第五十五話 「助かりました」
ヴェルディア・中央病院の裏庭。
アデリアは白い外套を羽織ったまま、病院の外階段に腰を下ろしていた。
銀金色の髪は乱れ、頬は疲労で青白い。
それでも瞳だけは、まだ燃えるような光を宿している。
数時間前。
彼女が放った白い光は、都市全体を包み、「魔力干渉症」と呼ばれた難病を、たった一夜で根絶した。人々はもう「奇跡」と呼んでいる。
けれど当事者のアデリアは、ただ膝を抱えて小さく震えていた。
「……私、本当にやったの?」
指先が震える。魔力の使いすぎで、身体の芯が冷えきっている。そのとき。
重い靴音が石畳を鳴らして近づいてきた。
「アデリアッ!」
低い、しかし切羽詰まった声。
彼は階段を二段飛ばしで駆け上がり、彼女の前に片膝をついた。
雪と泥に汚れた黒の外套が、まるで翼のように広がる。
「聖女の力が暴走したと聞いた……無事なのか!?」
息を白くしながら、カリオンは彼女の両肩に手を置いた。
いつもは冷たい金の瞳が、今は熱に浮いたように揺れていた。アデリアは小さく頷く。
「……みんな、助かりました」
その一言で、カリオンの表情が一瞬で崩れた。彼は額を彼女の肩に押し当て、深い、深いため息を吐いた。
「……陛下?」
次の瞬間、彼女の身体は強く抱きしめられていた。熱い。
皇帝の外套はまだ夜露に濡れているのに、腕の中は信じられないほど熱を帯びている。
「ありがとう……なにより君が無事で、本当に……」
掠れるような呟きが、耳もとで震えた。
いつも冷静で、完璧な仮面を崩さない彼が、こんなにも乱れているのをアデリアは初めて見た。
「……ごめんなさい。心配をかけて」
アデリアは小さく息を吐き、彼の胸に額を預けた。
震える指先が、自然と彼の外套を掴む。カリオンは一度強く抱きしめてから、ゆっくりと腕を緩めた。
けれど、完全に離すことはせず、彼女の肩を両手で包み込むようにして、顔を覗き込む。
「もう限界だろう。顔色がひどい」
「でも……まだ、治療が」
「残りは帝国の治癒師達に任せよう。君はもう十分すぎるほどやった」
その声は、いつもの皇帝の威厳を保ちながら、どこか切なげだった。
アデリアは俯き、掠れた声で呟く。
「……私、怖かったんです。力が暴走しそうで、皆を傷つけてしまうんじゃないかって」
カリオンは静かに彼女の頬に手を添え、震える指をそっと包んだ。
「君は誰一人傷つけなかった。逆に、数え切れないどれだけの命を救ったか」
金色の瞳が、真っ直ぐに彼女を見つめる。
アデリアの目尻に、熱いものが滲んだ。
「……ありがとう、ございます」
震える声で呟くと、カリオンは小さく笑った。
「礼を言うのは俺の方だ。君がここにいてくれるだけで、十分すぎる」
遠くで朝焼けが空を染め始める。二人の影が、長く、長く地面に重なった。




