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離縁王妃アデリアは故郷で聖姫と崇められています ~冤罪で捨てられた王妃、地元に戻ったら領民に愛され「聖姫」と呼ばれていました~  作者: 猫燕


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第四話「さぁ、行きましょう」

 王妃宮・私室。

 宣告からわずか一時間後。

 部屋の中は、先程の謁見室での出来事など関係ないとばかりに静まり返っていた。

 豪奢な天蓋付きの寝台も、壁一面の書棚も、金箔の装飾が施された鏡台も、すべてが今日限りで「次の王妃」のものになる。

 アデリアは、たった一つの旅行鞄を開けていた。中身は驚くほど少ない。私服数着。

 母が遺した小さな髪飾り。

 薬草の種袋と、いつも使っている小さなすり鉢。

 それだけだった。


「……王妃の私物は、国庫に返還するものも多いと聞きましたが?」


 控えていた侍女頭が、震える声で訊いた。アデリアは首を振る。


「いいえ。私が個人的に持ち込んだものだけにします。他は、次の王妃様がお使いください」


 その言葉に、数人の侍女が顔を覆って泣き出した。


「王妃様……!どうしてそんなに落ち着いていらっしゃるんですか……!」

「こんな仕打ちを受けて……!私たちまで一緒に……!」


 アデリアは、静かに微笑んだ。本当に静かな、本当に優しい笑顔だった。


「あなたたちは悪くないわ。むしろ、私がここにいられたのは、あなたたちのおかげです」


 彼女は一人一人と目を合わせ、ゆっくりと頭を下げた。


「今までありがとう。朝の支度から夜の灯りの火まで、ずっと……本当に、ありがとう」


 侍女たちは嗚咽を漏らしながら、それでも必死に涙を拭い、深く礼を返した。誰かが小さな包みを差し出した。


「せめて、これだけ……!ターヴァ領までの道中でお召し上がりください!」


 中には、干し葡萄と、彼女が好きだったハーブのクッキーがぎっしり詰まっていた。アデリアはそれを受け取り、胸に抱いた。


「……大切にします」


 そして、最後に部屋を見回す。ここで過ごした五年間。

 誰にも理解されず、誰にも必要とされず、それでも「国のため」と自分に言い聞かせてきた日々。

 孤独だった。けれど、同時に、確かに意味があったと信じたかった。

(でも、もういい)

 心の奥底で、小さな、けれど確かな声が響いた。

(もう、無理に誰かの役に立たなくていい)

 その瞬間、胸の奥にずっと張りつめていた糸が、ぷつりと音を立てて切れた。


「……さぁ、行きましょう」


 アデリアは鞄を閉じ、静かに立ち上がった。背筋はまっすぐで、瞳は澄んでいた。まるで、新しい朝を迎える花嫁のように、凛と、静かに、美しく。

 扉が開く。長い廊下の向こうに、日が差し込んでいる。

 彼女は一歩、また一歩と歩き出す。もう二度と戻らない場所を、あえて振り返らずに。その足取りは、まるで重い鎖を解かれた鳥のようだった。


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― 新着の感想 ―
王妃に仕えてた侍女連からは評価されてたんだな王妃様。 元々有能な様だが、それで王国の重臣やら下僚連中に煙たがられた口かねえ。
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