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第三十九話 「お久しぶりです」

 ターヴァ領・領主館前広場。

 正午の陽光が眩しいほどに降り注ぐ中、広場は異様な熱気に包まれていた。


「本当に来たぞ……!王国の馬車だ!」

「今さら何の用だっていうんだ……!」


 領民たちが自然と道の両側に集まり、ざわめきが波のように広がる。

 子供たちは親の背に隠れながら、好奇と怒りが入り混じった目で黒塗りの豪奢な馬車を見つめていた。馬車は六頭立て。

 王家の紋章が陽光を浴びて金色に輝く。

 だが、その紋章を見るだけで、多くの領民の表情が険しくなる。


「……あれは、王弟殿下の紋だな」


 年配の農夫が唾を吐き捨てた。馬車が完全に止まると、扉が開き、まず現れたのは重装の騎士たちだった。

 王国正規軍の緋色のマント。

 続いて降り立ったのは、蒼白な顔をした若者――王弟クレイン・ローデン。


「……やっぱり、王弟殿下か」

「あの人が……聖姫様を追放した一味だろう」


 低く、怒りに震える声が四方から上がる。クレインは明らかに怯えていた。

 かつては傲慢だった瞳に、今は深い後悔と恐怖が宿っている。

 それでも彼は必死に背筋を伸ばし、領主館の玄関へ向かって歩き始めた。

 その背中に、容赦ない言葉が降り注ぐ。


「聖姫様を泣かせた罪は、一生かけても償えねえぞ!」

「王都の連中は、もう二度とこの領に足を踏み入れるな!」


 子供の一人が、石を拾って投げようとした。

 それを咄嗟に止めたのは、司祭ベルドだった。


「よしなさい!……それでも我らは、ターヴァの民だ」


 老司祭の声は震えていた。

 怒りと悲しみと、そして何よりも――アデリアへの深い愛情で。

 クレインは立ち止まり、ゆっくりと振り返った。


「……僕たちに、資格がないのは承知している」


 掠れた声で、彼は領民たちに向き直った。


「それでも、どうか……どうか、アデリア様にお会いさせてほしい」


 その瞬間、広場が静まり返った。そして、次の瞬間――


「ふざけるな!!」


 怒号が爆発した。


「聖姫様はもう、王家の人間じゃない!」

「お前らに会う義務なんてどこにもねえ!」

「帰れ!今すぐ帰れ!!」


 怒りの波が一気に押し寄せ、騎士たちが慌ててクレインを守るように盾を構える。

 その騒然とした広場の奥、領主館のバルコニーに――銀金色の髪が、風に揺れた。

 アデリアが現れた。静かに、しかし確かに。

 彼女はただ立っているだけで、広場全体の空気が変わった。怒声がぴたりと止まり、領民たちが自然と膝をつく。


「……アデリア様」


 クレインが、震える声で呟いた。

 彼女は静かに、かつての夫の弟――かつて自分を「厄介者」と呼んだ若者を見下ろした。

 淡い青の瞳に、感情はほとんど浮かんでいない。ただ、静かな、深い決別だけが、そこにあった。


「……お久しぶりです、クレイン殿下」


 その声は穏やかだった。


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