表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
離縁王妃アデリアは故郷で聖姫と崇められています ~冤罪で捨てられた王妃、地元に戻ったら領民に愛され「聖姫」と呼ばれていました~  作者: 猫燕


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/40

第三十二話 「なぜ、こんなことになった」

 ローデン王国・王宮、大理石の会議室。

 いつもなら朝の光が鮮やかに差し込むはずの高い窓も、今日は厚い雲に遮られて薄暗い。

 長テーブルの上座に座る国王ユリウスは、目の下に濃い隈を作っていた。

 テーブルの周りには十数人の重臣たちが顔を揃えているが、誰もが俯き、沈黙している。重苦しい空気を最初に破ったのは、財務卿の老貴族だった。


「……陛下。本年度の穀物収穫量は、昨対比で三割減でございます。しかも南部三州では土壌改良が追いつかず、来年はさらに落ち込む見込み……」

「そんなはずはない」


 ユリウスは即座に遮った。声は低く、苛立ちが滲んでいる。


「ちょっと前までは、こんな数字は出なかったはずだ」


 重臣たちの顔が一瞬、苦く歪む。内政卿が恐る恐る咳払いをして、書類を差し出した。


「それが……実は、前王妃アデリア殿下がご在位中に作成された『土壌改良三年計画』が、昨年で途切れておりまして……」

「途切れた?」

「はい。殿下がご退去された後、担当者が誰一人引き継がず、計画書そのものが倉庫の奥に眠ったまま……」

「何を言っている!誰かがやればいいだろう!」


 ユリウスはテーブルを叩いた。

 音が響く。だが、誰も口を開かない。

 誰も、あの複雑極まる計画書を読解できる者がいなかったのだ。

 アデリアが王妃だった頃は、彼女が毎朝のように会議に出席し、「ここはこう変えましょう」

「この薬草を混ぜれば土壌が三年で回復します」と、まるで当たり前のように提案し、実行していた。

 その結果が当たり前すぎて、誰も真剣に考えなかった。農政卿が震える声で続ける。


「……加えて、治癒院からの報告です。アデリア殿下が開発された『ハーバ薬』の在庫が、今月末で確実に底をつきます。代替薬の調合法は、殿下以外に把握している者が……おりません」


 今度は魔法卿が顔を上げた。


「魔物対策結界の維持費も、前王妃殿下が交渉で三割削減してくださっていた分が、今年から元の金額に戻り、国庫を圧迫しております……」


 まるで連鎖するように、次々と“アデリアがいなくなった穴”が報告されていく。

 疫病の兆候。

 井戸水の汚染。

 孤児院の運営資金不足。

 学校の教材が届かない。

 すべて、彼女が一人で回していた歯車だった。ユリウスは額を押さえ、うめいた。


「……なぜ、こんなことになった」


 その呟きに、誰も答えられない。側近の一人が、恐る恐る口を開いた。


「陛下……ラウラ様が、先ほど『前王妃がいい加減に管理していたせいだ』と仰せで……」

「黙れ!!」


 ユリウスが突然立ち上がった。椅子が後ろに倒れ、甲高い音を立てる。


「ラウラは関係ない!関係ないと言っているだろう!」


 だが、その声には、もはや威厳はなかった。

 あるのは、ただの焦りと、逃げ場のない恐怖だけ。重臣たちは顔を見合わせ、誰ともなく同じことを思った。──王妃を失って、はじめて気づいた。

 この国は、あの人の上に成り立っていたのだと。

 会議室の外では、朝の鐘が鳴り始めていた。だが、その音は、まるで葬送曲のように重く、王宮全体に響き渡った。まだ誰も口に出さない。

 けれど、皆の胸の奥で、静かに、確実に、「平和を取り戻さなければ」という焦燥が、黒い炎となって燃え始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ