけた。


 〈真語の鏡〉が暴いたのは、

 ユリウスの本音だけではなく。


 ――私自身の、

 “縛られていた心”だったのだ。


 だから私は、もう迷わない。


(これからは、私の言葉で生きる)


 夕暮れの空へ、そっと呟いた。


「私は、自由です」


 その言葉は、魔力を持たないただの音だった。

 けれど、不思議と世界が少しだけ明るく見えた。


 私の本音を、

 誰かが大切にしてくれる場所へ。


 私は歩き出した。

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